格闘家の姉は特オタなJK「昭和ド田舎ものがたり」

マサキマサミ

第1話スピード全開!

 姉は、身内から見ても美人である。すらっとした背に、長い手足。黒いストレートヘアはいつもサラサラだ。成績も良く、学年では常にトップクラスだ。スポーツも得意だ。部活にはとくに入っていないが、何でもひととおりこなせ、しかも何をやっても上手い。また、小学生のころから永津流格闘術を習っており、カワラくらいなら何枚か割ってしまう。


 春休みも、あと一週間ちょっとになってきた。私は、自室のコタツで休みの課題を片付けている。いつもの白トレーナーに青Gパン、三つ編みはめんどくさいのでしなかった。今日中に、春休みの課題をすべて終わらせるつもりである。姉は、農協ストアのアルバイトに行っている。私も今度の中間試験が終わったら、始めるつもりでいる。先方も知り合いばかりであり、アルバイトに行くこともすでに了承ずみなのだが、我が家では高1のあいだはバイト禁止なのだ。一年間、きちんとした成績を修めたら、父の許可が出るのである。姉は文句なしの成績をばっちりと修め、去年の春休みからバイトに行っている。残念ながら私は、そこまでの成績ではなかったため、高二のはじめの中間試験の出来具合によることになってしまった。私だって、成績はクラスで上位のほうなのに、優秀な身内をもつと辛いのである。


 ぼーん!と、母屋の柱時計が鳴った。十一時半だ。もうじき、弟が部活から帰ってくる。お昼の準備をしておこう。今日は親子丼にしようか。腹をすかせた中三の陸上部のご帰還だ。どっさりと食ってもらおう。


 ぎしぎし鳴る急な階段を降り、納屋に積んである竹かごをひとつ手にする。納屋の戸を開けると、明るい日差しに眼球内が真っ白になる。青空のもと、息を吸う。レンゲの香りだ。我が家の周辺は、田んぼである。今は、レンゲが一面に咲いている。畦のツクシはすっかりスギナにとって代わられている。四角いピンクと黄緑のラインのコントラストが目にしみる。


 玉子を取ってこよう。母屋と離れの間を抜ける。小屋でニワトリが騒ぐ。今日は四個!でかしたよあんたら。大収穫だ。タマネギは軒下に吊ってある。ついでにトマトとキュウリも切るか。朝の味噌汁もある。これで昼食はばっちりだ。


 ときは、元号が平成になるほんの少し前。ところは、T県の西のはし、芯斗市。正確にいうと芯斗市中那村地区。かつては芯斗市のとなりの中那村という集落だったが、オイルショック後の大合併で、うちらの地区も芯斗市に併合されたのだった。芯斗市の中央を一級河川「芯斗川」が流れている。水のとてもきれいな川で、芯斗市はこの川を観光の売りにしている。


 ウチは、小さな鎮守の森の中腹に建っている木造家屋である。東京タワーより、二つ三つ年上だそうだ。前方一面が田んぼ、正面から見て右に芯斗川に流れこむ「蛎須川(かきすがわ)」が流れている。今は川沿いに、黄色いダンコウバイの花がゆれている。家のうらの森には社が建っており、将軍家斉のころからのクスノキがそびえる。家の下、田んぼの手前には車庫兼農具倉庫兼ワラ置場兼自転車置き場。ここにはかつて、牛が住んでいたそうだ。ご近所さんは四件。周囲には、農家のビニールハウスと畑。近くの山では、日露戦争後に古墳が発見されている。


 我が家は、三つの棟でできている。真正面に母屋。これは玄関、居間、床の間、台所、便所、風呂場で構成されている日本家屋である。次に母屋の右、納屋は二階建てになっており、下は広い倉庫に、二階は私と姉の部屋と、物置になっている。母屋の左の平屋のはなれは、祖母と弟がつかっている。ちなみに父は、床の間のとなりの部屋で寝ている。はなれの先には、鶏小屋とうちの畑。鶏の糞は、畑にダイレクトに吸収される。家の裏は、シイタケの栽培につかっている。


 私は緒方トモ美、T県立高校普通科の二年になる。姉と弟の三姉弟だ。小学校から、永津流剣術を習っている。部活には興味がない。姉は、身長165㎝くらいだろうか、さきにも書いたがすらっとした美人だ。弟は、今年中三になるくせに175㎝もあるのだ。こいつもスポーツはそこそこできる。


 私も運動はまあまあのものと思っているが、身長は勘弁してほしい。とても、この姉弟に比較できる身長ではないのだ。小学校からミリ単位なんて、成長といえるのか。同級生は「砂姫明日香」の変身するまえにそっくりと言ってくれるが、なんにせよちんちくりんなのだ。


 姉は、緒方カズ代。芯斗高校普通科の三年になる。部活はしていない。母のいない我が家では、家事を私たち三姉弟と祖母でこなしている。食事の用意から、掃除洗濯、畑や鶏の管理まで内容は多岐にわたる。足腰の弱い祖母に負担をかけてはならない。今日は、家にいる私が食事の担当なのだ。いつのまにか、だれが言いだしたわけでもないが、そのようにわれわれ姉妹の間で決まっていた。


