閑話 エンドユーザー
フユキはブルーとコウに呼ばれ、ハンガーキャリアーに立ち寄った。コウが自分の拠点に帰る前に話がしたいらしい。
彼が到着したとき、すでに二人は休憩室で談笑していた。
「お待たせして申し訳ございません」
「はじめましてかな?」
「もう戦友みたいなもんですし。堅い挨拶はいいでしょう?」
「そうだよな。フユキさんとは戦友だな」
コウは微笑んで認めた。
一緒に戦った仲で、今更はじめまして、はないだろうと。
「私に聞きたいことって?」
「日本にいたときの知識のことをね。営業さんっていってたよね、フユキさん」
「はい。営業の知識?」
「うん。例えば商売するにあたって、何が必要なのかなーと。まったく知識がなくてさ」
「商売をするんですか」
「まねごとをね」
ブルーはその内容は察しはついているがコウ本人には訊いたことがない。
後学のためにも黙って二人の話に耳を傾けることにした。
「商売は簡単で難しいんですよね」
「だろうな」
工業高校出身の彼は在学中に製造組み立てのアルバイトしかしたことがない。
「成功するには簡単です」
「お?」
「お客様が欲しいものがあるお店に人は集まります。簡単でしょ?」
「いや……それは……」
言うは易し、の例だろうことは、コウにもわかった。
「ええ。困惑はわかりますよ。それにいたるまでが大変なのです。需要と供給もそのうちですし、流行廃りもそうです。価格も大事。お店の立地も大事。商品の魅力も大事ですよね。店員の質や品揃えは店の努力次第です」
「ああ」
「お客様に欲しいと思わせる努力も大事です。広告やCMもそうですし。マーケティングという奴ですね。日本でならゴールデンにCMをスポットにいれて東名阪でTVCMです。これだけで数億飛びます」
「だから地方にCMが流れないのか。静岡、アニメとか本気でやらないんだけど」
「そこはケーブルテレビに入りましょうよ。地方は現場でフォローしてますから」
ここまで話してフユキの方が質問する。
二人にしか通じない会話で、ブルーの目がつり上がってきたからだ。
「コウ君は何が知りたいんです?」
「自分でも漠然としすぎてて。じゃあネメシス戦域の戦場全般で必要なものっていったらなんだろう?」
「ストーンズと戦える兵器、でしょうね」
「安価な?」
「シルエットは十分安いですけどね。生存率の高い兵器でもある。うーん、言われて見れば難しいですね」
「だよね、ブルー。欲しい兵器ある?」
「一方的に攻撃できて、なおかつ反撃されない兵器があれば欲しいです」
「超射程レールガンか…… でもあれはストーンズも持っているよなあ」
「高高度爆撃機があれば便利でしょうけど、航空戦力はレールガンの射程内です。ほぼ姿を消しました」
「撃墜されないなら、普通の攻撃機ぐらいあってもいいのにね。輸送機も」
「そして空戦も必要だから戦闘機も必要になってくる、と。難しいな」
「大規模な制空権を持っても効果は薄いんですよね。ネメシス戦域では。居住区画はシェルターに守られてますし。そこまで広範囲な守備範囲を持つ勢力もいない」
「局地的な戦場があちこちに点在する形になる構造になっていますね。有用なシーンが限定され効果が薄くなってしまっているのに、極めて価格が高い兵器です」
「高次元投射装甲のおかげで航空機から投下される爆風程度じゃダメージにならないのもあります。直撃前提のミサイルは有効な火力をもたらしますが、単価が高くて常用は傭兵にはとてもとても」
二人から航空機が少ない説明を受けるコウ。
聞いてはいたが、対空兵器の充実は想像以上に、航空機の費用対効果の悪化を招いたらしい。
「無人機は……確かコントロールを奪われるのか」
「そうです。ミサイルに載せられる程度の自己判断AIならフェンネルOSで奪取可能です。打ちっぱなしか誘導式ミサイルしかないのはそのせいですね。ファミリアを載せて無人機という考え方を持つ者はいますが、私はその考えには大反対です」
「当然」
「そうだな。当然だ」
フユキの憤慨に二人が同調する。
「ではやはりシルエットで考えましょう。理想は安価で高性能なシルエット。ではそのなかに何が求められるのか――安価な換装パーツ、強化パーツでしょうね」
「今あるシルエットを活用できるようなもの、ですか?」
「そうですね。21世紀も似たようなものだったんですよ? とある大国の戦車の例でいえば、同じ戦車なのに砲身が強化され、初期型と後期型の装甲材さえ違う、新造戦車と変わらないものになっている。設計に最初から余裕を持たせていた。シルエットも同様です」
