第8話 波乱万丈な見守りパトロール
「さて、見回り行きますか」
綾小路が玄関に行くと健三がビブスを手渡しながら言った。
「とりあえずこれを着用してくれ。自主的だが、不審者に間違われないように小学校の許可をもらって苑の名前入りのビブスを作った」
「わかりました。ところですみれさんは?」
「なんか着替えるとか言ってたが、おっ、来た来た……って、すみれさん。身軽な格好はいいがトレーニングじゃないぞ」
すみれはジャージにスポーツシューズ、手にはサッカーボールという出で立ち。これから練習と言ってもおかしくない格好だ。
「いやあ、リフティングしながらパトロールできるかな、と」
「さすがに無理だろ」
「あとは万一の不審者に出くわしたら、サッカーボールをぶつけて攻撃できるかなと」
「ふむ、それは一理あるな。昨夜、証明されたし」
「おかけでまだ頭が痛いですよ。髪の毛も抜けた気がするし」
綾小路がやや薄い頭をわざとらしくさする。
「ああ、すまんねえ」
「まあ、俺も武器は持っているしな」
手にしたエアガンをさすりながら健三はどや顔している。
「エアガンかい。昨夜言ってたカラス撃退用ってやつ?」
「さすがに殺傷能力高くするとお縄になるからな」
「そ、それはAK47でしたっけ?」
恐る恐る綾小路が尋ねる。なんせ、昨夜鼻先に突きつけられた銃だ。恐怖がよみがえったのかもしれない。
「おう、そうよ。世界中で一番出回ってる銃だ。やはりテロリストは詳しいな」
「だから
俺はテロリストじゃないって」
「まあ、これをちらつかせるだけでかなりの効果があるぞ。子供は品行方正になるからな」
それは単に子供はびびっているのではないかとすみれは思ったが、黙っていることにして街へ繰り出した。
パトロールと言っても学校の通学路だけあって閑静な住宅街の中にあり、あまり車も通らない。
「まあ、二、三往復して子供達を見守ると言っても散歩みたいなもんだ」
モデルガンとはいえ、AK47を手に持ちながら歩くのは散歩ではない雰囲気だ。ビブスが無ければ完全に不審者事案になるだろう。
「うわー、ミリタリーじじぃだー! 逃げろー」
健三の姿を見た瞬間に一部の児童達は逃げ出していった。
「いやあ、防犯効果バッチリだね。寄り道せずにすぐ帰ってくれる」
健三は満足げにAK47(あくまでもエアガンだ、念のため)を掲げながら頷く。
「って、健さん何かやったのかい?」
「いやあ、いじめの現場を見かけたのでいじめっ子にちょいと制裁を加えたらそれ以来『悪いことするとミリタリーじじぃが成敗に来る』も子供達の間で噂になってな。ま、学校から苦情が来たが、いじめられていた子供はたくさん居たらしくてな、保護者達がこっそりお礼に来たよ」
得意げに話すことなのだろうか、結果的には悪ガキは成敗され、校内の治安は戻ったとも言えるが。
「うーん、いいんだか、悪いんだか」
「まあ、出るという噂があった不審者情報もなくなったから一定の効果はあるんじゃないか」
「それ、健三さんが不審者……むぐぐ」
綾小路が本音を言いそうになったから慌ててすみれが口をふさぐ。
「と、ところで健さん。帰りがけにホームセンターへ行くと言ってたけど聞き込みするのかい?」
「おう、ついでに浅葱さんから買い出しも頼まれてるからな。今度、小学校の児童を呼んでイベントするんだ」
「ああ、子ども達が歌でも歌ってくれるのかい? それとも似顔絵書いてくれるのかい? それで、お土産のお菓子を買うとか? あれ、私は退屈そうだと思うのだけど」
綾小路もうんざりしたような顔をする。
「確かに、歌を聴かされてるイベントは退屈そうですね。そろそろ演歌や民謡ではなく、ビートルズやロックを聴いていた世代だろうに」
健三はカラカラと笑って否定した。
「いや、そんなおとなしいイベントじゃねえよ。食育イベントを開くんだ。今回は春だからタケノコ掘りして、その後は調理実習だ。シャベル類はあるから、軍手やタケノコ持ち帰り用のビニール袋など消耗品を買ってきてくれと」
二人ずっこけたのは同時であった。
「ほ、本当に動き回るんだね、若葉苑は」
「おうよ、動かないとボケるから積極的にこういったイベントを開くんだ。だから入居者はかくしゃくとした者ばっかになるんだがな」
「はあ……」
妙にすみれは納得する。確かに総一郎が言っていたとおり辛気くさいから三万どころか十万光年は離れている。
「やっぱり忍び込む所、間違えたな……」
綾小路は今更ながらため息をつく。とりあえず衣食住は確保されたから結果オーライだが、あの所長には絶対逆らってはいけない。裏切ると本当に桜の肥料にされかねない。
「ほらほら、ぼやかない。次の周回でパトロール終わりだからホームセンターへ行くぞ」
「あ、ミリタリーおじいさん達だ、さよーならー」
不意に元気のいい声がして見ると男子たちが元気そうに手を振ってる。春先なのに半袖に短パン、迷彩柄の帽子を被っている。
「おう、気をつけて帰れよ」
健さんは手を上げて答える。こうして健さんを慕う子もいるのだなと思いつつ、三人はホームセンターへ向かった。
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