第十八話 安藤支隊の進撃

 パタニに上陸した安藤支隊は前にも記載しているが、次の通りの編成である。


長 陸軍大佐  安藤忠雄

  歩兵第四二連隊(第三大隊欠)

  戦車第一連隊 第一中隊

  捜索第五連隊第三中隊

  独立速射砲第五中隊

  野砲兵第五連隊第三大隊(第九中隊欠)

  工兵第五連隊第三中隊

  師団通信隊第三小隊(二分隊欠)

  電信第一連隊の無線第四小隊(一部欠)

  衛生隊の三分の一

  第二防疫給水部の三分の一

  輜重兵第五連隊第三中隊

  架橋材料第二十七中隊

  独立工兵第二十六連隊(一中隊欠)

  第四十九碇泊場司令部(甲)の半分

 一部はタペーに上陸した。

  歩兵第四二連隊第三大隊

  師団工兵連隊の一部

  師団輜重兵連隊の一部

  師団通信隊及連隊通信隊の各一部

  航空部隊の一部


 所定の飛行場占領を果たした安藤支隊は、国境に向けて何かを開始した。安藤支隊の進軍する道路事情は最悪で、雨の影響による道路は、自動車のみならず、自転車も通行が不可能なほどの困難さであり、部隊の行軍隊形はいわゆる長蛇の列状態となった。

 十日ヤラー付近でパタニ河を渡り、渡河を完了した第一大隊である丸谷大隊は一〇〇〇に「レエ」村、一六〇〇には「ビンナンサター」村付近に到着。途中、退却してくる泰国軍の通報により、優勢な英軍が泰国境を越えて進出中であり、凡そ二粁前方にまで達していることを知った。

 進軍していくと、泰国軍と英軍との銃声が聞こえ、そのまま戦場に突入して戦闘を開始した。一時間ほどで英軍は退去したようだったが、後方で態勢を取り直した英軍は薄暮の中攻撃を仕掛けてきた。第一大隊が戦闘に及ぶ中、安藤支隊長が前線に姿を現したが、兵力は直轄の軍旗小隊のみで、第二、第三大隊の到着は遅れていた。


 支隊長は十一日早朝を期して攻撃を行うこととし、事前の偵察が行われたが、付近一体はジャングルに覆われ、迅速に行動可能な所は開削された道しかなかった。

 早朝とともに攻撃を開始するが、敵の砲兵と迫撃砲による射撃が激しく、前進は著しく阻害された。ジャングルの中をかき分け前進するしかなく、接近戦となったが日没となった。日没ともなれば、ジャングル内は真っ暗闇で何も見えない状態である。

 連隊も徐々にではあるが、戦場に到着しつつあり、第一大隊の残部と連隊砲、速射砲の一部が到着、第二大隊も半数近くが現場に到着していた。

 これで戦力は大幅に増強され、十二日明朝を期して再度攻撃を仕掛けることができるが、英軍も兵力を増強しており、兵力一千名前後、装甲車両十両前後、野砲十門内外と推測された。


 英軍も十二日日出とともに、戦車を伴い攻撃を仕掛けてきた。我方は速射砲と連隊砲をもって反撃した。先頭の戦車三両を仕留めると、残りの戦車は慌てて後退していった。また、続く歩兵部隊も退却に移ったようだった。

 第一大隊を先頭に、一気に敵突撃に移り、七粁ほど前進した。この攻撃で英軍の戦車装甲車十両を鹵獲し、他に自動車、野砲、機関銃などを鹵獲し、捕虜三百を得た。遺棄死体は一〇〇以上を数えた。

 我軍の損害は死傷者約七十名に達した。


 十二日午後、第二大隊である花輪大隊は、戦線を整理している第一大隊を超越して前進し、夜半頃「ベトン」の北方約一六粁の地点より英軍からの砲撃を受け始めた。


 十三日夜明けとともに、英軍の砲撃は熾烈となり、英軍陣地を確認した第二大隊は戦闘に突入したが、付近は道路両側はゴム林であったが、その外方はジャングル地帯であり、英軍は戦車を伴い、頑強に抵抗して、第二大隊は釘付け状態となっていた。そこへ遅れて第一大隊が到着し、日本軍は押し始めたが、日没を迎えた。

 安藤支隊長は薄暮攻撃を命じ、第二大隊に引き続き、第一大隊も敵陣に突入を開始した。

 英軍はこの突入で陣地を放棄して退却を始めた。英軍戦車二両を破壊し、捕虜は翌朝までに百五十名に達した。我方も死傷者五十名を生じ、第二大隊の機関銃中隊長の和田中尉が戦死を遂げた。


 安藤支隊は十四日一一〇〇「ベトン」に到着した。

 「アロールスター」にある師団本部での

「松作命軍第二〇六号」にはこう記されている。

「安藤支隊は敵を急追し本多其の先頭を以て「ベトン」南方六粁国境線に進出し敵国境監視部隊と相対峙し敵情地形を偵察中

より」

 

 安藤支隊はようやく泰と英領馬来の国境線に達したのであった。

 十五日安藤支隊は一〇三〇に国境線を突破し、英領馬来に入った。国境付近には監視所や鉄条網、陣地などがあったが、既に英国軍の姿がなく、倉庫には大量の食糧もそのまま残されていた。

