補給
エニュオが遠距離から狙撃を受けている。
壁になろうとしたケーレスがあっさり砕け散り、破壊された胸部に容赦なく弾頭が叩き込まれる。
ついに地を伏し、這いずって歩行を開始する。
「撤退はしないのな」
コウが呆れたようにいった。
誰がみてもぼろぼろだ。
「あんな巨大な兵器、回収できないよ」
師匠がことなげもなく言う。
「いつものはどうやって回収してるんだ。使い捨てにはならないだろ」
「ここまで破壊されることはめったにない。修理して、ここが拠点になって次の地点への侵攻が再開される」
「まずいじゃないか」
「エニュオの初戦撃退はあまり例がない。向こうもまさか序盤で躓くとは思わなかっただろうね。メタルアイリスはやり手だな。多分、彼らは別任務でここに立ち寄っただけだろう」
「色んな部隊が慣れない連携を取って、総力戦している感じだもんな。報酬とか揉めそうだ」
「ストーンズに対して戦果報酬を出す組織はある。赤字にはならないだろうね。コウも登録しないとな」
「そんな余裕はないなぁ」
ちりちりとレーザー砲で削ってくるアントワーカー型が地味にきつい。
もうどれほど倒したか、記憶していない。
「コウ。あなた一回補給に戻りなさい」
ジェニーから通信が入る。
「剣だから補給する必要はないぞ」
「レーザーで装甲削られているでしょう! 応急処置ぐらい受けなさい。ほら、このポイントに私たちのハンガーキャリアーあるから」
ジェニーから彼女たちの拠点地域データが転送される。
ハンガーキャリアーはシルエットの整備施設を持った大型の車両だ。車輪型やホバークラフト型まで形状は多岐に渡る。
「……実はIDも金もないんだ。俺はこのままでいい」
「そんなこと気にしてたの? ばか! いらないってば! さっさと戻りなさい!」
怒鳴られたコウは肩をすくめ、言われるがまま拠点ポイントに向かう。
「好意には甘えるべきだな。君はそれぐらいのことをしている」
「そうかな。ここは甘えるべきか」
戦線から離れた地点に、彼らのハンガーキャリアーがあった。かなり巨大だ。大型のホバークラフトに見える。
シルエットが立ったままでも普通に出入りできる、移動基地といってもいい。
「そこのシルエット、聞こえるか? ジェニーから聞いている。こっちへ」
誘導され、ハンガーキャリアーの側面に移動する。
中から作業型のシルエットが現れ、五番機をスキャンしていた。
「戦果の割りにダメージがないな。いい腕だ」
「どうも」
なんと返信していいかわからない。
「この機体はリペアラーだね。シルエットの応急処置用だ」
謎のビームを発する噴射スプレーを当てられる。
「この光とスプレーみたいなのは?」
謎ビームの正体がわからず不安だ。
「高温状態の液状の金属を吹きかけて続けて冷却し被弾孔を防ぐんだよ、その後コーティング材を噴射している。それがワンセットになっている光だ。レーザーで装甲は削られているからね」
「熱処理、検査成績表。う、頭が…… って。必要以上に削られるとどうなるんだろう」
「装甲は換装できるよ。安心したまえ。でないと兵器運用できない」
師匠と話していると、また通信が入る。
「応急処置は終わった。飲み物あるから、中で少し休んでけ」
「いいのか?」
「構わん。あんたは連戦しすぎだ」
シルエットをハンガーキャリアーにいれる。超大型ダンプカーもかすむ巨大なハンガーキャリアーだ。
高さだけでも15メートルほどもあるだろう。
中に補給を受けているシルエットもいる。
コウは駐機状態にし、シルエットから降りた。
師匠は外にはでたくないらしい。そのまま置いてきた。
整備兵と、アーム型のロボット、そして熊型のファミリアが同時に作業している。
熊型はコウに手を振って奥へ指し示す。そっちへいけということらしい。
ガラス張りの小さな部屋があり、自販機がある。ここが休憩所なのだろう。
先客もいた。一人の少女だった。ドリンクを飲んでいる。地球ではみない、輝くような青髪だが、染めている様子はない。耳も尖っている。エル――もといネレイス。人工的に作られた、亜人種。初遭遇だった。
コウも自販機で炭酸飲料を購入し、隣の席の椅子に座る。気まずい。もともと女性慣れしていないコウは視線を合わせないように全力だ。
見たことがないレベルの異次元級美少女だったのだ。
少女が立ち上がり、同じ席に座った。気まずさが限界を迎える。
「は、はじめまして。ネレイスの方」
キョドってしまう。こんな美少女と接する機会は地球ではなかった。
「はじめまして。私はブルー。あなたは? ネレイスという種族で言ってくれた日本人は初めてかも。みんなエルフって言う」
「うぅ。同郷がすまない」
何してんだ、日本人。コウは内心で同郷を罵った。
「コウ。コウ・モズヤ。数日前に転移してきたばかりだ」
そして、どこか聞き覚えのある澄んだ声。彼女とは初対面のはずだ。思い出せない。
「数日前? あなた、あの大剣背負ったパイロットでしょ? 私は狙撃機で、あなたのあとに攻撃を行いました」
