涙を流すことがあるのなら。

優芽 ひと

第0話 プロローグ

 涙を流すことがあるのなら。

 真っ先に浮かぶのは悲しいことがあった時だろう。

 最近までうるさかった蝉も鳴り止み、夏も終わりを迎えようという頃、俺は葬式に出ていた。

 大事な親友の葬式だ。

 名前は智希(ともき)。物心ついた頃にはもうそばにいた。


 智希と俺はいつも一緒にいた。

 保育園の時はいつも2人で走り回って怒られた。小学校の時は喧嘩もした。今思えば笑ってしまうほどくだらない理由だった。

 中学校の時はどの子が可愛い、誰と誰が付き合ってるなど、男同士の腹を割った恋愛話や、部活の先輩の愚痴などまさに青春らしい話ばかりしていた。高校に入ってからも、部活を続けていたアイツの愚痴を聞いてやった。代わりに俺は学年でもトップクラスにモテている女の子に片思いしていることを相談した。お前ならいけるって無責任な励ましをしてくれた。その時は恥ずかしくて別の笑い話に話題をすぐ変えたが、正直とても心を強く押されたような気がした。

 その後見事に玉砕したけど。

 でも、言えたことがとても清々しかった。

 お前の勇気を讃える!とかいって飯を奢ってくれた。安っぽい牛丼だった。冗談混じりで馬鹿にしてやった。高い物を奢られると思ってなかったし、その方がアイツらしい。

 理由は分からないが心も暖かかった。

 その日の帰り道、将来の話もした。アイツは日本一の会社の社長になるだなんて俺だったら恥ずかしくて言えないようなことを堂々と宣言してたっけ。わかっていたことだけどしっかり真の通ったヤツだと再認識した。

 まだまだあるが、こんな感じの日々だった。


 とても充実していて、とても楽しい毎日だった。


 しかしそれもつい三日前まで、悲劇は突然訪れた。


 智希は事故で死んだ。


 部活帰り、自転車で家に帰る途中の不慮の事故だった。




 周りを見ると、中には同級生、智希の部活の人達もいた。智希は俺と違い社交性があるから友達も沢山いる。

 智希を失った今だから思う。俺達は小さい頃からずっと一緒にいたが、多分俺はお前の中にいるほかの友達の中の一人に過ぎなかったんじゃないか。心からの親友とは呼べない存在じゃなかったか。

 それでも、

 お前は俺の親友だった。俺はお前にすがっていたんだ。心からの友達がいない、俺の光だった。


 式は進み、最後の別れの時間となった。

 これが智希と最後に話す機会だ。席を立ち、ゆっくりと、でもしっかりと智希に近づいてゆく。

 智希と会うのは最後に会ったあの日以来、三日ぶりだ。

 智希の顔を見て、最後に見たアイツの笑った顔、そして今までの思い出が溢れ出てくる。それらの思いを全て込めて、


「ありがとな。」


 そう短く告げ、智希に最後の別れを告げた。



 みんな泣いていた。俺も、言い残したことややり残したことの後悔と悲しみで心が満たされていた。


 なのに、



 なのになぜ、俺は泣けないんだ。

 なぜ泣けないのかわからない。苦しいのに、悲しいのに、俺の瞳からは水滴一滴すら落ちない。

 周りはこんなに涙で溢れているのに。


 泣いている人がたくさんいる中で、ふと隣の子が落とした一滴の涙に目が奪われる。頬から落ちる涙がえらくゆっくりに見えた。


 涙は頬を離れ、地面に向かって静かに、ゆっくり、落ちていく。


 俺はその一滴の雫から目が離せなかった。


 そして、その涙が地面に触れかけた瞬間


 俺の意識はそこで途切れた。






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