TSW-R1シリーズ再生産計画
兵衛とクルトが電話会談を行っていた。
二人が長話になることは珍しくないが、今回はとりわけ長い。
「フッケバインが完成の目処とは嬉しいですなあ」
「ええ。コウ君には頭が上がりません」
クルトもまた、コウからの提案書を受け取っていた。
「ラニウスやヴュルガーの腕部と脚部換装問題。あれは実に見事でした」
「これもクルトさんのご指導のおかげですな。私ではああはいかない」
コウがラニウスやヴュルガーの問題点解決方法をを新規格の相談で形で示してきたのだ。
それは実にシンプルな方法だった。
シルエットの腕と足の接続は共通規格。そして人間の腕の筋肉と肩の筋肉は一体だ。腕だけ交換可能方式にすると人工筋肉の制御の効果は薄い。腰と太物の筋肉、脚も同様だ。
コウが示した解決策。
それは腕と足の互換性を保ちつつ、複合筋肉採用の機体にのみ適用される規格を導入するということだった。
腕と胸部、腰と足を一体化したパーツとして設計したのだ。右腕を交換する場合、右腕と右胸部ごと交換するのだ。脚も同様。右太ももと右腰を交換する。
無論交換コストは上がるが、整備性を落とさず性能の向上は見込める。代替品が無ければどのみち通常の腕を装着せねばならないのだ。そして腕の接続部そのものは通常規格そのままだ。
コストよりも整備性を重視した提案にクルトは満足した。
費用対効果は大事である。だが、どのような層が使うかも考慮せねばならない。複合駆動を利用するものは資金に余裕があるも傭兵。
戦場では腕を接続した後、装甲を開いて肩と腕の人工筋肉をつなぐ時間などないのだ。
「彼の身体、体幹の理解の深さならではですよ。どのみち複合規格を採用しているのは私達のみ。推進するとしましょう」
「はい。コウの努力を無駄にするわけには行きませんからね」
「オケアノスから提案されたリストをみて確信したのですが、ネメシス戦域のシルエットの性能は著しく向上するでしょう。ですが、それはあくまで射撃に対してのみ」
「ですな。あいつはどうやらこの世界を斬り合いの世界にしたいみたいで」
「複合駆動機体の価値も大きく上がります。それでも決してコストパフォーマンスはよくありませんが、高級機は複合駆動形式採用が増えるでしょうね」
二人がしきりに語り合ったのは、装甲技術の向上や徹甲弾やレーザーに対する対策だ。
オケアノスから提案された技術には、火器や誘導兵器の類いが一切なかったのだ。
上位電磁装甲などはその最たるもの。これは荷電粒子砲への防御さえ考慮している。
「複合駆動の性能が上がると、通常型式の性能もまた上がるでしょう」
「ええ。新技術が投入され、最良の組み合わせをブリコラージュするため、各地の構築技士が眠れない日々を過ごすでしょう。私達は使える材料が増えた分、面倒なことになりました」
「それそれで楽しみが増えるってもんじゃあありませんか」
「ですね。兵衛さんと話す楽しみも増えるというものです。そうそう。ブリコラージュの材料といえば、ジョン・アームズのジャック・クリフさんはリストの技術すべてを即決で購入したらしいですね……」
二人はひとしきり歓談に興じたあと、回線を切った。
電話を切ったあと、クルトはコウの提案書とオケアノスの技術リストをみて満足げに頷いた。
「複合駆動ではない、第三の駆動方式、装甲型人工筋肉。それはまさにフッケバインが目指した人工筋肉のみの機体。コウ君。まさか、人工筋肉を電磁装甲にするとは、夢にも思いませんでしたよ」
コウが提案してきたフッケバインへの提案。
それは超高強度なゴム合金やナノセラミックで出来た複合装甲なみの人工筋肉のなかに媒体を入れ、電磁装甲と化するものだ。
表面の装甲は積層化ナノセラミックのみ。軽量さを追求したものだが、メインは全身を覆う装甲筋肉だ。
金属水素炉と新型の人工筋肉のコストは、今までとは比較にならない。もっとも高いシルエットが完成する可能性がある。
汎用型金属水素を使ったプラズマ装甲と上位電磁装甲の違いは媒体だ。プラズマ装甲はリアクターさえ積んでいればどれでも換装可能。金属水素は必要はない。
だが、上位電磁装甲は、媒体に金属水素を使う。木星の川は金属で出来ているといわれていたように、流体金属なのだ。
流体金属状に変化した金属水素が血液のように全身を回っている。それを本当に血液のように応用し、伸縮できるようにしたものが装甲型人工筋肉だ。
金属水素はウィスが途切れたら金属状態を維持できない。気体化してすぐに拡散する。管理的にも安全だろう。
