ラニウス――その名が意味するもの

 ファルコが剣を構える。


 今はまだ彼の間合いだ。お互いローラーダッシュは止めている。二足歩行でないと、すぐに転倒する羽目になることは分かっている。

 スラスターで加速するにも、距離がある。


 ラニウスが相手だ。装甲はファルコより硬い。

 機関砲が有効打にならないのは分かっていた。


 ラニウスは銃を構え――否。すぐにその判断は誤りだとバルドは気付く。


 確かに銃口をまっすぐにこっちに向けていた。

 まっすぐすぎた。銃口が大きくなるようなプレッシャー。


 違う。脚部も腕部も動かさず、近付いてきているのだ。ほんの、少しずつ。


 バルドは引きつった表情で後ずさろうとしたが、五番機が許さない。

 眼前にいる五番機。銃は投げ捨てていた。


 空気を震わす爆発音。


 腰を落とした体勢。機体が加速しているなか、足裏から凄まじい火花が散らしながら接近していた。

 背面のスラスターを用い、爆発的な推力を発生させ、滑走してきたのだ。


 襲いかかる斬撃。


「いつ近付いた? ――いつ抜きやがったっ!」


 思わず吐き捨て絶叫する。


 コウはすでに剣を引き抜いていた。


 五番機の四肢の補助スタスターが火を噴き、抜刀していたのだ。


 居合いにおける、外法技――背中から吊した刀より、抜刀し斬りかかる背中抜刃という技であった。

 左に柄を握れるようにしておき、左手で引き抜いて両手で握り直しての斬撃。

 この技は昇段試験には関係しない技だ。現在、教える道場は少ない。


 長刀の居合い技は、芸や見世物の類いとして一部の剣士に認識されている。

 だが未来の戦場、簡略化された動作のシルエット戦なら別だ。十分に有効な技として成立する。


 旧式機と侮ることなかれ。補うための改良はすでに行っていたのだ。

 TSF-R10が捨てた、運動性を高める補助スラスターを最大限に生かした斬撃だ。同じ芸当はファルコには不可能だ。


 バルドは間一髪でなんとか剣で受け止めるが、すべてを受け流すことはできない。

 機体は五番機のほうが安定性があり、重量がある。こんなところで、こんな理由でファルコは押し負けたのだ。

 不安定な体勢で受け止めたがゆえ、受けた剣は押され込まれ、胸部装甲が切り裂かれた。

 

 五番機はそのまま彼の左脇をすり抜ける。機体が通ったあとは火花が走っている。

 慌てて体を左回転させ五番機の後を追う。


 すでに五番機の姿はいなかった。


「どこだっ」


 背筋が凍る。


 まさかの場所。


 五番機はファルコの背後にいた。


「くそが…… いつの間に」


 振り返ろうとするが腕部を斬り飛ばされる。


「あんたが勝手に俺の前に出てきただけ、さ」


 五番機はファルコの右脇を通り過ぎた。

 ここで通常の機体なら、軸足を使い方向転換するか、大きく弧を描いていったん距離を取る。


 コウはどちらもしなかった。

 通り抜けた瞬間、半身のみ右に軸足を移し、右側に半回転し若干後ろに下がった。それだけだ。

 制動力の高さを利用した位置取り。機体重量、四肢による安定性を考慮した機体設計が、ラニウスの滑走を最低限にしているのだ。


 ファルコはコウを追いかけるべく、左回転した。コウは最小限の移動しかしていない。

 背後は取れると踏んでいた。


 ファルコの機動力、追尾能力の高さが仇になったのだ。バルドはラニウスがさらに先に移動しているという前提で移動させた。

 バルドは前方に移動するか、側面に回避するべきだったのだ。


 コウもまた、薄氷を踏む思いだ。 


 最小限の移動による位置取り。初撃も相手の剣の起こりの前に出鼻をくじいた奇襲だ。

 最初の動きは突きの技の変形。銃口が大きいことを利用した錯覚だ。剣の切っ先を突きつけることで相手へは先端に意識を取られ、距離感を惑わせるのだ。


 次に縮地ともいうべき一足一刀の間合いへの踏み込み。それを可能にしたのは試作のデトネーションエンジン波を用いた加速専用スラスター。

 デトネーション波とは極超音速、秒速三km衝撃波を伴って自走的に伝播する燃焼波。このデトネーション波を利用した新機軸の推進システムを新たに作ったのだ。


  初動の爆発音は、デトネーションエンジンによるものだ。理論値では40Gを超える負荷。これはマルチコックピットシステムでなければ耐えることなどできない。胴体を締め付けられるほどの圧力はかかっていた。