 支隊はクロウからグリクへと向かったが、同地までは凡そ六〇粁の道程があり、山沿いの悪路とジャングル地帯の中を、自転車を時には担いで歩いた。

 昼夜兼行で行軍すること二日、十八日の午後、ようやくグリクに到着した。英軍はこの悪路を日本軍が来る事はないと判断していたのか、英軍の配備もなく悪路以外はスムーズに進軍した。


 安藤支隊長は航空隊からの情報により、この先に英軍が集結中であることを知り、グリクからクワラカンサル付近に急行した。道は自動車道で突然快適な道となった。

 先を行く第二大隊は、前方のジャングルに覆われた深い山の向こうから砲撃を受けた。薄暮状態なのでよくわからい状況だが、前進する第二大隊を追うように弾着していたが、損害は皆無だった。砲撃も止んだので、自転車に乗り再び前進した。


 花輪大隊長は、捜索の結果前方に敵陣を認め、二十日〇一〇〇を期して夜襲をすることとし、後続の第一大隊は側背に迂回して攻撃する手筈で行動した。

 第二大隊は未明から正面攻撃を開始し、英軍を本道に牽制しつつ圧迫していった。第一大隊は迂回して英軍の側背に迫った。第二大隊は英軍の第一線陣地を突破し、主陣地を攻撃して午後には主陣地を突破して後方陣地に迫った。迂回していた第一大隊は敵の砲兵陣地に突入し、敵戦車部隊を撹乱したため、英軍は敗走に移っていった。第一大隊は退路を遮断すべく追撃した。

 英軍の遺棄死体は三〇〇を数え、捕虜は約二百五十名、押収した兵器は榴弾砲や戦車二十両、自動車五〇両に及んだ。

 我軍の死傷者は七十五名に上った。


 捕らえた英軍将校の供述によれば、「カンボンニボン」付近湖水の南方「ぺラク」河に設けてある高さ一二〇メートルのダムに爆破装置を仕掛け、「クワラカンサル」より下流一帯を海と化す計画があると聞き、一部の部隊を急遽同地に派遣して爆破を未然に防ぐよう派遣した。


 安藤支隊長は、二十二日戦場の整理と部隊の整理に努め、翌二十三日、クワラカンサルに向け第一大隊を率いて行軍中、東方方面から轟く爆発音を聞いた。その爆発音はペラク河の橋梁を爆破する音だった。橋梁を確保すべく行軍してきたがその左の最終目的は後八粁の地点で泡と消えた。ペラク河は大河でこの橋梁は道路と鉄道橋とあった。それが無残にも爆破されたのであった。

 安藤支隊長は、軍の朝枝参謀と協議のうえ、ペラク河の渡河点を確保して軍主力の進出を援護するとともに、渡河への準備を果たすことを決めた。

 第二大隊に橋梁付近の確保を命じ、第一大隊には敵情の偵察と渡河材料の調達であった。

 ペラク河地区の占領で、安藤支隊の本来の任務は終了し、クアラルンプール攻略に向け、本隊とともに目指す事になった。


 安藤支隊はペラク河橋梁の無事確保は出来なかったが、山間部とジャングルと悪路の中を、敵と戦い、天候と戦い、地形と戦いながら、短期間に進軍した事は、英軍もさぞや驚いたことであろう。この安藤支隊の作戦行動はあまりマレー戦では語らえていない部分である。ジットラ戦や、後に起こるスリム殲滅戦などの華々しい戦闘振りに比べれば地味な戦いと映るが、昼夜兼行の行軍や夜襲など本領を発揮した進軍でもあった。


 公刊戦史にはあまり記載されていないが、安藤支隊の道案内役として貢献した人物は、当時マレーの虎(ハリマオ)で名を轟かせていた日本人谷豊たにゆたかの存在も忘れてはいけない人物である。彼の父は、マレーのクアラトレンガヌで理髪店を営んでいたが、ある日妹が華僑の暴徒により殺害されてしまい、それにより豊は盗賊団の一味となり、やがて頭領として盗賊ではあるが、貧しい者にはそれを分け与えていたといわれる。そんな豊に日本のF機関は目につけ、マレー内で色々な工作をやらせていたと言われる。安藤支隊にも、彼のメンバーが各大隊の道案内役で配属され行動をともにしたという。ペラク河橋梁の爆薬撤去を依頼されたとも言われるが、目前で爆破されてしまった。谷豊は影ながら貢献したが、マラリアに感染して悪化し、三月十四日シンガポールで病没した。

 

 付け加えておくとコタバル沖での輸送船喪失は大きく報道されたが、安藤支隊を輸送した輸送船六隻のうち、「東山とうざん丸」(大阪商船、八六八四噸)「金華丸」(国際汽船、九三〇六噸)「阿蘇山丸」(三井物産、六三七二噸)は十二日揚陸作業中にオランダ潜水艦「O一六」の魚雷攻撃を受けて、大破着底している。後に三隻とも復旧修理されている。公刊戦史には沈没とあるが、全損ではなく、引揚修理されている。

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