第33話 渾身のシュートは……
「優太君、もしかしたらこの結束バンド切れるかもしれない」
相変わらず、後ろ手でブンブンと振り続けた優太に美桜が窓際に移動した。
「あそこのペットボトルの光が収れん火事を狙ってるとしたら、かなり熱いはずだから、熱でこのテープが焼き切れるのじゃないかな」
「あ、そっか。河田も結構マヌケだな」
「うん。光の具合を見て加減を教えてくれる?」
「おう、火傷には気をつけろよ」
美桜は後ろ手になりながら、光の当たるところで移動した。
「そりゃー! あー、また外した。歳だねぇ。目が弱ってるなあ」
「あの、すみれさん、そろそろ止めてあげた方が。既にマルシンドを通り越してイニアスタに近づいていますよ。いや、後ろだけ残ってるから違う落ち武者か。って、違う、髪の毛も意図的に抜くと傷害罪に……」
「あー、いやあ、耳も遠くってねえ。キックの精度も落ちたねえ。子どもたちの場所を言ってくれれば練習止めるけどねえ。さあて、次は何の練習しよっかなあ」
すみれは絶妙な加減で河田の髪の毛ばかりを当てていた為に綾小路が言うとおり彼の頭は無惨なハ……いや、後ろを残して見事に抜けていた。当の本人は顔色が真っ青を通り越して白くなってる。
「……だ」
「ああん? 聞こえないね。シュート練習続けて欲しい?」
すみれがボールをセットすると、河田はもう一度大きな声で白状した。
「旧体育倉庫だ! 簡単な爆弾の実験場にもなってる!」
「なんだって! なんだってそんな危険なところに! 綾小路さん、頭に地図入ってるだろ。先に行って救出してくれ! 途中で健さんに連絡も!」
「わかりました! すみれさんも気をつけて!」
すみれは手早く指示すると、河田に向き直り尋問に入った。
「でも、簡単に開けられるかなあ、ククク」
無残な頭のまま、相変わらず不敵な笑みを浮かべている。
「どうやら、肥料窃盗と爆弾犯人というのはわかったけど、動機でもあるのかい」
すみれがポンポンと軽くボールをリフティングしながら尋問する。
「そんなのは特にないさ。爆発を見るのが楽しいだけ。利用できるものは利用したし、時には恋人の振りをして何人もの人のを動かすのが楽しいのさ。国体の反対運動とかそんなのはどうでもいい」
「うーん、おかしなこと言ってるから、ボールの打ち所悪かったかねえ。荒療治でもう一回当てれば治るかな」
リフティングを止めて足元にセットする。その鬼気迫る顔つきからさすがに河田もヤバいと感じたようで今更ながら怯え始めた。
「ヒィッ!」
「とにかく、美桜ちゃん達を苦しめたこと、町に不安を与えたこと、うちの山を荒らしたこと。ぜーんぶ込めて渾身の……」
「おばあちゃん、止めて!」
突如、若い女性の声が聞こえてきた。振り返ると梨理と総一郎が駆けつけている。
「他の子どもたちや保護者は千佐子さん達に頼んで教室を打ち切って避難させました。警察にも連絡済みです。大叔母様、気持ちは分かりますが河田先生を一旦解放してください」
「えー、敵討ちシュートくらい打たせてよ。あたしゃ腹が立ってるんだ」
すみれが悔しそうにボールをグリグリと踏む。
「ダメよ、おばあちゃんが逮捕されちゃう。現役引退した理由だって、PK戦の時にキーパーに意図的に頭部にシュートした危険行為で一発レッドくらったことがきっかけって言ってたじゃない」
「ああ、あのキーパーね。外国人で日本を侮辱してきたし、何より『こんなババアのシュートなんて余裕』と挑発したからね」
「大叔母様、若い頃からバイオレンスだったのですね……って、呆れてる場合じゃない! 優太君達はどこに?」
「古い体育倉庫だそうだ。綾小路さんのスキルなら開けられるだろう」
「いくつものトラップを仕掛けてるから開けられるかなあ」
「あーっと、足が滑っ……」
すみれが蹴りかけたその時、別の女性の声が聞こえてきた。
「そのキック、私にさせてください! 全部聞こえてました! よくも騙してくれたわね! 利用してテロの片棒担がされていたなんて!」
素早く吉田先生がすみれからボールを奪い取り、渾身のシュートを放った。
「……ぐはっ」
シュートは河田のアゴに当たって再び気絶してしまった。
「ありゃ、私からボールを奪うとはなかなかのサッカーの腕前だね。プロ目指さない?」
「おばあちゃんっ! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
「大叔母様……。梨理さんもこういう祖母を持つと大変ですね。とりあえず私も報復したいのはやまやまですが、普通に拘束して寄りかからせましょう」
総一郎が拘束を直して木にもたれさせるよく見ると失禁していた。
「うわ……。まあ、こんな頭になるまでのギリギリのシュートを耐えただけでも精神力強かったのでしょうが、吉田先生のトドメの一撃が効きましたね」
「天網恢々疎にして漏らさず。だよ。それより、さっきの河田の言葉が気にかかるね。お仲間がいるかもしれないが、倉庫へ向かおう! 総ちゃん、健さんも倉庫へ向かわせてくれ!」
「既に向かわせてます! 私はここで河田を見張ります」
「私たちも行こう、梨理。万一の怪我の手当くらいはできる」
「うん、おばあちゃん」
二人は旧倉庫に向けて走り出した。
「私はここで彼の意識が回復したら尋問したいから残っていいですか?」
吉田先生が鬼気迫る顔で総一郎に尋ねる。
「それは構いませんが、暴力は止めてくださいね。揉み消すの大変ですよ」
(どうして浅葱町の女性ってこうも強烈なのが多いのだろう)
総一郎は心の中でため息をついた。お見合いを断る一因にもなっている浅葱町の女性の強さを通り越してバイオレンスさ。結婚するなら浅葱町出身ではない女性にする、総一郎は固く誓うのであった。
「まあ、畑の肥料にしたいところですが、警察に通報してますし、やるからには、肉体的な暴力ではなく、社会的に抹殺するのみです」
(やはり浅葱一族の不穏な噂は本当だったのだ)
吉田先生も心の中でため息をつくのであった。
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