第16話 剛力招来!超力招来!

 ときは元号が平成に代わるほんの少し前。

 ところはT県の西のはし、芯斗市中那村。

 ウチは、古い木造の日本家屋である。

 家族は姉と私、そして弟と父と祖母。


 我が家の梅雨入りは、姉の絶叫からはじまる。

 六月にはいって二日たった。もう五日も雨が続いている。

 農作物にも、生活用水にも、この時期の水が大切なのはわかっているが、実にうっとうしい。

 姉は、この時期が大嫌いである。

 毎年、梅雨入りと同時に怒っている。

 今年の怒りの言葉は、

「あー、今年も『イツツバンバラ』が咲いたあ!ちっくしょおおお!」

だった。

 長い髪をザンバラにして、学校から帰宅すると同時に叫んだ。

「あー、ちくしょう!一年でいっちばんイヤな時期になったあァ!」

「まーまー、お姉ちゃん。一ヶ月ちょっとの辛抱やんか。そう怒らんと…」

「ヒトツキも、ジメジメウツウツインインメツメツすごさんといかんのがイヤ過ぎる!」

「まあ、気持ちはわかるけど…。私もうっとうしいし」

「なにより、梅雨入ったらじきに咲きまくるあのイツツバンバラが許せん!」

「何それ?いつつ何とかって?」

「下の道のさきに咲いたろう。赤やらピンクやらのイツツバンバラ!」

「えーと…、あ、あそこのタチアオイのこと?」

「そーそー!それ!イツツバンバラ!あれが、アタシゃあ憎ったらしいがよー!」

「なんで?キレイやんか?」

「梅雨が来るタイミングみながらシャーしゃー首伸ばして、入ったと同時に顔つけて誇らしげに笑うあいつらあが許せん!」


 うちの地域では、タチアオイはまさに梅雨を告げる花なのだ。梅雨入りすると花を咲かせ、梅雨が明けると枯れるとされている。


 ウチから十メートルほど先に、タチアオイが自生しているのだ。数年前から、毎年咲くようになった。姉は、この花を憎んでいる。「ボウズ憎けりゃ袈裟まで…」ということらしい。

「アレの首は、梅雨入りメーターじゃあ!さっさと枯れやがれ!」

「まあまあ、タチアオイもがんばって生きてるんやけん…」

「がんばらんでええ!だいたい、アイツらは本名がタチアオイのくせにどうして赤い花なんじゃあ!許せん!」

「お姉ちゃん…もう何がナニやら…」

「アイツの下で火をぼんぼん燃やして枯らしたら、梅雨明けせんろうか…」

「それ、温度計を水に浸けて涼しくしようとする小学生の発想じゃ……」

「うるさい!とにかく、アタシゃあ、この時期がキライじゃあああああ!」


 かきむしった姉の髪が乱れすぎて、落武者のようだ。そう思ったら、だんだん明智光秀に見えてきた。そういえば本能寺の変は六月二日だったなあ…。

「あああ!『雨降れば我が家の人誰も沈める顔す雨晴れよかし』!石川啄木!」

 いや、あなたがイチバン沈んだ顔しているから。

「ちくしょう!ゴーリキショーライ、来るならきやがれ!ファントム帝国!チョーリキショーライ!負けんぞバンバめ!」

 いったい、姉は何と戦うんだろう…。


        剛力招来!超力招来! 終


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