第13話 モンペは戦時中の服だけで十分だ

 翌日、食育の終了の報告と今後のイベント予定の打ち合わせという名目ですみれと総一郎は浅葱小学校へ向かい、三年一組の担任に会いに行った。

 担任は二十代半ばくらいの若い女性でメガネをかけ、肩まで切り揃えられた髪は清楚というか、きちんとした印象だ。


「初めまして、三年一組の担任の……、ふ、古内と申します」


 総一郎を見る視線がすみれに対するのが違い、意識しているのが見てとれる。老人施設の園長と言っても若いし、イケメン、さらにこの街では有名な浅葱一族だからだろう。

 すみれはちょっと面白くなってきてもっと観察していたかったが、そうやって考え事が横道にそれているうちに総一郎が本題を話していた。


「そうですか、また池内さんのお母さんが押し掛けたのですか」


 事の経過を聞き終えた古内先生はまたか、という顔でため息をついた。


「今回は穏便にお引き取りいただけましたが、『また』ということは過去に何かあったのですね」


 総一郎が問いかけると古内先生は周りがこちらに聞き耳を立てていないか確認した後、声を潜めて話しだした。


「はい、言いにくい話ですが、池内さんのお母さんは要注意人物なのです。たびたび給食費を未納しています。かと言って、授業参観の時のちょっと派手な身なりや、スマートフォンを持っているところからして、経済的に困窮しているわけではないようです。今回は珍しく食育イベント費用を納めたから安心していたのですが」


「おやまあ、お約束の母親だね。呆れたもんだ。払えば集れるというそのさもしい根性はどこから来ているのだか。父親はいないと言ってたけどホントにお約束すぎるね」


「すみれさん、言い過ぎです」


「はい、まあ、確かに父親はおりません。美桜ちゃんが四歳の時に離婚したとかで。母親と二人暮らしです」


「この分では母親は水商売というのがお約束だろね。金髪ピアスの彼氏がいるのじゃないかい」


 古内先生は困ったように口ごもった。


「え、いや、そういう保護者のプライベートまでは、そのう……」


「大叔……、すみれさん一言多いですよ。美桜さんは学童にも入っていないようですし、栄養状態も悪いのは一目瞭然です。あまりにも心配なので、学童代わりに特例として放課後に美桜さんを当苑でお預かりしようと考えております。つきましては保護者への連絡が難しいのでこちらへ報告したのと、出来れば児童相談所への通報も学校からもお願いしたいのですが」


 総一郎が提案するが、学校側の反応は鈍いものであった。


「こちらの学校側の対策としてもいろいろしておりますが、現時点では難しいのです。美桜ちゃん自身はとても素直でいい子なので、こちらとしても何とかしてあげたいのですが、児童相談所にもすでに相談しています。しかし、緊急性が低いと判断されてしまって『様子見しつつ、教師達でケアをしてほしい』と反応が鈍くて」


「食育の時の言動から普段から満足にご飯が食べられていない様子でした。それは明らかな虐待であり、緊急性は本当にないのでしょうか?」


 総一郎が問いかけると古内先生は困ったように答えた。


「え、ええ、こちらもそう思います。保健室登校する日もありまして。保健の先生が朝ご飯代わりのパンを買い与えていたこともあるくらいですから。ただ、児相も人手不足みたいでそこまで手が回らないのが現状です」


 総一郎は仕方ないという風にため息をついて答えた。


「そうですか、よくわかりました。こちらも美桜ちゃんに表向きは若葉苑に遊びに来てもらうようにして、なるべくあの子をサポートします。もし、何かあったら児相及びこちらへ逐一報告します」


 二人は職員室を出た所でなんだか疲れを感じ、どちらともなくため息をついた。かなり時間が経っていたらしく、「クラリネットのポルカ」が校内に流れている。 多分、放課後の掃除のBGMだろう。


「はあ、ホントに“もんすたーぺあれんと”とかあるんだねえ。この浅葱町は大丈夫と思っていたのに」


「大叔母様、声が大きいですよ」


「あ、若葉苑のサッカーおばあちゃんに所長さん! こんにちは!」


 校庭に出たところ、元気のいいハキハキした声が聞こえてきた。振り向くと花壇で土いじりしている美桜がいた。


「やあ、美桜ちゃん。花壇の手入れかい? ずいぶん大きな花だねえ」


「うん! これはアマリリス! 栽培委員会に入ってるから花壇の雑草を抜いているの! ねえ、これから若葉苑へ帰るんでしょ? これが終わったら早速遊びに行っていい?」


「もちろんだよ、でも、お母さんに言わなくていいのかい?」


 すみれがそう聞くと美央ちゃんはちょっと雑草を抜く手を止めて元気が無くなった。


「……お母さん、昼間はずっと寝てるか、お出かけしてるの」


 気まずい沈黙が一瞬流れたが、総一郎が努めて明るく返す。


「そうか。じゃあ美桜ちゃん、待っているから終わったら一緒に苑まで行こうか。後でお母さんにはこちらから連絡するよ。それから苑で宿題を見てあげよう」


「やったあ!」


 こうして美央ちゃんの若葉苑通いというか、サポートが始まったのであった。


「そういえばミリタリーおじいちゃんはトラップの作り方や、サバイバル術も教えてくれるって言ってたね? どんなことだろう?」


 ……一抹の不安が二人の間に通り抜けたが、気のせいと思うことにした。

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