第18話



「……さ、さーて、この部屋に罠があったら危険だから、先に安全確保といこうか! あ、お前達は危険だから動くなよ!」



そう言い残して顔を合わせないようすぐに棺の元まで歩いて、罠がないか慎重に調べる。



「逃げましたね」

「逃げたわね」

「…………」



背後からひそひそと声が聞こえるが、きっと気のせいだろう。



「初対面の時から怪しいとは思っていましたが、間違いなかったようですね」

「昔はそんな素振り見せなかったのに、あれじゃ自分はロリコンだと宣言しているようなものじゃない。いつの間に趣味が変わったのかしら……」

「…………」



なぜか先程よりも大きな声が聞こえるが、気のせいに違いない。



「それに、オープンに見せかけたむっつりとは……」

「隠さなきゃいけないタイプの性癖という自覚くらいはしているようね」

「…………」



日頃俺がどれだけ紳士なのかを知っていれば、そんな疑いありえないと笑い飛ばしてくれるに決まっている。

だから、間違いなく気のせいに違いない。



「やっぱり危険ですから、これが終わったら通報し――」

「よいしょおおおおおっっ――!!」



重たい棺の蓋を開けるために、気合を入れる掛け声を出す。

だからきっと、何か物騒な言葉が聞こえた気がしたが絶対気のせいだ!



「…………ははっ、こりゃすげえ」



棺の中にあったのは、大粒のルビーが中央に嵌めこまれ、真珠やエメラルドで飾り立てられた細かな装飾の金のブローチだ。

これ一つで低く見積もっても百万ドルはいくだろう。これに歴史的価値を付与すれば、値段は更に跳ね上がる事になる。



「どうよお前ら! これが――」



お宝を取って少しの間眺め、二人に自慢するために振り向いた先。

入口が音を立てて閉じ始めた。



「ウソだろおおおおおおおぉぉぉぉっっ――――!!?」



続けてクレアが気付くも、余計な事に一瞬気を取られていたせいで既に出口は半分近く閉まっている。無理に出ようとすれば挟まれて終わりだ。それに、代わりに挟めるような物など近くにはない。

その状況からでは、もはやどうしようもなかった。

重苦しい音を最後に、光が閉ざした。



「…………」

「…………」



誰も、何も言わない。



「…………閉まっちゃった」



どうしようもない程に気まずい空気を、少しでも明るくしようとお茶目に告げる。



「ちっ」

「ちょ、誰だ舌打ちしたの!? しょうがないじゃん! 普通手動で入口開けさせておいて、宝取った途端自動で閉まるだなんて思わないじゃん!」



それに思わぬお宝を前に、地に堕ちた名誉を挽回出来る最高のチャンスだと思って思わず跳びついちゃっても仕方がないじゃん!



