第26話 サッカーばあちゃん、突如閃く

「ごめん、すみればあちゃん。俺たちも見つけられなかった」


 翌日の若葉苑。今日は日曜なので朝から、二人にサッカーの特訓をしていた。この形なら自然と三人となるから話をするにはもってこいだ。話がしやすいように三角パスの練習の体をとっている。


「気にすることは無いさね。あの短時間じゃ難しいよ。あとはどこかねえ、体育倉庫、体育館のパイプ椅子収納スペース、古い学校なら防空壕なんかあるだろうけど浅葱にはそこまで古い学校なんてないし」


 軽めにパスを繰り出しながらすみれは答える。昨日のサッカー教室でかなり動いたから軽めのメニューだ。


「体育の授業中に体育館内も見たけど、今言われたところも探したよ。でも無かった」


「あの時は体育の先生が驚いてたね『坂本が片付けを真っ先にやるなんて雨が降る』なんて言って」


 美桜がクスクスと笑う。


「だけど、吉田先生まで休日返上で花壇や畑の手入れしていると思わなかった」


「ああ、美桜ちゃんがいつか言っていた園芸に熱心な先生だね」


「肥料のことを聞こうと思ったら優太君に遮られてしまって」


「当たり前だよ、ストレートに聞いて反対派のお仲間だったら危険だよ」


「それもそうだけど。緑の指を持っているのかな。お花とか野菜がすごく良くなったもの」


「緑の指ってなんだ? 美桜?」


「植物を育てるのが上手な人のことをそういうらしいよ。図書室で読んだ」


 二人のやりとりを聞きながらすみれは考えを巡らせていた。


「二人に質問だけど、その畑や花壇、かなり充実していたけど昔からああなのかい?」


「ううん、他の先生に聞いたら吉田先生が来てから。来たのは四年前だと思うから」


「違うよ、優太君。音楽の先生から聞いたのだと、河田先生が来てから畑が増えたって。私が小一の時からだよ」


「そうだっけ?」


「ふーん、で、作物が良くなって今回の肥料盗難騒動。テロ以外にも何かしら関係ありそうだけどね。他に噂でもいいから何かないかい?」


「うーん、河田先生と吉田先生が付き合ってるとか。だから吉田先生にせっせと肥料や苗をプレゼントしているらしいよ」


 子どもにまで、そういう噂が伝わっているのかとすみれは内心であきれた。そういうのはもっとコソコソするものだ。


 そう考えてたのがいけなかったか、優太からのパスを受けそびれてしまった。ボールはそのまま転がって苑内の畑の方角に行ってしまった。


「ありゃあ、あたしが取ってくるよ」


 すみれがボールを取りに行くとちょうど千沙子と松郎が農作業中だった。



「松さんに千沙子さん、すまないね。せっかく耕してた畑にボールが行ってしまった」


 千沙子は転がってきたボールを手で止め、微笑みながら軽く押し戻す。


「大丈夫ですよ。まだ耕し始めですから。これから秋アサツキを植えるところですから石灰など土壌改良材を混ぜてますの」


「ふーん、いろいろあるのだね」


「ええ、関東は火山灰質だから酸性なのでまずは石灰を混ぜて中和するところから始まりますの。あとは有機肥料として腐葉土とか……」


「千沙子さんのことだから、死体とか言い出しそうね」


「まあ、いくらなんでも本当に死体埋めて梶井基次郎なんかしませんよ」


「本当かな……」


 松郎がボソッとつぶやいたがすみれは聞かなかったことにした。


 松郎同様にミステリマニアならいつかはやりかねないとすみれは思った。そこまで考えてふと、気づいて千沙子に尋ねた。


「千沙子さん、土はどこから調達しているんだい?」


「本当はホームセンターで野菜用の土を仕入れたいのですが、予算がないので元々の庭の土を利用してますわ。ほら、肥料として生ゴミを入れるコンポストも設置してますし……」


「土も買う時代なんだねえ。私が幼い頃、山から掘り出してきて調達したような記憶が……ん?」


「すみれさん?」


「あ、いけない二人にサッカー特訓中だった、失礼するよ!」


 すみれはボールを回収すると、ダッシュで二人の本へ戻っていった。


「すみれさん、風のような人ですわねえ」


「いると楽しいが、短期入所だからもう少しで家に帰るんだっけな」


「もう、そんな時期でしたか、早いですわね」


 千沙子はヒントを与えたことに気づかずに畑仕事に戻るのであった。

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