第3話 前準備は大変(私は動かない)

リーチナーは今家族が慌てている理由を主観で説明してくれた。

要約すると、気づいたら最後まで残ってくれていた偉大なる御方――私の事らしい。ただの一般人だ過剰評価は困る――がいなくなっていた。まさか私たちは完全に捨てられたのでは、と思った元NPCが慌てて探していたらしい。

「ありがとうよくわかったわ。さっきの内容だとあなた結構いろんなところにいたけどやっぱり影転移シャドウテレポート?」

リーチナーは私がうだうだしていた十五分で全階層を移動していた。神殿内は通常時そこまで道は複雑でなく、全力で走れば十五分で回れるだろう。しかしそれではただ回るだけだ。とても状況の把握などできないだろう。だが彼女の話だとしっかり状況把握が出来ている。しかも誰にも気付かれていない。だとしたら一定距離の影を外見変化なく移動できる特殊技能スキル影転移シャドウテレポートととしか考えられない。

Tesテス。不用意に姿をさらす趣味はありませんので」

まぁ、たしかに。彼女は私と「彼」しか存在を知らない私の近衛というう設定だったはずだから間違いではない。

「う~ん、けどこの先誰もあなたのことを知らないってのは不便かもしれないわね。私に何かあった時あなただけ戻ってきたら攻撃されなかねないでしょ」

「そのようなことにはさせません」

リーチナーが語調を強める。失敗したと思った。主である私からであって早々私に何かあった時の話をされるのは気分のいいものではないだろう。

「ごめんなさい。配慮に欠けていたわ。けど言ってることは事実よ。もしもの時以外にもなにか持っていってほしい時とかね」

「私は雑用か何かですか」

「ふふっ、面白い表情するわねリーチナー。全く、あの時から予想外の事ばっかね。これからも増えていくのかしら。・・・・・・楽しみね~」

この先にあるだろうことを思い、頬が緩む。

「ミゾン様?」

「気にしないで、独り言よ。雑用とかをあなたに頼むかもしれないけどそれはあなただ一番信用できるから。信頼の証だと思ってちょうだい」

嘘はついていない。私がのを見たのは彼女とリーチナーしかいない。そして動けるのはここに縛られていないリーチナーだけ。まぁ、私も動こうとしたら動けるけど動くのはトップのすることじゃない。とりあえず設定を知っている私としては他のNPCに比べて確実に信頼できるからいちいち警戒しなくて助かる存在でもある。そんな彼女に裏切られるということは精神汚染か元に戻れないほど大きく道を踏み外したの時ぐらいだろう。

意識を切り替える。

「リーチナー。いくつか指示をするから実行しなさい」

まだ私は道を歩き出してもいない。だからこそ最初の一歩を間違えてはいけない。最初の一歩を正しくに踏むためにはしっかりとした足場が必要だ。家族のためにも。だからこそいきなり私は口調を変え、家族に命ずる。

「なんなりと」

脈絡なく変わった私の口調に疑問を持たず膝をつき、リーチナーは命令を静かに待つ。

「まず、ノンソーロム神殿の警戒レベルを最大に引き上げなさい。POPするモンスターは一段に集中配置。戦闘能力を持たないシスターたちは自室に退避。それと正面入り口前には三銃士を向かわせて。聖なる獅子女ホーリースフィンクスの使用も許可します。六人天使 ノーオリンピアスはまとまって行動するように指示を。その他の戦闘可能者は各自、己の得意とする場所へ移動、待機するように。次に十二人の守護者トランプを全員ここ、謁見の間に集合させなさい。そして最後に、さっきの命令より優先することとしてプエラとハギト。そしてフォーレの三人に門から外を調査するように言って。範囲は半径二キロほどでいいわ。それが終わったら即三人で謁見の間に来るようにとも。たしかあの三人なら隠密が出来るはず。交戦はできるだけ控えるように。最優先事項は身の安全、その次に情報。意思疎通が可能な生物を見つけたら接触せず観察。気づかれたなら敵対はしないこと。最悪の場合は一名を囮にして撤退しなさい。まだ資金に余裕はあるわ。当然囮は最終手段よ。不用意に命を散らすことは私の怒りの買うと忠告しなさい。以上よ。集合は三十分以内に」

私を大切に思ってくれているなら私の「怒り」は有効な手段であるはずだ。NPC達の忠誠心を利用するようで悪いが家族を死なせたくはない。許してほしい。

Tesテスタメント

そういうとリーチナーは私の影に沈んでいった。もうどこにいるか分からなくなったが彼女は今頃影の中を転移しながら指示を全うしているだろう。

私が今することはいつ十二人の守護者トランプが来てもいいように準備をすることだ。

偉そうに、はできないし。支配者みたいな行動も好きではない。だから真似するとすれば教師や保護者のように見守り、そして導く存在。立場が強くて私が思いつくそんな存在は

「教皇、か・・・・」

「ミゾン様は教皇になられるのですか?」

いきなり足元から声が聞こえてビクッっと体が揺れる。驚きすぎたのか椅子ごと揺れ大きな音を出した。

「リーチナー、今度から私の影にいたら一言ちょうだいね。いきなりだと心臓に悪いわ」

足元に伸びる陰からは頭から目までを出したリーチナーがいた。その黄色い目はいたずらを成功させた子供のように思えた。

「Tes。今度は周囲に気を付けて行います」

ん?それって止めないって言ってるよね?