「さて。私も一括で購入するとしますか。後発企業はそこらが辛いところですが…… 兵衛さんならコウ君が提供するでしょうし、問題ないでしょう」
オケアノスに一括購入を連絡したあと、クルトは沸き立つ心のまま、フッケバインの元へ向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「川影。よくきてくれた。これをみてくれ」
社長の川影を呼んだ。五十代前半でやり手だ。
弓道の経験があり、アーチュリーやライフルの名手でもある。様々な構造材のマテリアルにも強く、シルエット開発に役立っていることは言うまでもない。
この男もB級構築技士なのだ。
「会長。これはオケアノスからの? これは……ラニウスのA型と、その後に提案されるであろうB型:?」
兵衛に手渡されたタブレットを確認する。
「TSW-R1シリーズの再生産計画、の依頼ですか」
「まるっきり装甲材は変わっているが基本フレームや構造はそのままだ。生産ラインはファルコの奴をそのまま使えるだろうよ」
「ですが! これは! いえ。A型に問題はありません。Bが……」
「わかっている。これを全部再現するとなると、莫大な金がいる。融資も必要だろう。だがなあ。やっぱ俺ァ作りたいんだよなあ」
ラニウスは自信作だった。だが、やはり使い手を選んでしまい、セールスは振るわなかった。
川影の尽力により、より汎用性を高めたファルコに切り替え、複合駆動機構を維持させたのだ。
「会長。やりましょう」
「へ? いいのかよ。高すぎて売れないぞ、これ」
反対されると思っていた兵衛は拍子抜けした。
オケアノスからの技術リストの価格は、新興企業には辛い額であった。
せめてあと十年あればすべて買えたであろう金額だ。だが、この仕事を受けるとなると話は別だ。かなりの額を浮かせることができる。
「やらない手はありません。これを生産することで、オケアノスからの技術リストの主要技術、無償で受けられるのです。依頼主にも恩が売れるでしょう」
「違いないな」
「ただ、我が社単独だけできついことは事実。A型とB型の本体は我が社で。飛行ユニットの追加装甲に関しては、御統(みすまる)重工業さんと提携許可を提案しませんか」
「そうか! あそこは航空機にも強いか! 相手と調整はいるが、そこで手打ちにしてもらうか」
「わかりました。もしダメでもなんとかうちで引き受けることにしましょう」
「助かるが、いいのか。利益はあんまねえぞ。むしろ赤字かもしれん」
「技術の変革期に乗り遅れるほど勘は衰えていないつもりですよ」
川影は不敵に笑った。
「そういう社長がいると安心して隠居できるぜ」
「まだまだ現役ですよ、会長は。では、私はファルコのラインの稼働状況を確認します。では」
川影が部屋から退出する。
兵衛は何度も端末を確認し、ラニウスのAとBを眺める。今から完成が楽しみだった。今の機体の装甲と一部パーツを換装させればいいのみだ。
「嬉しそうね。ヒョウエ」
彼が覗き込んでいる端末を、隣で覗いている少女がいた。銀の髪の少女、アシアだ。
「ああ。コウ君だろ、これ」
「うん。コウだよ!」
「コウ君、俺達を許してくれるといいんだけどなあ」
「許すって何を?」
「いまだに直接連絡をくれない。きっと俺のことは知っているだろう。しかし、クルトさんに連絡はあるのに、俺のところにはないんだ。つれねえじゃないか。きっと何か、あの日何かあったに違いないんだ」
「それは私の口からはいえないけどね。でも許すも何も怒ってないよ。連絡が遅れて、話しかけづらいだけじゃないかな」
「そうだといいんだがな。いや、本当に怒っているなら俺に依頼せず、クルトさんに頼むか。きっとそうなんだろうな」
兵衛の肩に鷹が舞い降りた。ファミリアであり、彼の相棒だ。
「兵衛は心配が過ぎます。みてください。明らかにあなたあてのメッセージが図面に込められている」
「体幹や刀法。例として二天一流時と一刀流時の攻撃パターン登録。俺の流派に詳しい奴じゃないと無理だわな」
これらの文章を見て、兵衛は嬉しくなったのは確かだ。コウと対話している気がしたのだ。
「そう遠くないうちに、話せるよ。コウも会いたがってる。じゃあ私、そろそろ行くから」
「アシアのお嬢ちゃんがいうなら、間違いねえな。ありがとよ。再会を楽しみに待つか」
アシアの姿がすぅと消える。
兵衛は飽くことなく、図面を眺めていた。
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