あなたが今日から艦長

 メタルアイリス所属の人間たちは、グループに分かれて艦内を案内されていた。あまりに広大なため、一日がかりとなる。

 案内係はコウとアキだ。


「しっかし、あの大剣ボーイが俺たちのボスになるとはなあ」

「まったくだ。最初出会った頃が遠い昔のようだ」


 コウと一番最初に出会った、バリーとロバートが感嘆の声を上げる。

 バリーは長身だが細身の三十代前半。ロバートは大柄な黒人だ。


「俺も二人と出会わなかった頃には、こんな未来になるとは思わなかったよ」


 バリーが誘ってくれなかったら今のコウもないかもしれない。


「お前さんはどこいっても成功したと思うぜ。お、ここがパイロットハウスだな!」


 見学者たちはパイロットハウスに到着した。今日はここにジェニーとリックがいる。


「いらっしゃい。艦内は広いでしょ」


 ジェニーが皆に手を振る。


「いいねえ! この操舵室! この舵! いいなあ! 俺、地球にいた頃は船乗りだったんだぜ」


 ロバートが興奮して舵を手に取る。


「いつか出世してこんな大きい艦船の艦長になりたいもんだ。なあバリー!」

「ボブ。お前はいつか船長になれるさ。そんときは俺は副艦長にでもしてもらうか。楽できそうだしな!」


 二人が軽口を叩いている。背後のメンバーはいつものやりとりと思って気にしない。室内に散らばって見学していた。


 しかし、二人の会話を耳聡く聴いていたものがいた。

 コウはきっと鋭い視線をジェニーに向ける。同じ視線をジェニーも向けていた。


「ディケ。今の提案はどうだ。俺に異存はない」

『了解いたしました。適性資格有り。ようこそロバート。あなたは今日よりキモン級一番艦の艦長です』

「は?」


 大きな瞳をさらにまん丸にする。


「おい。冗談はなしだぜ、コウ」

「ボブ。あなたが今日から艦長」


 艦長候補に希望者がいないか、探していたのだ。

 コウとしても知っている人間が良かった。しかも元船乗りなら文句なしだ。まさに渡りに船だ。


「……まじで?」


 左右を見渡すと、ジェニーとリックがにっこり笑いながら同時にサムズアップしている。


『バリー。あなたが今日から副艦長です。ロバートのサポートをお願いします』

「ちょっとまてい!」


 思わぬところから無茶振りをされるバリーの絶叫がパイロットハウスに響き渡る。


「よろしく、艦長! 副艦長!」


 ジェニーがにっこり笑った。

 道連れは多いほうがいいのだ。


「まじで?」


 再度、ロバートが訪ねる。

 現実感がない。


『まじです。――そこの艦長席にお座りください』


 素でディケが返答する。


「お、おぅ……」


 ロバートが恐る恐る艦長席に座る。大柄な体躯だが、普通に座れた。


『明日より艦長用教育プログラムを開始します。ロバート艦長』

「はい」

『バリー副艦長もです』

「本当に副艦長かよ?! 完全に巻き添えじゃねえか! おい、ジェニーいいのかよ!」

「いいよー。私だって急にこんな大部隊率いる羽目になったんだし、古参メンバーなら艦長して当然だよね」


 ジェニーが邪悪な笑みを浮かべてバリーに手を振った。

 隣で暢気にリックも手を振っている。隊長をやらなくてよくなったので気楽になったのか、以前よりひょうきんな犬っぽくなっている。


『指揮系統はコウ、ジェニー、リックの下になります』

「はい」


 ロバートは借りてきた猫のようにおとなしくなった。

 軽口を叩いて艦長になりたいとは言ってみたものの、その熱意は本物。

 大役のあまり緊張しているのだ。


「ボブ、しっかりしろ。――だめだ。そりゃそうだよな。昨日までただのパイロットだったもんな!」

「がんばってくれ、バリー副艦長」

「おい、コウ。覚えてろよ! 俺は前線にも出るからな!」


 コウは思わず笑った。

 にぎやかなパイロットハウスになる予感があった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 

 コウはエメと一緒に食堂であるエンリステッド・メスにいた。

 本来は宇宙艦隊上級士官用のオフィサーズ・メスと下士官用のエンリステッド・メス、そして来客や政府来賓などに使われていたであろうファーストクラス・メスの三種類が設備として用意されている。

