爆導索

「マーちゃん。コウさん凄いね」

「うん。……凄い。お伽話の騎士様みたい」

「メタルアイリスの人たちはサムライっていってたけど。かっこよかった!」


 少女は頬を染め、呆然と五番機を見据え。少年は憧憬を持って五番機を見上げていた。


 颯爽と現れ、惚れ惚れとするような五番機の斬撃。

 無意味な殺人も行わない。無駄のない戦闘だった。

 捕虜は彼女たちが回収した。シルエットのMCS――マルチコックピットシステムを引っこ抜いて、補給車両に積んである。

 

 この汎用のコックピットシステムは、ちょうど21世紀の戦闘ヘリのコックピットに形状が似ている。二重構造になってあり、ウィスが通っているならば衝撃を吸収する構造になっているのだ。

 タンデムの二列目が段差になっており、二列目下にウィスのリアクターが搭載されているパワーパックが装備されている。シルエットの弱点はこのパワーパックになる。

 コックピットの素材は宇宙でしか成形できない作られたアドバンズドナノマテリアル。非常に強固、破壊しにくいマテリアルだ。加工も受け付けない、敵味方関係ない共通規格でもある。


 もともと数万年前の惑星開拓時代から基本設計は変わっていない。非常時の脱出カプセルも兼ねている。シルエットは生存率の高い兵器でもあるのだ。 


 この利便性を利用して、破壊された機体を放棄してMCSをそのまま換装して乗り換える荒技もある。非常時で修理部品がない場合などに有効だ。


 捕虜となったパイロットは保釈金を払えば解放される。それまではコックピットに居座るか、どこかの車両に移送されるだろう。

 

「でも今から向かう場所は――」

「あのシェルターが最大の敵だね」


 姉のつぶやきに弟が呼応する。


 彼らの視線の先には巨大なドームがあった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 


「少々場を離れます。索敵と地雷等のトラップを確認です。あなたたちは作業を」


 フユキの指示で、他二機のシルエットが作業に入る。

 まずは亀裂を入れないといけないが、それが困難だ。


 フユキが戻ってきたときも


「厳しいッスわ! 隊長!」


 工兵部隊は、シェルターに孔を開けるべく苦戦していた。

 

「予想できたこと。天空からの巨大隕石でもびくともしないシェルターですし」

 

 穿孔作業は難航している。

 亀裂をいれ、その亀裂を中心に破砕作業に入るのだが、破壊制御設定も万全に設計されてある。

 高出力のレーザー打ち抜き機や工作用の高周波電熱切断機を用いている。


 三機は作業に入り、ようやく縦の亀裂を入れることができたときだった。

 装甲工作車より連絡が入る。

 

「レーダーに反応あり。そちらにケーレス接近中。アント型多数、マンティス型もいます!」

「マンティス型とは、これはまたよほど警戒されているようですね」


 フユキが嘆息する。

 

「作業中断。やはり敵勢力掃討後に作業しなければ、無理でしょうね」

「はい…… うぉ!」


 突如、森の奥から現れたマンティス型の巨大な鎌につかまる作業中のシルエット。

 メキメキと不気味な音を立て始めた。


 そこにすかさずフユキが高周波振動剣で鋏を両断し、救出する。


「助かりました、隊長!」

「マンティス型でもこの移動速度…… 強化タイプですね」


 冷静に分析する。発見から到着まで早すぎた。

 アント型も遅れて到着するだろう。作業の続行は完全に無理と判断する。


 もう一機のシルエットがライフルで牽制している間に、捕まっていたシルエットは体勢を立て直す。


「皆さん、工作装甲車まで撤退を。そして五分後、川岸方面に移動、本体と合流してください」

「隊長は?」

「私はやることがあるんですよねぇ。気にせずいってください。――早く!」


 話している間にも武器を持ち替え、巨大なロケットランチャーを装備する。


「は、はい!」


 二機のシルエットが撤退し、フユキだけが取り残された。

 目の前に居るマンティス型。このケーレスを倒すには、三機のシルエットが必要といわれている戦力だ。


「この距離なら必中ですわ」


 そのままマンティス型に頭部に向けて発射し、一撃で破壊した。マンティス型は、後ろに後ずさる。


 頭部を破壊したところでマンティス型にとっては戦闘力に低下はない。動きを停止させるには破壊し尽くすか、胴体を両断するしかないのだ。


「いったん僕も引こうかな」

 