 がつがつがつがつもぐもぐもぐもぐ…

 弟が、親子丼をかきこんでいる。合間にタクアン漬け、トマト、キュウリ、麦茶をほうりこむ。早送りのようである。このいきおいで食べてくれると作り甲斐があるというものだが、もう少し落ち着けないものか弟よ。

「ねえ、祐イチー。帰るなり、お茶をすごいガブガブ飲んでたけど、あれだけ飲んでそんな勢いで食べて大丈夫なが?」

「だーいじょーぶ、問題ない!」

「水筒は?」

「とっくに空っぽー」

「早よ出しなさい。今洗うけん」

「ありがとー、トモ姉」

「つくづくでかいねえ、この水筒。午前中でこんなに飲むか」

「練習して、十時半ごろには空っぽになる」

「そんなに飲むかー」

「準備運動だけでも、喉かわくんよねー」

「そうか、今は運動中に水飲んでかまんのよねえ」

「うん。あれ、トモ姉のときは違うん?」

「私らのころから、変わってきたかねえ。飲めるようになってきた」

「トモ姉、ぎりぎりで変化の世代?」

「うん、そう。お姉ちゃんは、運動中の水分絶対ダメな世代やったよ」

「うっわー、きっつーい」

「私も、中学のときはそうやったよ」

「オレ、耐えれんわー。うち帰るまでも、もたんのに」

「じゃあ、どうするんよ、あんた?」

「バス停の自販機で何か買う」

「で、自転車こいで飲んで帰って、あのお茶かい!」

「そう。こっちにもコンビニできたらええけどなあ」

「こんなとこにつくっても、人がおらんわねえ」

「そうやねえ、お客さん無けりゃやっていけんもんねえ」

「過疎やねえ」

「田舎はねえ」

「それより、早ようユニフォーム脱いで。今から洗うたら、今日中に乾くけん」

「わかったー。じゃあ、そのまま風呂入るわー。汗流したい」

「ちょっと待って。お風呂は、溜めただけでまだぬるいでー」

「沸いてないん?」

「夏じゃないと、午前中の日差しだけじゃあ『太陽湯沸し器』もぬくもってないよ」

「え~、朝から家におるやったら、気いきかせてやー、トモ姉ー」

「何い?その言い方は!ひとが、風呂沸かしておいてやろうとしたところに戻ってきて、いきなりメシメシメシメシ言うてせかして昼飯つくらして、お茶ガブガブガブガブ飲んでガツガツガツガツ食いよってー感謝の言葉もないんかい!」

 

 こいつはいつも一言多い。姉いわく「自分自身の若さゆえの過ち」なんだから、みとめてやろうということになっている。


「すみません、お姉さま。僕がまちがっておりました。おいしい親子丼、ありがとうございます」

「わかればよい」

「美しいお姉さま」

「何だね?」

「僕はここで、お昼をいただいておりますので、お風呂のカマドに火をつけていただけませんか」

「くるしゅうない。その願い、かなえてつかわそう」

「洗濯物は、回してくれたら僕が干しておきます」

「その心がけ、あっぱれである」


 私は、マッチ箱を持って風呂の焚き口にまわった。

 弟がつぶやいた。

「あーあ、ファミコンほしー」


 猟期が終わり近くなると、よくイノシシやシカの肉が届く。ハンターたちの冷凍庫は、満杯なんだそうな。この人たちのことも、いずれ記すことになるだろう。今夜はシシ汁にした。せっかくもらった猪肉だ。おいしくいただこう。

 

 私がアク取りをしているはたで、祖母が漬物を切ってくれている。

 五時半すぎ、もうじき姉が帰ってくる。

 庭に出てみた。道の右方を、西日を背に姉の自転車がもどってくる。

 作業着姿(姉は戦闘スタイルと呼んでいる)で自転車をこいでいる。


 上下黒のジャージ。肩から手先へと、腰から足元まで、体側に白の二本ライン。首には赤のロングタオル。胸からおなかには、緑のショートエプロン。姉は、このエプロンの裏にスポンジを入れようとしたが、それは止めさせた。そんなのしなくても、姉の胸なら充分コンバーターラングに見える。そして、白のウエストポーチ、ベルトは赤。足には、シルバーグレーの長靴。これが姉の仕事姿である。作業中は、これにマスクと、長靴と同色のゴム手袋を着用する。姉の憧れのひとの戦闘スタイルなのだ。


 緒方カズ代、もうじき十八歳。好きな特撮番組「仮面ライダーブラック」。好きなアニメ「機動警察パトレイバー」。好きな雑誌「花とゆめ」「月刊ファンロード」。好きなアイドル(?)「本郷猛」


 私はおかえりと声をかける。

「スピード全開!」

 すぐにただいまが返る。

「サイクロン!」

 髪とマフラーをはためかせ、車庫に飛び込んでいった。


           スピード全開! 終


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