ゼロ知識証明
二機のシルエットが巨大な地下通路を進んで行く。
厳重な隔壁が上がり、最深部に到着したと知る。
「アシア!」
コウは思わず叫んだ。
部屋の奥には巨大なコンピューターらしき構造物があり、そこにコウが見たときよりも成長しているアシアがいた。現在は十五、六歳ぐらいだろうか。
銀髪に白い衣をまとい、体中鎖に縛られている。口までも塞がれているような状態だ。日焼けした美しい褐色の肌が赤みを帯びているほど。
腰まで伸びている美しい銀髪の先端まで鎖で縛られている。
そして特筆すべきは、その大きさ。少女はシルエットサイズだ。
コウをみて、涙目になっている。助けを求めている、哀切の瞳。
「コウ。何が見えているの? アシアがいるのでしょうか」
「見えないのか?」
「ええ。ごめんなさい」
「コウ。こちらのカメラも何も見えない」
ブルーも、映像から解析しているエメにも何も見えない。
「波長が合う人間が俺しかいないってことか。幽霊みたいなもんだな。いや、女神様か」
「アシアはどんな状態ですか」
「ブルー、本当に見えないのか。シルエットサイズの銀髪の少女が、鎖にぐるぐる巻きにされているんだ」
「それが今のアシアの状態を表したビジョン、ということですね」
「助け出す方法、か……」
ここまできて、皆目見当がつかなかった。
「コウ。聞こえるか。状況はこちらで解析している」
「師匠!」
エメの声で、師匠が告げた。緊急事態で、エメが交代したのだろう。
「ここが正念場だ。そこは一種の中枢コンピュータだな。高次元領域で量子チェーンで封印されている」
「量子チェーン?」
「本来なら惑星レベルでのクラウドであるアシアのメインデータがエンドノート化されているな。彼女自身の力を使って高次元領域でのブロック化した暗号チェーンで縛り付けている状態だ。鎖で繋がれているビジョンはその影響だろう。物理的にも次元の乱れが生じているほどの強固なものだ。解除キーはゼロ知識証明をクリアだ。」
クラウド上のネットワーク内で孤立したコンピュータがエンドノードだ。
ネットワークに介入できない以上、人類がアジアと接触できなかったのも当然といえた。
「どうしたら解ける?」
「封印はアシアがやったものではないが、これは…… 敵は厄介な封印をしたな。アシアの力を利用した、アシアさえわからない、そして検証するシステム自身も答えをしらないのだ。何がトリガーかこちらでは分からん」
「暗号の解読はできないのか」
「こたえはあるはず。アシアとの関連性を問われている。彼女が選んだ構築技士たる君なら、できるはずだ」
「しかし……そうか。五番機。俺を助けてくれ。フェンネルOSに何か打開方法はないか」
五番機は静止し、アシアと見つめ合うような形となる。アシアと対話しているかのようだ。
『アシアとの会話、何か思い出せるものを提示してください。それがキーとなります』
五番機の合成音が告げる。
ハンガーキャリアのメンバーもブルーも、じっとコウを見つめている。
「そうだな。アシア。君が俺を助けてくれた。足を動かす、と言ってくれなかったら、とっくに死んでいただろうな……」
コウはアシアとの会話を思い出そうと呟いていた。
「師匠や五番機に魂があると確認してくれたね。これから出会う、たくさんの機械たちを大切にと。そして君が俺を構築技士にしてくれた」
コウは、まだ幼い少女だったアシアを思い出しながら言葉を紡ぐ。
「最後に、俺をアストライアに導いてくれたのはアシア。君だ。師匠に聞いてね、と。俺はそこで、大切な仲間と出会えた」
その言葉を聞いたにゃん汰とアキは涙ぐむ。エメは手をじっと握りしめた。
「俺は君を助けると約束した。俺は何をすればいい?」
コウは全身全霊で問いかけた。
『アシアとの高次元意識接続完了。アシアとパイロットにのみ存在するゼロ知識証明の対話確認をクリア。ゼロ知識証明の非対称型感情領域合致。クリアです。量子チェーン、解除可能です』
五番機が告げる。
「非対称型のゼロ知識証明は感情の波長を用いていたのか。それなら形にすることは不可能、お互いの感情など本人たちしか知り得ないな」
師匠が納得した。ゼロ知識証明――完全性、健全性、ゼロ知識性を確認する暗号技術の一種だ。最後の一つが難関であり、それが証明され解除キーとなった。
「アシア。聞いていいか。君の本体はこれなのか? なら、このコンピューターを移動させるのではなく、君のデータだけ移転は可能か。たとえばアストライアに」
目の前の構造物を持って帰るわけにはいかない。どうすればよいか、必死に考えた。
アシアは頷いた。可能ということ。
ならば――
「エメ。。全力でアシアのデータをアストライアへ転送。アストライア、予想はしていただろ?」
「了解です。データ転送実行開始します。アストライアへ直接転送の他、ハンガーキャリアーへの同時転送処理も行い、速度をあげます」
『
アストライアからも返信が届く。
「量子チェーンは完全に解けていない。五番機、行くぞ」
アシアを縛る鎖は高次元量子チェーン。大剣にウィスを流した状態で斬る。
予想通り鎖を切断出来た。ウィスを流している物質なら干渉できると思ったのだ。
「コウは次元の乱れを斬っている、というの? ウィスを通している物質なら五次元へ干渉はできる、か……」
背後にいるブルーが五番機を観測し、状態を見る。五番機は確実に、次元のほころびを斬っていく。
アシアが見えない彼女の目には、虚空を相手に斬っているようにしか見えない。だが、観測データ上は確実に変化が起きているのだ。
五番機のそれは剣舞のような――舞の如き動きだった。
量子チェーンが破壊されるにつれ、データの転送速度が上がっていく。
ついに、アシアの口下を塞いでいた鎖も破壊できた。
「コウ!」
「動くなよ、アシア。もうすぐ助けてやれる」
「来てくれた…… 本当に来てくれた!」
「当たり前じゃないか。約束だろ? あと少しだ。待っていろ」
アシアは潤んだ瞳で、五番機をまっすぐに見つめていた。
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