「そんな事より士道、それを戻したらどうなるのかしら?」

「お、おお、そうだな……。いや、ダメなようだ」



やはりというか、元あった場所に戻してみるが変化はない。



「それで、元凶の士道はどうやって、道連れになった私達を助けてくれるのかしら?」

「あ、ああ、ええとだな……。た、多分探せば脱出するための仕掛けとかもこの部屋にあるはずだから……、が、頑張ってなんとかします」



刺々しい言葉。

結局残った名誉さえ返上してしまった今の自分に発言権はないのが悲しい。



「……多分?」

「いや、絶対にあるから、大船に乗ったつもりで安心して任せてくれ!」

「沈んだばかりの泥船が良く言いますね」

「し、沈んでなんかないからな! ちょ、ちょっと穴が開いたくらいで、すぐに立て直せるからな!」



入念に壁の一つ一つを調べ、どこからか風が吹かないか、不自然な点はないか等、ありとあらゆる知識と経験、そして最後には力技を総動員して脱出口を探す事一時間――





「…………あの、ごめんなさい」

「「…………」」



故郷に伝わる伝説の技、土下座を披露する羽目になった。

過去の遺物を現代に蘇らせるのが仕事とはいえ、一生封印した方がいい事もある。主に、なけなしのプライドを全損するような行為とか。

女性陣は何も言わず、十分もしない内から期待値皆無のあくびを見せ、いつしか談笑していたのだがその瞬間急に黙りこむ。

完全な沈黙が支配する空間では、無言の圧力が千の言葉よりも雄弁に語る。

土下座をしているので顔は見れない、と言うか見たくないので助かるが。



「シドー、顔を上げてください」



無理だった。



「…………はい」



絶対零度の冷たい視線がお出迎えかと思っていたのだが、目に映るのは予想に反してどこか優しい……というよりは達観したようなフィオの表情だ。



「幸い、ここは墓地です。私としては家族も傍にいますし、これはこれで良かったのかもしれませんね」

「禁止! ネガティブな発言禁止でお願いします! 大丈夫、お兄さん頑張っちゃうから! このくらい余裕でなんとかしちゃうから!!」



悟ったような淡い笑顔を浮かべたフィオの、最高にクールなブラックジョーク。

渇いた笑いさえ出てこないくらい本気で洒落にならないから、勘弁願いたい。

とは言え、あれだけ必死で調べてどうしようもなかった脱出方法を簡単に思いつけば苦労はしない。



「仕方がないわね。私がなんとかするわ」



必死で頭を悩ませていた中で、クレアが重い腰を上げた。



「…………どうするんだ? 専門家の俺でさえ分からなかったんだぞ。正直、クレアがなんとか出来るとは思えないんだが……」



策もなくこんな事を言い出すクレアではないと知っているが、専門家としてのプライドも掛かっているのだ。

半信半疑で尋ねると、クレアは事もなしに答えた。



「爆破するのよ」

「おまっ!? ちょ、爆破って俺達まで巻き込まれるだろ! と言うかなんでそんな物騒なモン持ち歩いてんだ!」

「そのために、プラスチック爆弾を持ち歩いてるの。これなら爆発力が一方向に集中するから安全よ」

「……粉塵がすごいことになるぞ?」

「棺に入ればいいじゃない。それに、こんな物持ち歩くようになったのも昔あなたと一緒に閉じ込められたからよ」

「…………」



返す言葉もなかった。

かつてクレアと出会ったばかりの頃の苦労が偲ばれる。

ただ、あの時の事はむしろ此方が巻き込まれた気がしなくもないが、それを口にした所で勝てそうにないのが残念だ。



「さすがCIAですね。専門分野のくせに役に立たないどこぞのトレジャーハンターよりも、専門外の分野で遥かに活躍しています」

「…………」



なんだかここへ入って、株がどんどん大暴落していくのは気のせいだろうか。

まさかとは思うけど、最初に入った奴に対して不幸になる呪いがかかる部屋じゃねえだろうな……。



「時間がもったいないから、早く入ってくれるかしら?」

「シドーのせいで怒られましたね」

「いや、あの……はい、すみません」



株価は連日ストップ安を記録する勢いだった。

とは言えこの場で挽回出来る余地はないため、ここは大人しく棺へと入る。棺桶の中は少々狭いけど、詰めれば三人共入らない事もない程度の広さだ。

そこへ最初に入って仰向けになる。



「うへぇ……」



予想していても思わず身震いしてしまう、ひんやりとした冷たさが背中を走った。

それに構わず続いてフィオが、最後に爆薬の設置を終えたクレアが入った後、重い蓋をなんとか少しずつずらしながら閉じた。



「いくわよ」

「ああ」



返事をしてすぐ、小さな爆発音がした。そこから少し遅れ、揺れと一緒にパラパラと土砂が落ちる音が聞こえてくる。

すぐに蓋を開けるような真似はしない。今開ければ粉塵が入り込み、呼吸さえ苦しくなるだろう事は目に見えている。ただ、だからといってしばらくこの体勢でじっとしているとつい暇を持て余し、余計な事にまで考えが及んでしまう。



「…………な、なあ。フィオはともかく、クレアはこっち向く必要はないんじゃないか? ひ、棺の蓋の開け閉めとか手伝ってくれても良かったと思うんだが……」



狭い棺の中で向き合ったせいで密着し、クレアの豊満な胸が押し潰されて形を変えているのが良く分かる。

女を意識させる柔肌。

濡れた瞳。

鼻孔をくすぐる女の色香。

首筋にかかる、生温かい吐息。

こんな時だというのに余計な事を考えてしまうのは、男の哀しいさがだ。



「あら、士道。あなたこんな時に何を考えているのかしら?」

「…………何って言うかナニって言うか……。いや、別にやましい事なんて何も考えてませんよ?」



何を考えていると言われれば、むしろ何も考えないよう頭の中で必死に念仏唱えたりしてるわけですが。

と言うかむしろ自分から押し付けたりしてないですか? なんかゆっくりと焦らすような動きをしたり、随分と楽しそうな表情をしてらっしゃるわけですけど、その辺りどうなんでしょうか?

