水底無罪
私は向こうから歩いてく女の姿を見つめていた。
嫌いじゃないし、正直好みだった。
そして、その感覚は何度も何度も自分の中で確かめられ、少しずつ自分の本気なのだと認識できた。
そうだ。
俺はこの女を愛していた。
但し、ここが死刑囚ばかるが集まる、水の底にある刑務所でなければの話だ。
少し前に、爆弾魔だった俺はあるビルを爆破した。それはそれは大きなビルだったが、中に誰も入っていないのだから当然、被害など出るはずもない。実際出なかった。
だが、そのビルがどうも、その町の市長やら、国のお偉いさんが作ったただの自分の権力を誇るためだけのものだったのが問題だった。爆破したことで、中に人がいた、ということにされてしまい、そのまま死刑という判決を受けた。
自分のプライドがそんなに重要かね、そう思った。
そんな矢先、その死刑囚の中にその女はいた。
「となり、空いてる。」
「どうぞ。」
心臓がすさまじく高鳴っている。
爆発するんじゃないかと本気で思う。
「あたし、爆弾魔なんだよね。」
めっちゃ、最高じゃん。
話、合うじゃん。
えぇ、嘘でしょ。
火薬なに使ってるの、とかかなぁ、あれか、PCA029とか最近の流行りだけど、情緒ないよねぇ、みたいな感じ。それとも女の子の爆弾魔だと、あれか、CCエクセの管を使うことが多いらしいし、その話か。いや、行ける。行きつけの爆弾製造の部品を下ろしている工場の職員とその話をしてはずだ。
大丈夫、あのあたりの線とか、火薬回り、爆弾魔のトレンドは熟知してる。
行ける。
行けるぞ俺。
恋の導火線に火を付けに行くんだよ、馬鹿ッ。
自分から喋れよっ。
クソっ。
恥ずかしくて声が出ない。
やっべぇ出ないっ。
「あたしさ、この上の方にある町のビルを爆破したんだよね。中に誰もいる訳ないのに、政府のやつらに目を付けられちゃって、一応、人殺しってことで、ここに入れられてる。本当、参るわ。」
「いや、違うな。」
話しかけてもらったのは、嬉しい。
嬉しいけど、あれ、そのビル爆破したの俺だよ。
嘘じゃないよ。
え。
間違えた。
もしかして。
そうか、こういう時は譲るべきなのか。
話かけてもらって浮かれて、否定から入っちゃった。駄目だ、こういう時は女の子に譲るもんだ。
「え。あ、ごめんなさい。あたしったら、緊張して間違えちゃった。あたしが爆破したのは隣のデパートだったわ。ちょっと、緊張してるみたい。」
「いや、気にすることはない。」
よかったぁ、あっちの勘違いでしたぁ。
あっぶねぇ、変に気を回して訳分かんねぇ空気になるところだった。
「でも、あのビルの爆破、すっごく綺麗で惚れ惚れしちゃった。あんな爆発ができる人、尊敬しちゃうなぁ。もしかして、貴方とか。なんて。そんな運命ある訳ないか。」
あります。
あります。
あります。
お嬢さん。
その運命。
ここにあります。
駄目だっ、がっつくな俺。
がっついたら、良くいるオタク系の爆弾魔と同じ括りにされるぞ、それだけは避けないと。爆弾魔だけに恋も爆発的なんてそんなことは絶対にやらないぞ、緻密にそして正確に。
「素敵な火薬の匂いですね。」
お嬢さん。
お嬢さん。
お顔が近いですよ。
あの。
爆発しますよ。
俺、爆発しちゃいますよ。
「もし、良かったらここに入る時に用意したプラスチック爆弾があるんだが、今夜一緒に脱獄しないかい。」
「実は、私もここに入る時、PCA029型を忍び込ませていたんです。その、貴方みたいな人と一緒に脱獄したくて、ずっととっておいたんです。」
恋の時限爆弾は、まだ時を刻み始めたばかりだ。
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