鵯越の逆落としが如く

 ストーンズ勢力の抵抗もまだ続いている。

 

 セストにもアンティーク・シルエットが与えられている。その名称はエンジェル。飛行能力こそ有するが、惑星間戦争時代の量産機に過ぎない。

 それでも現行のシルエットよりは優秀なはずなのだが、パイロットが性能に振り回されていることが問題だった。


 傭兵部隊たちと一緒に抵抗を試みたが、クアトロ・シルエットたちと装甲車の連携は凄まじかった。

 戦車より小回りが利く装甲車と、シルエットと同様ヒト型の働きができるクアトロ・シルエットは猟犬の如き追い込みを見せる。


 敵のベアがロケットランチャーを構え、ビルの間から飛び出した。


「甘い!」


 うさ耳のセリアンスロープの少女エイラが叫び、敵の射撃より速く、踏み込んだクアトロ・シルエットのランスが敵を貫く。

 短時間の加速が桁違いで、敵のシルエットが間合いをはかれないのだ。


 だが、それを狙うシルエット――セストのアンティーク・シルエット。エンジェルだった。


「得体のしれないシルエットめ! 死ね!」


 高周波ブレードで斬りかかるエンジェル。それを受け止めたのは、戦闘型のクアトロ・シルエットだった。大太刀――馬上で振るう専用の太刀を持っていた。


「死ぬのは貴様だ」


 狐耳の青年パルムがぽつりと呟く。

 

「く!」


 エンジェルは退避行動に移った。一度、ビルの上に駆け上がり、屋上を移動し、急降下する。


「ここまで逃げたら…… ぐわぁ!」


 ビルの屋上から、大太刀を振り下ろし様落下してくるクアトロ・シルエット。


「ビルの屋上を追尾していただと…… ぐふ!」


 クアトロ・シルエットはブースターなどいらない。背の低いビルの段差を利用して駆け上がり、エンジェルを追尾していたのだ。

 エンジェルの行動は丸見えだった。セストは背後の確認を怠った。戦闘の素人過ぎたのだ。


 背後を大太刀に刺し貫かれ、エンジェルは停止しゼストはその場で絶命した。


 冷や汗を拭うパルム。


「ふう。コウ様の故郷の歴史を調べておいてよかった。イチノタニはヒヨドリゴエのサカオトシ。クアトロでも十分可能ですね。是非報告せねば」


 シルエットベースのセリアンスロープたちの間ではコウの故郷である日本が大ブーム。とくに狐耳や猫耳が出てくるファンタジー系サブカルと歴史が主流であった。

 大太刀を武器に選んだのもその影響だろう。

 かといって垂直のビルと崖は違うと、コウならきっと言うだろう。それさえも可能にする、クアトロ・シルエットの運動性能だった。


「ずるいー! 私も一緒にいくよ!」

「いいよ」


 エイラの抗議の声に、パルムの精悍な表情が若干緩む。

 アンティーク・シルエットを倒した実績より、コウに報告できる事柄が出来たことを喜ぶ二人だった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 シルエット部隊がコントロールセンターに潜入、制圧し、P336要塞エリア跡地を奪還した。

 まだ数例しかない要塞エリアの奪還。アンダーグラウンドフォース単独による奪取は初だ。


 アリステイデスは航空機やクアトロ・シルエットを回収し、シルエットベースに戻る。見つかったらきっとうるさいだろう。


 コウたちのアシア救出部隊も今頃潜水しシルエットベースに向かっているはずだ。

 コントロールセンターの制圧に成功し、Aカーバンクルだけ抜いて放棄したらしい。ストーンズの軍隊はさぞ拍子抜けするだろう。

 もちろんフユキが念入りにトラップを仕掛けている。もぬけの空だと思って油断すると火傷を負う手筈になっている。


 一晩経過したが、P336要塞エリアへの襲撃はなかった。

 戦線が広がる中、F811要塞エリアも攻略したのだ。どこも援軍を出す余裕はないだろう。


 翌日にはコウとジェニーたちがやってきた。


「おつかれ。リック。ありがとう」

「礼はバリーにいいたまえ。見事な強襲だったぞ」

「パイロットにもどせーって叫んでたな」

「戦闘記録みたら、ノリノリだったじゃない、あいつ…… ロバートより船長向いているかも。まあ知ってるけど」

「ロバートは落ち着いた、まさに船長に相応しい。あれだ。バリーは切り込み隊長。強襲作戦向きだな。戦術眼もある。実に良い役割分担だ」


 ジェニーとニックが、艦長役二人の分析をしている。

 

 要塞エリア市街地を見回す。


「無事、奪回できたようだ」

「ここはどうするかね」

「ああ。傭兵機構にまかすよ。俺たちはエリア長になりたいわけじゃないしな」

「昨日、要塞エリア奪回し全権移譲するので面倒みてやって、といったら傭兵機構が目を白黒させてたわね」

「中規模だが、製造施設もある。今はアント型中心の製造ラインだが、構築技士さえ確保できればそれなりのものが作れるだろう」

「俺たちの要求は、ここにいた人間の治療だ。皆にみないほうがいいと言われて見ていないが」


 この市街地の居住区画にいる人間はマーダー整備用に意思を奪われた人間だ。

 ストーンズはヘロットと呼んでいた。古代の奴隷階級と聞いて、コウは顔をしかめた。しかもあの、スパルタ民の奴隷だという。


 定刻に起き、整備を行い、食事をし、排泄し、睡眠する。すべて時間が設定されている。単に生きているだけ、ともいえる。

 さらに繁殖施設と廃棄施設の存在を聞かされた時は、コウは露骨に嫌な顔をした。


「ここの処遇は傭兵機構や要塞エリアの管理者が決めるといいよ。引き取り手がいないってことはないだろう。連絡を待とう」


 コウの提案に二人は頷いた。

 傭兵機構は全世界の要塞エリア、防衛ドームと接点を持つ組織であり、このような場合は傭兵機構が対処するのが通例なのだ。


 今はアシアとP336要塞エリア、同時攻略成功を喜ぶことにした。

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