黒幕

 メタルアイリス・ストームハウンド連合軍は迅速に後退し、戦線から撤退。

 アシア解放作戦は成功裡に終わった。

 

 最寄りの防衛ドームまで移動した彼らは補給や休息に入った。


 ジェニーはブルーに呼ばれ、ハンガーキャリアーの一室にいる。


「今回はコウの護衛、ありがとね」

「いえ。お安いご用です」

「大変なライバル出現ねー」

「何のライバルですか。本題入りますよ?」

「はい、なんでしょう」


 ジェニーもからかうことをやめ、姿勢を改める。


「コウの黒幕の正体、わかった気がします」

「さすがね。アシアですらない、と」

「アシアはとらわれの身。アシアを助け出すためにコウを使った存在がいる」

「存在、ね。人じゃないんだ」

「ええ。その正体は――アストライア」

「待ちなさい」


 ジェニーの表情が固まる。


「なんでがまだあるの? 惑星間戦争時代、人類を滅ぼしかねなかった悪魔が」

「それはさすがに人聞き悪いですよ。あらゆる勢力に平等だっただけです。コウがアシアをアストライアのもとへ転送したのです。間違いありません」

「平等すぎて、あらゆる勢力に超兵器ばらまいて戦線が拡大した――あのアストライアでしょ。平等という天秤を携えた正義の女神。最後に断罪の剣は等しく人類に振り下ろされた」

「かつて人間が、鉄、金。地下資源である金属を手にしてから、人類の栄華は極限にまで至った。人心は乱れ戦争が頻発。惑星間戦争に状況は似ていますね。そして最後まで地上に残り、正義を訴え人類を支えた女神星乙女アストライアの名を冠したAIが彼女です」


 ネレイスとは遠い姉妹のようなものだ。ブルーはそこまで悪感情を持っていない。


「彼女は人類にまだ希望を持っていたということでしょうね」

「惑星間戦争の最後の日、スピアーと一緒に自爆したと聞いているんだけどね。オケアノス直属の統合兵器開発局AIアストライアは」

「私達もそう聞いています」

「コウ君、凄いのに目付けられちゃったね」

「もしアストライアがコウの側に寄り添うという判断を下したなら、思うほど悪い結果にならないと思いますよ。均衡の天秤はコウの手のうちにあるということ」

「……まさかとは思うけど、コウ君。アストライアの統合管理施設を手に入れたんじゃ」

「まさか。はは、そんな」


 力無く二人は笑い合った。統合管理施設。アシアが今回封印されていたように、アストライアも核となるコンピューター、そして施設があったはずである。

 それを手に入れたということは、オケアノスにさえアクセス可能な、最大の支援AIを手に入れたということになる。

 二人は思い出す。今回の依頼はオケアノス経由だ。

 

 ジェニーは気まずい空気を変えるべく、話題を少し変えてみた。


「人類側の神様の名前がついたAIって、皆ティターン神族よね…… 何か意味があるのかしら」

「あると思いますよ。ネレイスもそうですし。アストライアもアシアもウラノスとガイアの血族ですね」

「ネメシスは違うよね?」

「ネメシスはカオスの一族ですね。ただ、ウラノスがネメシスの母であるニュクスを従えています」

「そういえばフェンネルOSを作ったとされる高次元観測コンピューターのプロメテウスの由来も、神話ではティターン神族よね?」

「はい。高次元観測コンピューターが何故、極限領域生存用脱出ポッド兼人間型作業機械のOSを作ったのかわかりませんが…… 人間が狂おしい程大好きだったという説が有力です」

「最後はオリンポスの神々と戦うのかしらね、人類は」

「ティタノマキアですか? ストーンズがオリンポスになるとも思えませんが、それぐらい増長してそうですね。人間辞めてますし」


 つまらない冗談だった。うつろな笑いを浮かべたブルーだったが、気を取り直した。


「アストライアはコウに何をさせたいのでしょう」

「兵器技術の拡散による人類戦力の底上げ」


 ジェニーが即答した。


「今この時代、アストライアにとっては、憤懣やる方ない状態でしょうね。何せ庇護すべき人類が、兵装もなく押されているのだから。彼女の存在意義にも関わっている」

「オークションも? アストライアがそういう風に思考を導いたのかもしれないと?」

「私はそう思ってる。例えばね。オークションは先行技術開放。後発企業でもいつかは入手できる。そもそもそこまで平等に考えなくても良くない?」

「そっか。コウは個人なら、限定技術にして自分の利益を考えて吊り上げても良かった……」

「そういうこと。もちろんコウ君はお人好しだから機会均等を、と思ったのかもしれないけどね」

「コウという人間がアストライアにとっても都合が良かったのかもしれないですね」

「色々噛み合っちゃったってところかな? 。アストライアが黒幕ならコウ君の行動原理の謎も少しわかった気がする」


 人類を管理していたAIたちが考えることなど、自分たちには想像も付かない。

 ジェニー自身も正直持て余す存在だ。


「アストライアにとっても敵はストーンズ。天秤は人類を、ヒトの意思によって管理するストーンズ。ネメシス戦域における全ての知性体の敵――善悪の天秤は大きく傾き、悪が勝っている」

「ストーンズは悪、ですか? いえ。悪だとは思っています」

「底抜けの悪意よ。絶対悪といってもいい存在。人間をやめた連中になんで私達は殺されないといけないの? 元人間の石っころども。アストライアを悪魔と言ったことは撤回しましょう。天秤はコウ君に。そして断罪の剣、今こそ必要と考えている」


 そしてジェニーは、ブルーにとびっきりの笑顔を見せる。


「私達が、アストライアとコウ君にとっての断罪の剣となりましょう」

「ジェニー?」

「私達メタルアイリスとストームハウンドはコウのもとに集います。連合ではありません。一つのパーソナルフォースになろうと思っています」

「そんな構想いつの間に?! コウが承知するとは思いませんが」

「あなたも協力してね」

「可愛く言わないでください。うぅ…… なんでそういつも突然突拍子のないこというのかしら。ジェニーもコウもいいコンビですよ、本当に」

 

 生真面目なブルーが眉間にしわを寄せ悩み始める。


「そんな難しく考えないで。みんな一緒に、楽しくいきましょ!」

「楽しそうではありますね」

「そういうことで、次にコウ君とあったらよろしく。彼は拠点に帰った後、すぐ会いに来るかもって。相談事があるらしいね。来なくても一、二ヶ月後ぐらいに私達に会いにくるってさ。そのとき、切り出すつもり」

「本当に私達を売り込む結果になっちゃいましたね」

「そうね。一番の成功報酬なんじゃないかなと思ったり」


 ジェニーは笑顔だったが一瞬だけ真顔に戻り、呟いた。

 

「――これで思いっきりストーンズとやりあえる」


 ブルーはそんなジェニーを痛ましそうに見つめていた。

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