第7話 個性的すぎる見守りメンバー誕生
そうして一夜明けて若葉苑にも朝が来た。
昨夜のこともあったため、起床はいつもよりの遅めの八時半となった。しかし、あちこちであくびが起きていたから皆寝不足なのは明らかであった。
『本日の朝食は諸事情により簡素にしてあります』
とホワイトボードに書いてあるが、諸事情なんてみんなわかっている。それでも、ご飯に味噌汁、漬物に納豆や生卵があるから千沙子さん達は頑張ったようだ。
「おはよう、健さん」
「おはようさん」
すみれはセルフサービスでよそった朝食のお盆をテーブルに置き、席についた。
「ええと、泥棒……いや綾小路さんもおはようございます」
「……おはよう」
逃げ出さなかった泥棒改め綾小路も朝ごはんの納豆をグリグリと混ぜて卵と合わせている。恐らく数日間何も食べていなかったのであろう。セルフサービスとはいえ、ご飯は大盛り、納豆は二パック、漬物も多目に取ってある。
「ふああ、眠い。あとでコーヒーでも入れるかね」
「おう、そうだな。じゃ、コーヒー飲みながら昨日の肥料泥棒の詳しい話と町内パトロールの打ち合わせでもしようぜ」
「それがいいね、眠気覚ましにもなるし」
「皆さん、おはようございます」
「おはよう、浅葱さん」
総一郎もこれから朝食のようだ。彼はトレイをすみれ達が座るテーブルに置き、着席した。
「すみれさん、初日はよく眠れましたか? と、言いたいところですが、まあ昨夜はあんな騒ぎでしたからお疲れ様でした」
「そ……所長もお疲れさん」
「それで、健さん達は今日のスケジュールは決まってますか?」
「おう、朝の掃除をしたら午前中はすみれさんに肥料泥棒の事件の概要を教えて、午後は通学路の子供たちの見守り自主パトロール、聞き込み兼ねてホームセンターにも寄るつもりだ」
そう答えて健三が味噌汁をすすった時、総一郎が提案をしてきた。
「この綾小路さんもパトロールに加えてもらえませんか」
「ぶほっ!!」
健三が盛大に味噌汁を吹き出した。
「なんでテロリストと一緒なんだよ!」
「だからテロリストじゃないわよ!」
「ちょ、ちょいと。朝っぱらから浅葱さんの前で争うんじゃないよ」
またも二人が小競り合いしそうになるのをすみれが慌てて止めるが、総一郎は悠然と生卵を小鉢に割り入れながら話す。
「言ったでしょう、泥棒ならば犯罪の手口やパターンを知っている。裏を返せば防犯知識に長けていると。パトロールでも不審者を見つけやすいと思うのですよ。昨今は危ない人が多いですからね」
「危ない奴ならこのテロリストだろ」
「だから俺はテロリストじゃなくただの泥棒だ!」
「いや、泥棒という時点で“ただの”じゃないのかい?」
三者三様にツッコミを入れているのを相変わらず悠然と卵かけご飯を食べながら総一郎はニコニコと見ている。
「このとおり綾小路さんはテロリストの誤解を解きたいので、肥料事件の謎解きというか、盗まれた肥料の行方を捜したいそうです。この辺の地理に慣れさせるためにも行動を共にしてくださいよ。健さんのミリタリー知識と綾小路さんの犯罪知識があれば、いろんな意味で無双ですよ」
「ふん、どうだか」
「むかつくなあ。その肥料泥棒とテロリストがどう関係するかよく知らんが、容疑は晴らさないとな」
「まあ、今日は私は役場に出て臨時雇用の報告をあげなくてはならないので夕方まで不在です。綾小路さん、午前中は書類にいろいろ署名押印をお願いします」
総一郎が悠然と食事をする中、綾小路と健三の間にバチバチと見えない火花が散っているのをすみれは見たような気がして、先が思いやられるような気がした。あの鬼嫁より強烈というかバイオレンスな人達がこうも多いのか、自分のことは棚に上げて先が思いやられるとすみれは二日目にして悩むのであった。
掃除が終わった後の午前中の自由時間、と言っても雑用を終えたら食事や入浴以外はほぼ自由時間なのだが。
綾小路も書類を書き終えて、談話室へやってきた。
「さて、お二人さんは互いに言いたいこともあるだろうけど、まずは健さん。昨夜の肥料泥棒やテロが起きているという経緯と根拠を教えてくれないかね」
「おう、そうだな。千沙子さんから聞いた話を整理するとだな、数日前にこの近所のホームセンター『チャイブホーム』で夜中に警報が鳴り、警備会社が駆けつけたら化学肥料がごっそりと店頭でも表に積んであったものが無くなっていたと」
「盗まれたのは化学肥料だけで、現金や高価な苗などは無事だったと言う話だったね」
「ああ、腐葉土や鶏糞と言った有機栽培モノは無事で、化学肥料ばっかり無くなっていたんだと」
「で、なんで肥料から爆弾ができるんだい?」
「おう、これがS県警のホームページだけどな、危険物として肥料の材料である硝安カリウムが載ってる。これと軽油を混ぜると簡単に爆弾ができるから世界各地のテロリストが作るんだ」
健三が差し出したプリントには危険物として日常の物が書かれており確かに肥料の材料と書かれている。
「『資格が無い人が大量購入した方がいたら注意!』ね、しかし薬局ならともかくホームセンターでもおっかないもんだねえ」
「本当だ。漂白剤に除光液まで危険物なんだ」
綾小路もプリントを眺めながら妙な感心をしている。
「ああ、だがもっと身近なモノでも危険物はあるんだぜ」
「それはガソリンとかプロパンガスか?」
綾小路が不思議そうに聞くと、健三は腕を組みどや顔で答えた。
「まあ、それもあるけどな。小麦粉や粉砂糖も空気中に粉末を沢山散らしてから引火すると爆発するのさ。粉塵爆発といってな」
「あー、それ、孫が持ってるマンガで読んだわ」
すみれが記憶をたどって相づちを打つ。
「他にも炭だって細かくすれば火薬の一部になるし、使い捨てカイロだって鉄粉の化学反応だから応用すれば危険物だからな」
「へえ~」
二人が感心したのに、健三はまんざらでもない様子でレクチャーを続ける。
「ま、とにかく、盗まれたからには転売含めて要注意だな。とりあえず転売はオークションやフリマアプリを徳さんに頼んで定期的に監視してネットパトロールしているが、今のところは出品されてはいない。
正確にはある事にはあったが、使いかけの余り物の出品など少量だからあれは無関係だろう。あとは街の安全のために子供の下校時刻に通学ルートを見回りってところだ。すみれさんと……綾小路にもパトロール回ってもらう」
「ああ、わかった」
とりあえず不穏な空気ながらも午前のミーティングは終わった。トレーニング以外やること無いと思っていたからちょうどいい退屈しのぎにはなるだろう。
これが後々の大きな騒動となるとはまだ誰も知らなかった。
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