第30話




――それじゃあ、行くぞ!




そう、声に出すことなく言葉を交わす。

そして、その会話よりも前に、ここにいない者へも合図を送った。

一度身体検査をされたのだ。

当然、そうなる事が分かっていたから、小細工のための道具など一切持っていなかった。



だけど投降する前の事。

実はクレアと共に一度、この遺跡を訪れていた。

中に入りこそしなかったが、盗聴器を隠すために。そして改めて到着した際、ギュスタフ達に気付かれないようこっそりと身に着けた。

それともう一点。

クレアにはお願いしておいたのだ。合図を送ったら頼むと。

コンコンと、盗聴器を二度指で弾く、その合図を。



「三流とはいえ、前任者を殺してくれて助かったよ。知識の乏しいお前は知らねぇだろうが、この手の遺跡にゃたいてい要石ってのがあるんだ」



つまりこれは常識だと教えてやる。



「お前らのような屑に宝を奪われるくらいなら遺跡を崩壊させ、諸共全てを壊そうとする。なぜだか皆、そういった考えに至るもんらしいな」



だけど、その常識を知る者は他にいない。

その時になって遠く、しかし身近などこかで、何かが崩壊していく音が聞こえる。

遺跡全体が、揺れ始めた。

この場にいる誰もが不安を隠しきれず、周囲を見回す。


戦闘のプロ集団? それがどうした。


俺はプロのトレジャーハンターだ。初見だろうと、遺跡の仕組みや罠の傾向、そしてお宝。今までに得た様々な情報や経験からおおよその察しはつく。

クレアには近くの森で待機してもらい、自分達の後を追ってもらった。

敵がいないと思っているから背後への警戒は最低限。更には罠があるから誰もが前に集中し、後ろへの注意は散漫となる。

ゆっくりと時間を掛け、要石の場所を見極めたから、そこをクレアへと教える事が出来た。



事前に、この遺跡の前にあった祭壇に用意してあった特殊なインクに指を浸し、それを要石へ擦りつける。普通の懐中電灯では反応しない。特殊なライトで照らした場合にのみ、そのインクは反応して光るようになっていた。

後はギュスタフ達を引き連れてその場を離れ、時間を稼げばそれで問題なかった。

ここにいる誰もがしきりに周囲を見渡して状況把握に努めようとするが、それは明らかな悪手だ。

胸に抱いた嫌な予感に従い、すぐに出口へ走るべきだった。

だからこそ、唯一人全てをっている士道だけが、その隙を突いて動けた。



「行くぞ、フィオ!」

「はい!!」



――いや、行動に移すと知っていたフィオの二人だ。

フィオの手を引くよりも早くにフィオが手を伸ばし、二人揃って駆けだした。



「なっ、う、撃てえええぇぇぇっっ――――!!」



それから数瞬遅れて逃走に気付き、ギュスタフが反射的に命令を下すも、それに反応出来る者は極僅かだ。

まして動揺露わな男達の散発的な射撃など当たらない。

ここへ来るまでに、士道の価値は誰もが理解していた。

だからここで失っても良いのかという迷いを生む。

もしかしたらこの不吉な音の正体を知っているのかもしれない。もしかしたら、回避方法を知っているのかもしれない。などという思いが、肝心な時に僅かなりとて躊躇いを生む隙となる。



まして、出口は一つ。

そこへは多数の人間が立ちはだかり、武器を持たない士道が逃げられるはずもないと、そう高をくくっていた。たとえ歴戦の戦士だろうと、これまでの慣れない遺跡探索で精神と肉体を疲弊させていた。

脳裏を過ぎるのは、罠と死。



分からないからこそ何が起こっているのか事態を把握しようとし、下手に動いて良いのかどうか、培ってきた勘を否定する行動をとらざるを得ない。

その間に、士道とフィオは弾丸がその身を貫くより早くこの部屋に流れ込む滝に、そしてその先にある壁に迷うことなく突進する。

それは一見すれば、理解出来ない行動だ。

だからギュスタフでさえ思わず目を丸くした。

士道とフィオはその先の小さな滝に潜り、姿を消す。



水が流れ落ちている向こう側、ぶつかった壁がくるりと回転した瞬間、ギュスタフは唖然とする。

二人揃って、姿をくらましたのだ。

士道はこの部屋に入った瞬間、密かに安堵した。

それは宝のある部屋だからとか罠がないとかそんな事ではなく、この部屋が外の光景、その縮図だったからだ。

この遺跡への入り口は、祭壇の先にあった。


ならばそれは暗喩だ。


この部屋の祭壇の先には、別の部屋があるという事。そしてその部屋こそが、もう一つの入口であり、同時に脱出路に他ならないと。

そして士道とフィオに対して追手は掛からない。

否、掛けられない。

もはやギュスタフの指揮に従う者など僅かで、多くはここに着くまでに辿った道から急ぎ出口へと向かう。



ここで、たとえ動揺しようと冷静さを失わないプロの思考が悪い方へ作用した。

目ざとい者一人が後方へ逃げたら、後はなし崩し的に皆が揃ってそっちへ逃げる。

誰もが知る安心安全確実な出口、などという安易な選択など、遺跡は許さない事を知らないから。

だから士道は賭けに出られた。

遺跡の構造をおおよそながらも把握し、まだ見ぬ場所を想像し、どのルートを選べばここから無事に脱出出来るか考え抜いた。



一見すれば、出口は一つしかない。

だが、実は出口が別に用意されているパターンというのが存外多い。

その出口は尋常ではない発想に基づいて、信じられない場所に隠されていたりするものだ。発見も逆侵入も許さない、そんな場所に。



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