とか聞いてしまえば、何やら余計面倒な事態になりそうで何も言えない。

二人きりなら別の展開もあったかもしれないが、そんな展開になればお子様の教育によろしくないなんて考えているせいか、どうにも気まずい。

幸いというべきかどうか、蠱惑的な瞳に惑わされたのは一瞬だけ。



「何やら失礼な考えが透けて見えました。私はともかくとはどういう意味でしょうか?」

「うごっ――!?」



すぐにフィオが八つ当たりも兼ねた肉体言語に訴える。

執拗にリバーを狙う拳。こう密着していれば威力も半減とはいえ、ぐりぐりと捩じったり、変化を加えられて地味に痛い。

とはいえ、お陰さまで多少なりとも冷静になれたので助かった。

たしかにフィオはフィオで花のように可憐でいい匂いがするが、本人はまだ蕾ですらない。華奢な体からはやはり父性愛のような感情しか抱けないし、そもそも最初からそういう対象になどなるはずもないというのに。



「……そ、そろそろ粉塵も収まったんじゃないかな?」



爆破からそれなりの時間が経過したし、そろそろこの嬉しいようで怖い状況を改善した方が良さそうだ。

腕を上げ、蓋を僅かに持ち上げながら少しだけ横にずらす。僅かに覗く光景から既に粉塵は舞っていない事を確認し、蓋を完全にずらして床へ落とした。



「はあ、やっと出られる」



二人が体を起こし、柩から出るのを待ってから、続けて体を起こす。

変な緊張や窮屈な思いをしたせいで強張った体を解きほぐしながら、外へ続く穴へ向かう。ボロボロの梯子こそ爆破の影響で木っ端微塵に壊れたが、もとよりそれに頼るつもりもないので問題はない。



「先に行くわ」



そう言い残し、軽い助走をつけてあっさりと一人で出て行ったクレア。だが、フィオの身長でこの高さは越えられないだろう。



「ほら、フィオ。肩からよじ登ってけ」

「…………分かりました」



しぶしぶとフィオは屈んだ背中に膝を乗せ、更にそこから肩に両足を乗せる。



「立つぞ」

「いつでもいいです」



バランスをとりながらゆっくりと立ち上がって壁に手をついた。

出口の縁に手を掛け、しかし僅かな間を空けた後で下を向く気配。



「う、上を見ないでくださいね」

「へいへい、安心しろよ。入る時のはあくまでも事故で、俺はお子様にゃ本気で興味ねえからぶっ!?」



うるさいですとばかりに思いっきり頭を踏まれ、登ったフィオのせいで舌を噛む羽目になった。四つん這いになって顔だけを覗かせたフィオは恨みがましい目で、だけどざまあみろとでも言いたそうに得意げな表情で見下ろす。

フィオは顔面を踏んでこの部屋に入り、頭を踏んでこの部屋を出た。

これはあれだろうか。

最近調子に乗りやがって、この私に対してが高い的なメッセージなのだろうかと頭を悩ませていた時、フィオから声が掛かる。



「何を呆けているんですか。待ちくたびれてしまうじゃないですか。さっさとこっちに来て下さい」



いつも以上にぶっきらぼうな言い方。だけどそこには、僅かながら照れが隠し切れていない。

なんと言うか勝手に離れたり、そうかと思えば遠くで振り返って近づいてくるのを待つような仕草を見せたりと、まるで猫のように気まぐれで捉え所がない。

そのくせ微妙に視線を合わせようとしないくせにチラチラと見てくるから何度も視線が合う。ごめんなさいという言葉は言わないくせに、どこか申し訳なさそうにするのはズルいだろう。



「了解しましたよ……っと。すぐ行くよ」



よじ登った先では、クレアの腰にしがみついてどこか警戒するフィオの姿があった。




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