非常に気になるところだが報告をさせるのが先だろう。

「早いわね。もう報告し終わったの?」

「厳密にいえば違います。私が連絡したのは十二人の守護者トランプと三銃士だけです。あの十四人に情報を渡せばあとは勝手に指示が広がっていきます」

「なるほどね~。あ、教皇発言についてだけど――」

「ミゾン様がなられるというのならノンソーロム神殿にいるすべて物が協力するでしょう」

当然と言わんばかりに断言する。

「いや待ってよ、私別に何か宗教に入ってるわけじゃないよ?」

あえて言うなら神道だと自分では思っているが神様が多すぎて覚えきれないし、指示を出せるような宗教ではない。

いや、逆にここでオリジナルの宗教とも悪くないかもしれない。名前は何が良いだろう。そうだなぁ、ツァー・・・・。やめだ。うん。やめよう。応答にすでに使っているのにさらにこれまで使ったらリスペクトじゃなくて単なるパクリ、盗作だ。

「何か新しい宗教も作らないからね」

ここは譲れない。譲ってしまったら殺される。誰にとは言わないが。

「なら、ミゾン様を崇めさせればよいでしょう?」

「は?」

リーチナーからふざけた雰囲気は感じない。真面目にそう思っているようだ。

「いや待ってよ、私別に何かの神様ってわけじゃないからね」

リーチナーは頭を左右に振る。

「いえ、ミゾン様たち、アルクシィの皆様は神と同列の存在です。ここノンソーロム神殿を一切の混乱なく治め、我々を無から創造された。その所業だけで十分に偉大なる御方達を崇めない理由はありません。さらには偉大なる御方達がここを己の場所となさったときには複数の組織を従えたと聞いております。そのような功績を持つ御方々。さらにそれをおまとめになっていたあなたを神と言わずしてなんというのでしょうか?」

「え・・・・・、うん。あのね」

怒涛の誉め言葉でうまく頭が回らない。なに、アルクシィのNPCってみんなこんな考えなの?もしそうならプレッシャーで潰れそうなんだけど。タスケテ。

「ま、まあ。それについてはあとで話そうか」

厄介なことは先送りだ、どう解決するかは未来の私に任せる。

「それより十二人の守護者トランプの集合状況はどう?そろそろ来そう?」

ソーチナーは何かを思い出すように目をつぶり、そして開く。

Tesテス。まもなく集まると思われます。私はどこで待機を?」

「そのまま私の影の中にいて。正直、不安だわ。もし十二人の守護者トランプのみんなが私を気に入らなかったら十二対一でしょ」

「十一対二です。ミゾン様」

「そうね、そうだったわ。で、十一対二でしょ、単純に五倍以上の戦力差をひっくり返せるほど私は強くない」

そもそも一人で戦う職業構成ではない。

「さらにほかのみんなも敵に回ったなら数の差は百対二よりひどくなるでしょうね。そうなったら私の戦力は私と貴女。それにレベル三十以下のPOPモンスターだけ。私、生き残れるかしら?」

「ミゾン様。我々はそこまで信用ならないのでしょうか」

今までより声がはっきりと聞こえ、足元を見るとリーチナーが影に入るどころか頭をすべて出していた。

「ちがうちがう。信頼しているわ、とても。心の奥はわからないけどある程度みんなのことは知っているつもりだし今のところ嫌悪感ヘイトを稼ごうと思っても稼げるわけないから悪くて中立の立場だろうってことも予想がつくのよ」

なのに最悪な想定をしているのは私が弱いから。同レベルのプレイヤーが出てきたら間違いなく勝てない。それどころか絶対的な差であるといわれている十レベル差があっても負けるかもしれない。みんなが生きている世界で負けが示すのは間違いなく死だろう。


つまり不安で不安で不安で不安で、不安なのだ。


だからね

「リーチナー」

いろいろ長ったらしく言ったけどほんとは一言で済むの。

「私をいつまでも守ってくれますか?」


リーチナーは一瞬で体をすべて出たかと思うと両膝をつき、腕を交差させ手を肩の上に置きこうべを垂れる。

「わが体と意思が擦り切れようとも守り通すことを永遠に我が名に、そして許してくださるのならアルクシィの名に誓います。」


Testamentテスタメント。その誓いを受けましょう。ゆめゆめこの誓いを忘れること無きよう」

Testamentテスタメント

結構、教皇の真似事もやってみると様になるものだ。案外教皇、行けるかもしれないね。

「ミゾン様」

「ん?どうしたの。リーチナー?」

「その、私は。ミゾン様の隣にいつまでもいたいです」

「ええ、いいわよ」

リーチナーが頭を勢いよく上げる。その表情は幸せを体現したかのような柔らかい笑みだった。

「護衛は近くにいた方がいいものね」

「・・・・・・。」

が、急に無表情といううか膨れ顔のようになり影に引っ込んでしまった。

なんか不機嫌のように思えたが気のせいだろう。リーチナーには腹心兼護衛といて頑張ってもらおう。

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