 フユキは一人の時は営業口調では無く、僕口調になる。


 マンティス型の背後にはわらわらとアントソルジャー型が現れ、レーザーで攻撃してきた。

 それを尻目に、森に消えるフユキのシルエット。


 抱えたロケットランチャーのせいで素早い動きとは言い難い。


 頭部を喪ったマンティス型とアントワーカー型は、群れをなして彼を追いかけ始めた。


 森のなかの小さな空間でフユキは転身した。

 迫り来るマンティス型とアント型。

 抱えたランチャーが火を噴いた。


 弧を描き飛んでいく大型ロケット。そのロケットには大きなワイヤーが繋がれていた。

 フユキのシルエットに近付く前にロケットは着弾し大爆発を起こす。

 ワイヤーも爆弾が無数に取り付けられており、連鎖して続けざま爆発する。


「一網打尽ですよ。文字通り、ね」


 フユキが呟く。

 

 地雷処理用爆導索――工兵は地雷処理も任務の一つ。工兵ならではの武器だ。

 点でも面でもなく、線の爆撃。


 本来は爆発で地雷を誘爆し処理するための兵装であり、攻撃兵器ではない。


 だが二十一世紀の地球では対ゲリラ用市街地戦にも転用されている。フユキはネメシス戦域で、対ケーレス用に改造を施し、威力を高めた。

 ウィスを通した高次元投射装甲には効果は薄いが、安普請のアント型には十分な攻撃力を持つ。

 ケーレスたちは爆風に巻き込まれ、追撃が止む。


 地雷処理は様々な手段がある。単純に鎖を叩き付けて誘爆させるやり方、ドーザーですくい上げる方法などだ。

 その点この爆導索は攻撃にも転用できる。


 工兵。それは常に最前線を切り開く開拓者。様々な最新兵器を駆使し、そのための技術を要する、戦略部隊。


「実はですね。奥の手もあるんですよね」


 フユキは唇の端を釣り上げ、次なる手を打つ。

 

 別の場所――待機している工作車から大きなロケットランチャーが現れ、火を噴く。

 誘導射撃を行ったのだ。

 同じく爆導索付きの地雷処理用ロケットだ。


 地球では慣性制御用のパラシュートを用いるが、ここは未来。噴射量が計算され、フユキの前方に着弾する。

 さらなる爆発。先ほどよりも威力が大きい。


 これが止めになって、アント型のケーレスは壊滅した。


 残るは、ウィスを搭載したマンティス型のみ。


「逃してはくれませんか」


 頭部を喪ったマンティス型は、爆発をものともせずフユキに接近する。


 フユキは銃を取り出し、構えて撃つ。

 それはシルエットサイズのスピアガン。ワイヤー付きだ。本来は水中侵攻用となる。

 集団戦にはまったく向かないが、恐るべき性質を持つ――シルエット本体からウィスを通すことができるのだ。

 貫通力は軽ガス式のライフルの比ではない。


 欠点は二つ。連射が効かない点と、スピアの衝撃自体は低いこと。破壊力はあまりない。そしてワイヤーはウィスを通した武器ならば、簡単に切断できるということ。

 だがフユキにとってはその一瞬で十分だ。

 

 スピアガンに備え付けられたリールが回転する。シルエットがぶらさがっても切れることはない。

 ワイヤーは巻き上げられ、びくともしないマンティス型。


 宙を待ったのはフユキのシルエットであった。


 そのまま高周波電熱剣で斬り込む。マンティス型の鎌が襲いかかるが、そのまま斬り飛ばした。

 マンティス型のパワーパックは胴体だ。そのまま体に駆け上がり、背中から高周波電熱剣を突き刺す。


 その刺突は確実にパワーパックを貫き、マンティス型も動きを停止した。


「戦闘は苦手なんですよねぇ。もう……」


 本当にくたびれたという感じで、ため息をつくフユキ。


「遅いですよブルーさん」

「何いっているんですか。私達が手を出す間もなくあれだけの数を倒してしまうなんて」


 ブルーとコウのシルエットが現場に到着していた。


「凄いな。ええと……」

「君がコウ君ですか。フユキと呼んでください。同郷と会えるとは嬉しいね! ブルーさんに変なリクエストばっかりしていたのは貴方ですね? よろしくお願いしますね」

「ばれてましたか。こちらこそよろしくお願いします」

「ああ、敬語はいいですよ。私は元営業職ですからね。こういう口調なんです」

「助かる。見事な腕前だった」

「フユキは凄いの。地雷の設置と除去のスペシャリスト。地雷屋と言われてる」

「地雷屋? ああ、そういう意味もあるのか。変幻自在の地雷屋さんね」

「ぎくっ! 気付かれましたね」


二人は笑い合った。ナノマシーンによる言語翻訳機能の悪戯みたいなもの、なのだろう。


「何か意味あるの?」

「終わったら説明するよ」

「今、教えてください!」


 コウはブルーの抗議を曖昧に笑ってスルーした。


 フユキのニックネームを付けたのも日本人だろう。

 本来は地雷屋ではなく、自来也。それは伝説の忍びの名であった。

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