  五番機の加速は遷音速トランソニツクの域に達しただろう。加速は5秒で時速1000キロ近くにも達する。


 レールガンの弾頭でさえ知覚できるフェンネルOS。これに対抗する斬撃を生み出すため、コウは機体の加速度を重視した調整を重ねたのだ。

 

「はん。お前も鷹羽の同類の化け物かよ」

「兵衛さんには遠く及ばないさ。同類は否定しない」

「殺す前に名前を教えろ。俺はバルド。地獄でお前を待ってるぜ」

「俺の名はコウ」


 背面に剣を突き立てる。マルチコクピットシステム下部、ウィスのリアクターが内蔵されているパワーユニットを正確に貫いていた。

 そのままコックピットの下部を貫通し胴体を貫通する。機体は浮き上がり、串刺しにされた。

 五番機は無造作に振り抜いた。ファルコは壁に飛ばされ激突した。


 ファルコは戦闘能力を完全に喪った。動力を立たれたシルエットは動きようがない。

 動かないことを確認し、AK2を拾いに戻った。


 ファルコの機体が完全に停止していた。コックピットは暗くなり、稼働しない。動力を絶たれたのだ。動くはずもない。


「いてて。完敗だ」


 動力が絶たれた状態のマルチコックピットシステムは衝撃緩和機能も殺されている。壁にぶつかった衝撃は凄まじかった。

 額から血が流れている。


 それでもバルドは嬉しそうに微笑んだ。世の中、兵衛の他にまだまだ化け物がいる。

 次はコウ。戦いたい相手が二人もいるのだ。それでこそストーンズ側についた甲斐があるというもの。


「転移者か。とびっきりの化け物揃いじゃねえか。――コウ。てめえともまたやってやる。絶対に、だ!」


 機体性能ではこちらが上のはずだった。いや、あの不可思議なスラスターは特殊すぎた。しかしそんなものは言い訳にすぎない。

 バルドは再戦を誓った。

 


 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 ハンガーキャリアーではセリアンスロープの二人が歓声をあげた。

 普段は無表情なエメも、唇の端を歪ませて微笑んでいる。


 そしてブルーもまた呆然とその戦いを見ていた。

 コウの動きが別人に見えた。そして五番機も。


 バルドの名は知っている。パーソナルフォース「デスモダス」のリーダーで生粋の戦闘狂だ。

 彼を倒したというだけで、コウの名は知れ渡るだろう。

 

 そして彼女は以前調べたラニウスの名の意味を思い出した。

 殺戮者、と。

 屠殺者、斬り裂く者、牛頭など物騒な意味しかない。モズの早贄はやにえがその名を連想させるのだ。


 剣を背面に突き立てられたファルコは、早贄にされた獲物そのものだ。

 殺戮者や切り裂く者。いや、さすじめ剣鬼ともいうべきか。――その名に相応しい戦いだった。


「見事です」


 コウと通信をつなぎ、それだけ告げた。

 肝心のコウは浮かない顔をしていた。


「どうしました?」

「いや…… あの戦い方がさ。初見殺しみたいなもんだから、どうかなって」


 最新鋭機相手に、実力を出させないうちに勝機を得る。

 相手の力を見極め、全力でぶつかり合い、その上で相手を上回りたかった。

 もちろん兵は詭道である。取り得る戦術を取った。


「ば、馬鹿じゃないですか! あんな凄い戦い方でっ! ここは戦場ですよ!」

 

 思わずブルーが叫んだ。

 

「うーん。そうだよな」


 ダメだ、この人。見てないと、ダメだ。

 確信した。


「行こうか。アシアが待っている」


 話題を変えるようにコウが告げる。気まずいようだ。


 ブルーは小さく嘆息し、頷いた。

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