暗号は日曜に解け

zizi

プロローグ

 事件なのか事故なのか――。

 それはわずか2ヶ月の間に、同じ学校で2件の不可解な出来事が起きたことからはじまった。

 N市立「東陵高等学校」は、生徒総数820人の市内でも有数の進学校である。歴史ある学校ということもあって、校舎の老朽化が目立ったが、つい最近市の予算が下りて耐震補強をしたついでに、2棟ある3階建ての建物は清潔感を強調する白にすべて塗り替えられた。環境も生徒の向学心も一新された矢先に、学校内で降って湧いたように最初の出来事が起きた。


 新学期がはじまり、散り急ぐようにして桜の花が姿を隠し、あとには濃い緑の葉がはじらいながらまろやかな春の陽射しを跳ね返しはじめた頃……。

 3年生になったばかりの入江窓花いりえまどかは、「東陵高等学校」の女子バレー部のキャプテンに抜擢された。憧れのキャプテンになれたことで毎日ひたすら汗を流し、躰がへとへとになりながらも窓花は部員がたじろぐほど張り切っていた。

 ところがある日の練習中、あまりに熱を入れすぎて右膝を痛めてしまった。その瞬間、窓花はしまったと思った。1週間後に「桜花高校」との対校試合が決まっていたからだ。

 このままではまともに試合に出られない。もし出たとしてもメンバーの足を引っ張る結果になり兼ねない。痛い右足を引き摺るようにしながら練習をすませた窓花は、部室にひとり残って万が一自分が試合に出られない場合のことを想定して、桜花高校との試合に出るメンバーを練っていた――。

 つい先ほどまで喚声と怒声が入り混じっていた校庭もすでに誰ひとりとして姿がなく、グランドの水銀灯も落ち、ただ校庭の隅にあるバレー部の部室だけが、闇を切り取ったように煌々と灯りがともっていた。

 入江窓花が部室で倒れているのを発見したのは、顧問の野間教諭だった。部室の鍵の返還があまりにも遅いので、不審に思った野間教諭が電気の点いたままになっている部室を覗いてみると、窓花が机に覆い被さるように倒れていた。

 愕いた野間教諭は部室に入ってすぐさま声をかけたが、その時窓花はすでに息をしていなかった。

 野間教諭は慌てて職員室に戻り、直ちに救急車を呼び、警察に連絡を取った。その後も校長や教頭、当然窓花の家にも連絡を取った。

 通報が入った時、所轄警察はもちろんのこと、マスコミ関係は色めき立った。

 駆けつけた警察はすぐに事件と事故の両面から捜査に入ったものの、結局死因は心臓発作ということで、2週間も経たないうちに捜査は打ち切られた。

 しかし、窓花の家族の心情からしてみれば、これまでに心臓が悪いと医者にいわれたこともなく、寝耳に水の出来事にいかに警察からの説明があろうが、簡単に承服できるものではなかった。

 どうしてもあきらめきれない家族は、窓花が遺したノートに奇妙な文章が遺されていたことや、スマホに着信した悪戯と思えるメールを警察に見せるものの、警察はあくまでも死因は心臓発作であるから、ノートやスマホには因果関係はないとして取り合わなかった。

 その遺族が警察に見せたノートには、窓花が書いた意味不明の文字がなぶり書きのようにして書き記されていた――。


 それから2ヶ月ほどして、今度は同じ学校の2年生である槙田庄司まきたしょうじが自宅マンションの14階の手摺りを乗り越えて飛び降り自殺をした。

日が落ちても一向に気温の下がることのない、いつまでも蒸し暑さを引き摺った夜であった。

 夜の10時過ぎに「ちょっと出て来る」といい残して家を出た庄司だが、12時を過ぎても戻って来る様子がなく、心配になった母親が父親に近所を見てきて欲しいと訴えた。

 最初、父親は「そんなに心配することはない。庄司も高校生になったんだから」と相手にしなかった。しかし、大事なひとり息子が心配になった母親は、「だったら自分で捜しに行く」といって家を出るまでにした。

 父親は夜中のことでもあるし、母親を制して渋々庄司を捜しに出かけた。

エレベーターを1階まで降りてエントランスを出ると、真っ直ぐ表通りに向かってしばらく歩いた。だが、12時過ぎという時間もあって、人影などまったく見あたらなかった。

 それでも煙草に火をつけながらしばらく待ってみたが、帰って来そうな気配もなく、父親はあきらめて踵を返した。

 マンションへ戻るのに、来た時とは違った道順にしようと思い、少し大廻りをして東側の自転車置き場に差しかかった時、薄明かりの路面に黝く横たわる影が目に入った。怪訝な面持ちで近寄ると、そこにはいままで待ち侘びていた、息子が頭から血を流して横たわる姿があったのだ。

 当初、遺書もない原因不明の自殺に警察はイジメによるものとして捜査に取りかかったが、それらしき様子も見られなかったために、あらためて事故と事件の両面から捜査をはじめることになった。だが、警察はやはり2週間も経たないうちに自殺であると断定した。

 不思議だったのは、槙田庄司のところに死を予告する怪メールが届いていたことだ。

 それは入江窓花のところに送られたメールと同じような文章で、ふたつの死に共通した怪メールがあるにもかかわらず、警察は事件として扱うことはなかった―。

 ふたりの死以前にも発生源がどこなのかは定かでないが、生徒間ではゲーム感覚の噂話として根強く残った。しかしそれはあくまでも噂であって、どこにも真実というものがなかった。

 ところが、身近、それも同じ学校内で立て続けに起きたとなれば他人事(ひとごと)ではなくなり、その日を境に深刻さを帯びたささめきごとに発展していった。

ふたつの出来事は、生徒たちにとって血の気を喪うくらい衝撃的なことだった。

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