ネメシスの裁決
コウはテーブルの上のカレイドトリスを眺めた。
「最初の話に戻る。こいつらは究極の平等主義者。あらゆる個性どころか、格差、性差を捨て去りこのモノリス状の物体に魂に近しいデータをインプットした」
「魂ではないのね」
「魂じゃない。表層の意識の薄っぺらいものだと、アシアは嫌そうにいっていたよ。年齢、意識が固定されるのは魂じゃないとのことらしい」
「どういうこと?」
「自分が覚えていない時間の経過を、他者が認識、観測といってもいいかもしれない。彼我の認識、時間を含めた情報。それが魂とやららしい。例えばもう覚えていない三歳のジェニーも二十五歳のジェニーも同じジェニーの魂、時間を含めての魂だ。だから二十五歳のジェニーの意識をモノリスに閉じ込めたとして、それは二十五歳のジェニーの表層意識でしかない」
「なるほど。私が覚えていない生まれてから今にいたるまで全てが魂なのね」
「そういうこと。表層意識を魂というのはおこがましい、というのがアシアの見解だ」
「アシアの見解というと?」
「オケアノスは必ずしもそうではない、ということらしい。かつて人間だった実績を重視して人間としてカウント。肉体さえ持てば人間扱いする。だからオケアノスが管理する組織も、肉体を奪った人間<
「そういうことだったのね。傭兵機構のストーンズへ戦力提供含めて、謎だった部分も皆納得できたわ」
カレイドリトスは不気味な光を発する。
「発光が等間隔なのも、色が灰色なのも平等を極めた結果」
「なんでそうなるのよ」
「綺麗な音、濁った音がでる区別は不平等。違う形は差別。それが受け手がどう解釈しても違わないものにする。違ったら不完全。だから発光は全て同じ。発光間隔も。良いリズムで光ることができたら不平等、だからね」
「うわ…… 個を全否定ですか」
フユキが心底嫌そうな声をだした。あまりに行きすぎた、邪悪ともいえる絶対公平性。
「その癖娯楽として肉体を奪うことは問題ない。全ての人間に平等は不可能だし、人間の平等を諦めたからストーンズ。だからストーンズの自由、平等、博愛はストーンズのみに適用されるんだ」
「今すぐ叩き割りたくなっちゃうんだけど」
「俺もだ。捕獲して使用する肉体は自分好みの理想の肉体を選ぶ。理不尽極まりないよな。ヤドカリの殻選びの自由度、ぐらいの認識らしい。何せ人間はヒトじゃないからな」
「今すぐ処しましょう」
ブルーも冷ややかな目でテーブルの上のカレイドリトスを見下ろした。
「かつて失った五感を、娯楽のために取り戻したい。ずいぶん虫のいい話だと、俺は思うよ」
「そう思わない奴はいないんじゃないかしら」
「考えには多様性がある…… 無限に意識を保てるならストーンズになりたいものは、現にネメシス戦域全域にいるらしい」
「哀れな連中だな」
リックが吐き捨て、コウは頷いて同意する。
「支配した肉体の記憶や能力、技能は使えるらしい。石そのものは平等ゆえ、無能力というか無能そのものなんだ」
「公平性を保つために生前っていうのかしら。それらの技術まで捨てたっていうの?!」
「ああ」
その場にいる全員が唖然とした。確かに個人の技能や能力、知識で待遇は差がでるし、平等とはいかない。
だが、そこまでするものなのか、と。
「俺が倒した相手も予想だけど、肉体は構築技士の体。戦闘能力に関してはまったくの素人だったよ。アンティークに乗っていても弱かった」
「あれは貴方が戦闘スキルを持っている異端者だから。普通は反応できない」
「そ、そうか?」
自覚がないコウは、慌ててごまかすことにした。
「ストーンズの目的は地球に戻るということらしいが…… リアルタイムで言うなら地球はとっくにないかもしれない」
「どういうこと?」
「二十一世紀でいえば、五十億年問題といって五十億年もすれば太陽が膨張して地球は飲み込まれるらしい。アシアに聞いたんだけどね。今から戻っても生物適応環境に戻せるかは不明とのことだ」
「それでも彼らは、各惑星の惑星管理コンピューターを支配し、地球へ帰還したがっている、と」
「もしくは地球とまったく同じ環境惑星を再現させいたい、と。地形や人の発生含めてね」
「無茶いうね。石ころのくせに」
「まったく、不愉快な石ころだよな」
二人の冷ややかな視線が、テーブルの上のカレイドリトスに注がれる。
「聞こえてるのは間違いないよね」
「こうみえて高性能だからな、この石ころ。下手すると適合者の意識を乗っ取ることも可能かもしれない。といってもその機材の後部座席の装置は破壊してあるから問題ないか」
「あの予備席の?」
「そう。アンティークの、いやアンティークじゃなくてもいいんだが、MCSの後部座席のユニットから意識を肉体に同調させて操作している。すぐ死ぬのは苦痛を遮断するためと、カレイドリトスが闇市で回収に期待してだな」
「そっかー。宇宙の彼方に消えた奴はいないもんねー」
思いっきりごつごつとつついているジェニー。
カレイドリトスは哀れともいえる微妙な光を発している。
「情報も聞き出せないんじゃ、価値もない。この石から発している信号はディケが遮断している」
「ふーん。ねえ。そのネメシスに飛ばす時、スィッチ押していいかな」
「いいよ」
「ありがとう、ボス」
やんわりと光りながら抗議するカレイドリトス。気にする者は誰一人いなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アリステイデスは海上にいた。
コウとジェニーだけが甲板に上がっている。
備え付けられたのは、シルエットサイズの小型宇宙用ロケットだった。
「先端の宇宙船で、ネメシスまで運ぶんだよ」
「宇宙船って…… 箱じゃない」
「石の処理にお金はかけないさ。乗組員は石ころ二つだからね」
コウはスィッチをジェニーに手渡す。
「惑星アシアの重力を利用してスイング・バイ。あとはネメシスへ一直線だ」
「ネメシスの裁決が正しく行われますように」
赤色矮星ネメシス。
その星は褐色矮星と誤認されるほど、熱量そのものは低い矮星だった。
表面温度は銀河系の太陽の約半分である三千度。中心温度は数百万度とされている。
それでもその星に向けて放棄すれば、いかなる物質もやがて、形も残さず消滅するだろう。
「ばいばい。石ころ」
ジェニーはスィッチを押した。
ロケットが噴射し、やがて空の彼方に見えなくなる。
「あー、すっきりした!」
ジェニーが大きく伸びをして笑った。
やはりジェニーは笑っているほうが素敵だと、コウは思った。
「何よ、コウ君。私にじっと見惚れちゃって。惚れ直した?」
「な、何いっているんだ。戻るよ」
「私はもうちょっと、外の空気を吸うね」
「ゆっくりね」
顔を真っ赤にしてコウはキャットウォークを通り、アリステイデスの艦内へ戻っていく。
ジェニーは潮風に美しい金髪をなびかせながら、飽きること無く空を見上げていた。
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