狙撃手の少女

 シルエットは人型である。

 しかしそれ・・はあまりに歪な影だった。


 確かにシルエットの基本系である人型のフレームは守られている。

 だが、右手に持つ得物。目を見張る巨大さだ。シルエットの胴体ほどの大きさがある。

 左手も、異様な箱を装着している。


 右手の砲身が展開していく。折り畳み式の砲身はシルエットの倍以上の長さとなる。その長さは十五メートルを超える。二脚銃架バイポツドで砲身を支え、遠距離狙撃砲の発射準備態勢が整った。

 伏射状態に移行し大型狙撃銃を構えた。

 

「ジェニー……派手にやってるね」


 パイロットが呟いた。少女といえる年齢。青髪に尖った耳が特徴だ。メタルアイリスのジャケットを着ている。

 遠くでジェニーがミサイルを命中させたことが確認できた。


「弾道計算も終了済み。あとは……」

 その瞬間、信じられないものをみた。

 ビルの上に現れた、巨大な剣を持ったシルエットがいきなりエニュオの頭部を破壊したのだ。


「えぇ! なんですかあれ……」


 思わず少女が叫んだほどの出来事が起きた。


 単機でエニュオと戦うのも無謀なら、よりによって接近戦など狂気の沙汰だ。

 高次元投射装甲で、戦場の装甲強度は桁違いにあがっている。

 だからこそ、過信しすぎは死につながる。相手の間合いに入ってはいけないのだ。


「ありえない…… でも助かる」


 頭部を破壊してくれたのはありがたい。エニュオによる遠距離攻撃の反撃を受ける可能性がかなり低くなった。

 電磁波が入り乱れる戦場では、敵の位置把握が重要になる。

 狙撃した時点で、敵が押し寄せてくるのは分かっている。


 乱立するビルの合間から見通せる細い射線。

 大型ミサイルで穿ち、えぐれた胸部が目標だ。

 頭部への攻撃で、上体をあげてビルを警戒している今がチャンスだ。


 平地でのシルエット同士なら地平線と射線の都合、狙撃できる距離は十キロ前後が限界。だが高所ならば違う。巨体のエニュオはどの距離からも狙えるが周囲のマーダーを狙い撃つ必要もある。


 百二十ミリ長砲身レールガン。これが展開した狙撃砲の正体だ。レールガンはその性質上、レールが長いほど威力を増す。

 戦車に搭載されている車載型よりもレールが長く、威力も上回る。

 シルエットよりも長身の砲サイズだけに反動も大きい。運用が難しい兵器だ。バックパックユニットがなければ運用は不可能だ。


 シルエット用の汎用携行レールガンとは仕様設計が根本から異なる。

 この異形のスナイパーキャノンは、専用弾を使用する必要があるということだ。

 例えば軽ガス式ライフルの弾頭と汎用携行レールガンの弾頭は共通しており、補給がスムーズになるようになっているのである。二十二世紀の艦載用レールガン技術の応用だった。


 だが、現在展開された長砲身のレールガンは違う。弾頭さえ特殊な専用弾。

 理論上は亜光速まで加速可能といわれているレールガンではあるが、通常の弾頭では大気や重力の影響で速度の上限に壁があるのだ。さらにいうならば、加速限界それを超えると弾頭が内部から崩壊していく。

 すなわち弾頭を含め長距離狙撃専門シルエットにしか装備できない特殊装備なのだ。


 これほどまでに巨大化した長身砲を運用できるのはシルエットの優位性だ。戦車はビルの屋上に登ることはできない。


 照準でエニュオの胸部に狙いをつけ、射撃する。

 射線の先にはアントソルジャー型もいた。巻き込まれたアントソルジャーは一撃で吹き飛び、弾頭がエニュオに着弾する。

 背面のバーニアスラスターが同時に作動する。反動を殺すためだ。


 続けて二射目、三射目と同じ位置を攻撃する。六発目を放ったとき、エニュオは地に伏した。そこが狙い目だった。

 砕かれた頭部へそのまま七発目を撃ち、全弾――十二発目まで撃ちきった。

 バックパックユニットの予備電力も使い果たす。チャージするには三分必要だ。


「狙撃完了。現在地より移動します」


 少女は通信を行い、移動する。


 即座に武器を折り畳む。位置移動しないと急速に接近してくる敵がいないとも限らない。

 レーダーが役に立たないのが難点だ。


 その時――

 狙撃者を強襲するテルキネスが現れた。

 高周波電熱剣を構え、彼女を狙う。

 三次元行動可能な、敵の指揮官機ともいえる存在だった。


 遠距離攻撃機に対して、間合いを詰めたいのだろう。

 一気に懐に入り込まれた。


 彼女は慌てず左腕の武器を起動させる。

 不用意に懐に飛び込んだ敵に対し、彼女が行った行動は予想外なものだった。

 テルキネスが剣を振り切ろうとした瞬間、爆発音とともに後方に吹き飛ばされた。


 左腕に装着していたのは、巨大な杭撃ち機パイルバンカー

 不用意に懐に飛び込んだのが運の尽きだった。

 剣を振り切る前に突き出された狙撃機の左腕。無造作ともいえる突きは、予想外の攻撃だった。

 炸薬が爆発し飛び出た巨大な杭の直撃を、テルキネスは胸部に受けたのだ。

 テルキネスは胸部の動力ごと貫かれ、動きが緩慢になっていく。


「がっつきすぎ。みっともない。ばぁか」


 小声で相手を罵った。

 

 狙撃機体相手だと、相手はとにかく距離を詰めようとする。必要以上に、だ。無人機でも変わらない。

 反撃を行う対象者の習性を逆手にとって、彼女は防御兵装として至近距離用の杭撃ち機を愛用しているのだ。


 一度引き抜き、テルキネスを転倒させる。

 倒れた相手の胴体に再度、杭撃ち機を振り落とす。

 パワーユニットは確実に破壊され、テルキネスは完全に動きを止めた。

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