「でもどうして? それなら新規開発したほうが安くないか?」
「軍縮傾向、平時の防衛予算は重要ですが議会の承認がいる。政治的な判断ですね。新型はとにかく厳しかった。莫大な費用をかけた挙げ句、キャンセルされた計画も一つや二つではありません。でも改修なら今あるものを使うという前提で予算が下りやすくなる」
「シルエットも安いけど、色々付けると莫大な費用がかかりますもんね」
「そういうことです。世間の傭兵なら、安価な強化パーツの普及を願っているでしょうね。今の強化パーツは費用対効果が悪いといわざるえません」
「そうかあ」
フユキは眼鏡をかけ直し、コウに問う。
「コウさん。ところで最近各企業に新技術を提供するオークションが行われたのは知っていますか?」
「聞いたことはあるな」
コウは白々しくすっとぼけたが、表情に出ている。ブルーはポーカーフェイスを保っているが、口に出さない。墓穴を掘るのはわかっている。
「あれね。少し惜しいな、と思ったんですよ。提供した人の目的と市場の若干の食い違いがあるんですね」
「お、興味ある。どんな?」
(コウ。もうちょっとちゃんと演技しなさい)
ブルーはあまりの棒読みなコウに冷や汗を流す。
「提供者の意図は明白です。ネメシス戦域で
「それは?」
「シルエットとの連携です。ハンガーキャリアーまで運べる航空機、様々な装甲車両や輸送車両。しかし、シルエットで作業する、シルエットを運ぶという視点が欠いています。これはひとえに提供者がファミリア視点のみで考えたと予想できます」
「なるほど……」
「ファミリアとセリアンスロープはシルエットに乗れませんから。シルエットを使わない、シルエットを運用できないヒト用の視点になってしまったと思います」
「言われるまで気付かなかったな」
「私も、そこまでは。さすがフユキね」
コウは指摘に深く考え込んだ。確かにファミリアを守りたい一心で兵站を考えていたかもしれない。シルエットで作業する以上、そこは考慮しなければいけなかった。
「結構いい値段がついたとは聞いているんだけどな」
「未発表技術の提供ですからね。早めに確保したいでしょう。それだけ研究もできますし、次回の技術公開があるなら、その点でも有利です。先行投資ですね」
「もしファミリア視点なら、どうすればいいと思う?」
「シルエットで作業する視点、運ぶ視点を重視ですかね? ファミリアで構成されたストームハウンドをみてもわかるでしょう。シルエットと車両の連携性を強化することでファミリアも戦いやすくなるでしょう」
「シルエットと車両の連携を最初から想定した?」
「もともと想定されてはいますよね。弾倉交換やMCSの取り出し、装甲交換のユニット化など。さらにその一歩先を考えることこそが大切です。技術を入手した先の企業のことではありません。
実際に商品を使う者、をファミリアとセリアンスロープと言ったことで、はっとコウは気付いた。
コウは自分が想定したものが曖昧だったことを気にしていた。
もちろん転移者企業に技術提供するから彼らも顧客だ。ただ、彼らに技術が渡り、作った製品のその先、エンドユーザーという概念が漠然としすぎていた。ファミリアたちが使うもの、ぐらいで考えていたのは確かだ。
彼らを守りたいために何が必要か、自分は知りたかったのだ。コウが喉元まで出そうで出なかった言葉を、今この場で明瞭にしてくれた。
フユキは切れ者だ。もうとっくにコウの正体に気付いているかもしれない。そして彼の意を汲んでくれたことに、深い感謝しかない。
フユキはそこで恥ずかしそうに笑った。
「何か偉そうに語っちゃってすみません」
「本当に参考になる。話を聞いておいてよかった。また相談していいかな? ひょっとしたらジェニーと一緒に手伝ってもらいたいことがあるかも」
「喜んで。そのときは声をかけてくださいね」
「ありがとう。では、俺は行くよ。ブルー。フユキ。またな」
「はい。連絡待ってますね」
「次のリクエスト、どんなネタか楽しみにしてますよ。表紙にだまされたナナシさん」
「はは」
照れ笑いを浮かべ、コウは席を立った。
ブルーはコウがいなくなったことを確認し、フユキに問う。
「フユキ。いつから気付いてたの?」
「なんのことやらあっしにはさっぱり」
そう嘯いてフユキはにこやかな笑顔を変えず、颯爽と立ち去っていった。
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