 もはや政府がない現状のアシアにおいては、上級レストラン、大衆食堂ぐらいの差しかない。現在オフィサーズ・メスは封鎖中。ファーストクラス・メスは来たるべき来賓に備えファミリアたちが整備中だ。


「食堂は賑やかになるな」

『基地内の住居は空です。しばらくは量子データ化前に保管された備蓄食料で調理となります。コウに新しい仲間を紹介します」


 ディケの声に、にゃん汰とアキに連れられて、新しい人影が入ってきた。

 それは人型のアンドロイドと思われた。明らかに機械。


 昭和時代のブリキのおもちゃのような容姿にウィッグをつけたような乱雑なデザイン。鋼色の肌。口は四角である。

 とても未来のロボットとは思えない。コウがいた地球ですらもっと美しかった。

 シックなメイド服を着ている。


「ハジメマシテ」

『彼女はこの艦と一緒に眠っていたメイドロボです。起動に成功したのでコウたちの身の回りのお世話を担当にします。ハンガーキャリアー内での活動も随伴できます。見かけによらず高性能です』


 メイドロボと聞いて、一瞬心がざわついたが落ち着かせた。


「はじめまして。なんと呼べばいいかな」

『ポンコツ、トカ、クズテツ、トヨバレテイマシタ。オスキナヨウニオヨビクダサイ』


 コウは顔をしかめた。そもそもデザインに悪意がある。この世界の超技術ならもっと美しく作れたはずだ。

 音声もだ。そもそもにゃん汰やアキも生体とはいえアンドロイドだ。同じ作るにしても解せない


「フカイニサセテシマイモウシワケゴザイマセン」 


 コウの表情に気付いたのか、彼女が謝罪した。


「いや、君が悪いわけじゃない。どうしてかな、と思って」


 アキとにゃん汰もコウの苛立ちが手に取るようにわかる。


「この子のタイプは料理やベビーシッターなど家事全般に使われていたにゃ」

「もし母親が我が子の面倒を見るロボットが、大変容姿が美しい万能家事ロボットなら? という懸念から生まれたデザインです」

「かといって麗しくないヒトガタや男型ロボットにも任せたくないにゃ。なので容姿をヒトガタから外し、機能特化させたのにゃ」

「そっか。よろしくな。君の名前は、ポン子にしよう。ポン子さんだ」


 このデザインの意図はわからないが、妙な温かみがある。


「エメの世話を……いって」


 エメに脚の甲を踏まれた。


「子供じゃない」


 エメがジト目で主張する。


「今のはコウが悪いにゃ」

「そうですね。コウが悪いです」

「わ、わかった。ごめん。みんなの世話を頼む」

「ハイ。ワカリマシタ。ヨロシクオネガイシマス。フダンハキッチンデ、ファミリアタチトイマス」


 ポン子は頭を下げ、戻っていった。


「料理は万能? 俺のデータとかはどうかな」

「ディケニインストールサレマシタ。ミソシル、ギュウドン、カラアゲデキマスヨ。メンルイハジュンビガイリマス」

「最高だ…… 凄く高性能じゃないか。今から楽しみだ」

「オマカセクダサイ」

「ちょっと待つにゃ。ポン子、それの作り方教えるにゃ」

「私も!」


 コウの感心具合に、何故か危機感を覚える二人だった。


「ところでコウ。メイドロボという単語に反応していましたよね」

「さあ?」

「メイド服がご所望なら私達も可能ですよ!」

「狙いすぎだからやめよう。今のジャケット姿のほうが二人には似合うよ」


 ケモノ娘にメイド服は、コウのなかで葛藤を呼ぶ。


「本当かにゃあ」

「察しました。そのうち用意しますね」

「やめてったら」


 高性能すぎるのも問題だと、痛感するコウだった。

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