「ああ。見事な狙撃だった」
「凄腕に見事と言われても皮肉しか感じないんですが?」
あれ、俺怒らすようなことしたかな。コウは悩んだ。
少し突っかかる感じで話す少女にたいしてどう話していいかわからない。
「ああ……何か気に障ったらごめん。二日前初めてシルエットに乗って、今日がまだ三戦目でね。右も左もわからないんだ」
「三戦目って? あの動きで? どういうことですか?」
思わぬ詰問、いや、詰問と感じただけなのだろうか。問いかけに口ごもる。
コウは、おそるおそる、この惑星にきた話、置いていかれた話、五番機での初戦闘の話をした。
「ちょっとまって。言語カプセル飲んだだけ?」
「ああ。水もなくて気を失ってね」
「ちょっときなさい!」
ブルーは彼の手を引っ張り、別の部屋に連れて行く。
「おや、ブルー。彼氏かい?」
なかにいた白衣を着て眼鏡をかけた犬型のファミリアが話しかけてくる。と思ったら人間に変身した。器用に白衣は着たままだ。
穏やかな眼鏡をかけた女性になっている。セリアンスロープという種族だ。この種族もコウは初めてだ。
「何いっているのロゼール。この人、転移者なのに言語カプセルしか飲んでないのよ。惑星環境適応カプセル用意してあげて」
「それはいけないわね」
ロゼールから渡されたカプセルと水を飲み干す。
「地球より重力が強いから、転移者は内臓に影響がでるのよ。早めに分かってよかったわ」
ロゼールが言うとおり、放置していたら危なかったのだろう。
「ずっとシルエットに乗っていたからな」
「それが最善でしょうけどね。シルエットは重力制御も万全」
「そういえばビルから飛び降りてもたいして揺れなかったな」
「この人すっごい無茶なの……」
ブルーが呆れたように言う。
「ブルーに無茶って言われたら仕方ないかな」
ロゼールは笑って流してくれた。
二人は休憩室に戻った。
「ありがとう」
「気にしないで。あなたはメタルアイリスに入るの?」
「やることがあってね。まだ入れないんだ」
「転移されたばかりなのに?」
「ああ」
そこにアナウンスが入る。
「ブルー。換装終わったぞ。指示通り、狙撃機から射撃機に変更だ」
マークスマンは射手を意味する。射撃仕様に変更されたのだ。
「いかないと」
「俺もいこう」
「また突っ込むのね。援護する。死なないでね」
「わかった」
不機嫌なのは気のせいだったのだろうか。心配されている気がする。
ブルーの機体は巨大な狙撃銃から、大口径のバトルライフルに変わっていた。
左腕のパイルバンカーも取り外されて、バックパックユニットも変更されている。
五番機に戻って出撃する。
師匠には惑星環境適用カプセル服用の話はする。
「それはよかった。気がかりはそこだったからね」
「これで終わったら旅ができるな」
「私としてはメタルアイリスと一緒にいてもいいと思うけどね」
「師匠と行くって決めてるからな」
コウは譲らない。
そうして彼らは再び戦場に身を投じていた。
町の地図を確認する。
敵の侵攻はかなり遅れているが戦力を集中させ突破陣形になっている。
防御側は囲むように撃破している。防御側が優勢だ。
地形を最大限に利用できるシルエットや機動力に優れる装甲車を生かしている形だ。
敵は無人機の集団であり、コントロールタワーの制圧だけが目標だ。
攻勢終末点などない。防御側の目標も敵の撃滅だけだ。
再び、斬撃してはビルの谷間に逃げ込むという戦術を繰り返す。
アントワーカー型もかなり数を減らしていた。
「結構斬り倒したよな。みんな驚いてたが」
「実は私も驚いている」
師匠は真面目な声で言っている。コウの戦果は間違いなく異常だ。
「師匠まで?」
「君の趣味とやらと五番機の相性がよほど良かったといわざる得ない」
「俺の趣味程度で強くなるなら、本格的な剣の達人ならもっと強いだろうな」
「操縦という面も含めて相性が良かったんだろうね。君が生身では達人になれないので、五番機が補完している、と考えられるかもしれない」
「五番機に頭があがらない」
「シルエットは人間の可能性を伸ばすために生まれた機械、乗り物だ。ならば、剣術の動きを活かすための補完をしている可能性は高い」
「う。これでも修行は真面目だったんだけどな。操縦してこその強さってのがあるなら、それはありかも」
コウはその事実を受け入れた。
五番機を動かしていると、しっくりくるのだ。生身で刀を振っているときよりも、だ。
「味方が増えた?」
あちこちで戦闘が起きている。
防戦がきついときにはいなかった味方が、だ。
「避難が完了して、守備隊が防衛の応援に回ったのだろう。終わりが見えてきたかもしれないな」
ようやく終わりが見えてきたということか。
やることがあるというのはいいことだ。つい数日前まで朝出勤夕方帰宅していた人生では考えられない。
人と言ったら師匠は怒るだろうが、気付いたら師匠と五番機の三人でずっと旅をしたいと思っていた。
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