メイウッド家の双子の姉妹

柴咲もも

第1話

 シャノンは混乱していた。

 動揺で乱れた思考を掻き集めて、まず、今現在、彼女のからだを捕らえている男の腕が誰のものなのか、押し付けられる熱い唇の持ち主は誰なのかを考えようとした。けれど、答えを導き出すことは不可能な気がして、すぐに別のことを考えた。

 一体全体、なぜこんなことになっているの?


 シャノンは十七歳で、今シーズンに社交界デビューしたばかりだ。弁護士である父を持ち、地方都市の貧乏でも裕福でもない家庭で育った。

 彼女には双子の姉がいた。今シーズンのデビュタントのなかでも一番の美人だと評判のヴァイオレットは、髪は艶やかな黒髪で、瞳は深い菫色。すらりと背が高く、けれども女性らしい凹凸のあるからだをしていた。ひとつひとつの細やかな仕草は洗練されており、貴族令嬢さながらの品があった。

 一方で、シャノンの容姿は地味極まりない。そこらでよく見かける涅色の髪と、茶褐色の瞳。背は低く、凹凸の少ないからだをしていた。美しい双子の姉とは顔立ちもまったく似ておらず、ふたり並んで立っていてもまるで他人のようだった。

 けれど、姉妹はとても仲が良かった。これまでの人生のほとんどを共に過ごしてきた彼女達は、嬉しいことや楽しいことは共に喜び合い、辛いことや悲しいことは共に乗り越えてきた。だから、こつこつと貯めてきたお金はすべてヴァイオレットの持参金にするつもりだと父に告げられても、シャノンは当然のことだと納得することができた。貴族でもない彼女達姉妹が良い結婚相手を見つけるには、多額の持参金が必要だ。同じ教養を備えているならば、当然容姿の美しいヴァイオレットのほうが男性に言い寄られる可能性は高いだろうし、たくさんの求婚者からより良い相手を選ぶ機会にも恵まれるだろう。

 今シーズンの社交に関して、シャノンはこう考えていた。

 レティが心細い思いをしないように夜会には一緒に行くけれど、私が貴族と結婚することはないわ。レティが無事に良い結婚相手を見つけたら、故郷に戻って中産階級の普通の男性と結婚するか、いっそ結婚などせずに自分の店でも開けば良い。


 シーズンがはじまってからというもの、姉妹はいつも揃って夜会を訪れた。そんななか、三度目の夜会の翌日、ヴァイオレットに手紙が届いた。

 ラーズクリフ伯爵家の赤い封蝋で封されたその手紙には、姉妹が次に訪れる予定の夜会の最中、ふたりで会いたいという旨のメッセージが綴られていた。

 ラーズクリフ伯爵と言えば、今シーズン社交の場に姿を見せる独身男性のなかで最も結婚したい男性と噂される人物だ。なんでも、彼は多くの領地と屋敷を所有しているだけでなく、鉄道や工場などの様々な企業を支援して、そのすべてで莫大な利益を上げているのだという。長身で体格は逞しく、琥珀色に輝く金髪とサファイアのような深い青い瞳の整った容貌をしている。ヴァイオレットにとっては間違いなく最良の結婚相手だった。

 夜会当日——つまり今夜——ヴァイオレットはその誘いを受けるはずだった。ヴァイオレットは当初、ラーズクリフ伯爵の突然の親密な誘いに戸惑いを隠しきれずにいたけれど、シャノンが何度も励まして勇気付けた甲斐もあり、決心を固めたようだった。ヴァイオレットにとっても彼女の父にとっても、そして勿論シャノンにとっても、今宵の宴は特別なものになるはずだった。

 けれども、不都合が起きた。緊張のせいか、きつく締めすぎたコルセットのせいか、夜会会場に着いて間もなくヴァイオレットは不調を訴え、約束の場所に向かうことができなくなってしまったのだ。

 この機を逃してしまえば、ラーズクリフ伯爵の姉への関心が薄れてしまうかもしれない。そう考えたシャノンは、姉が来られないことを伝えるために、そして次の機会を与えて欲しいと頼むために、ひとり夜会会場を抜け出して庭園の東屋にやってきたのだった。

 それなのに——。


 やっぱりわからない。レティの不調を伝えるためにラーズクリフ伯爵を探しに来たのに、見知らぬ男性に抱き締められて、キスされているなんて。

 一体何が起こっているの?


 庭園に月明かりはなく、東屋のなかは真っ暗だった。

 彼が誰かはわからない。けれど、闇に溶ける黒っぽい髪色から、少なくともラーズクリフ伯爵ではないことが確信できた。

 シャノンは必死に抵抗した。彼の腕から、執拗な口付けから逃れようと身をよじった。けれど、逞しいその男の身体はびくともせず、大きな手がシャノンの肩を、背中を撫でまわし、もう一方の手は綺麗に結い上げられた涅色の髪ごと後頭部を押さえつけた。口のなかを熱いぬめりが這いずって息ができない。シャノンはちからいっぱい男の胸板を叩いた。男は低くうめくと、シャノンの身体を撫でまわしていた手を引っ込めた。

 ようやく解放されるのだ。シャノンはほっと胸をなでおろしたい気分になった。けれど、突然ドレスの胴着ボディスが緩み、彼女はぎょっと目を見開いた。ぷちぷちと弾けるような音が微かに耳に聞こえてくる。引っ込んだと思った彼の手は、淀みない動きで彼女のドレスの背中に並ぶボタンを次々にはずしていた。

 あまりのことに狼狽えるシャノンに男が強引に伸し掛かり、東屋に備え付けられたベンチの上に彼女は背中から倒れ込んだ。コルセットに持ち上げられた乳房が冷たい夜気に晒されて、身体がふるりと震えてしまう。投げ出された脚のあいだに、丸太のような男の脚が滑り込んだ。

「シャノン!」

 レティの声が聞こえた気がした。突然唇が解放され、シャノンは喘ぐように息を吸って目を開けた。

 いつのまに雲が流れたのか、月明かりが東屋のなかを照らしている。涙に滲む視界のなかで、男がシャノンを見下ろしていた。その両目は驚愕に見開かれ、顔色はすっかり青ざめていた。

「シャノン! 返事をして!」

 レティの声が真近に聞こえて、シャノンは男の肩越しにちらりと東屋の外を覗き見た。喉の奥がからからに渇いて、声を出すことができなかった。

 彼女は直感した。この状況はあまりにもということを。そしておそらく、その直感は正しかった。

 驚きのあまり目をまんまるくして両手で口元を覆った美しい姉と、噂に違わぬ整った容姿のラーズクリフ伯爵が、庭園をおぼろげに照らす月明かりを浴びて、シャノンと彼女に伸し掛かる男を凝視していたのだから。

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