噂の学園一美少女な先輩がモブの俺に惚れてるって、これなんのバグですか?
瓜生聖/角川スニーカー文庫
第1回「噂の学園一美少女な先輩、衣川マト」
美少女は勝ち組だ。
人間中身が大事なんだから外見なんて関係ない、と言う人もいるけれど、それを聞いて「よし、外見は気にしないぞ」なんて感情や嗜好をスイッチできるわけもない。大抵の人の場合、美少女に対する好感度はプラス補正される。美しければ美しいほど、その補正値は大きい。
だから、美少女は人気は高いし、人気があるから影響力も強い。その友人もそんな美少女にふさわしいツワモノばかりになり、カーストが形作られる。
でも、度が過ぎた美少女はそうはならない。
会話なんてのは大部分は同じカーストの中で発生する。まれに上位カーストから下位カーストに話しかけることはあっても、その逆はまずない。だから、最上位カーストが話しかけられないほどの美少女は、誰からも話しかけられない。近づくことすら躊躇される。
小さな顔にぱっちりとした大きな瞳、愛らしくつん、とした鼻、肌理の細かい白い肌、手足の長い、ほっそりとしたプロポーション――どれか一つだけでも絶賛されるようなものを、衣川マト先輩はすべて持っていた。
おまけに――腰まである長い髪は艶やかな銀色で、つり目がちな瞳は翠色だった。
当然、目立ちまくる。俺たちがこの
それくらい目立つ容貌だから意識しなくても目につくのだけれど、俺が知る限り、衣川マト先輩はいつも一人だった。体育の時間もみんなから少し離れてぽつん、と立っているし、廊下を歩いているときも、朝礼から戻るときも、登下校のときもそうだった。
孤高のクールビューティ、衣川マト先輩。
だから、俺は今の状況がまったく理解できない。
俺はなぜ、衣川マト先輩に押し倒されているんだ?
話は体育の前の休み時間に遡る。
二限が終わってすぐ、クラスメイトから「担任が呼んでる」と言われて職員室に行ったものの、そこに担任の姿はなかった。休み時間が終わる頃にようやく戻ってきた担任は俺の姿を見ると「誰……じゃなくて、なんだっけ?」と言い放った。
誤魔化したつもりでしょうけど、聞こえてますよ、先生。
「先生が呼んでるって言われたので」
「んー、呼んでないと思うけどなあ……あ、高橋を呼んで、とは頼んだから、もしかしたらそいつが、えーと、高田? と勘違いしたのかも」
俺は高田じゃなくて鷹野、
結局、無駄に休み時間をつぶしただけの俺は、急いで体操服に着替えて昇降口から飛び出した。
今日の体育はクラス対抗で試合形式のサッカーだ。自分が戦力だとは思っていないけれど、先週の「クラス間で人数合わせとかしないからな、サボったら友達に恨まれるぞ」という体育教師の警告があった手前、試合に遅れるわけにはいかない。
試合はすでに始まっていた。
「すいません、遅れました」
審判をしている鈴木先生に声をかけたけれども、気づきもしない。
「あの……」
「おらぁっ、サイドあがらんか! そっちノーマークじゃねえか!」
両チームに怒声を飛ばしながらグラウンドを走り回る体育教師。その後ろを追いかける俺という間抜けなざま。俺は諦めてコートの外に出た。
ま、いいか。
どうせ誰も気づいていない。文句を言うヤツもいないだろう。俺は更衣室に引き返し、制服に着替えると一―Bの教室に戻った。
教室に入ろうとした瞬間、突然引き戸が勢いよく開いた。
突然のことに足が絡まり、思わず尻餅をつく。
「いてて……す、すいません」
見上げた先にいたのは妖精だった。
日の光をまとい、細く艶やかな銀髪がふわりと舞う。シルバーアッシュの柳眉の下はぱっちりとした大きな翠眼で、真っ白な肌は白磁のようにつるつるだ。
学年の違う俺でも知っている銀髪の美少女――衣川先輩だった。
遠くから見るのとは全然違う美の暴力をまともに受け、俺はただただ、呆然と見つめるだけだった。目を離すこともできない。もしかしたら呼吸も忘れていたかもしれない。
衣川先輩は氷のように冷たい目で俺を見下ろしていたけれど、ふと俺の胸元のネームに目線を向けると驚いたように目を見開いた。そして教室の「一―B」と書かれたプレートを見上げ、震える声で言った。
「鷹野……たすく?」
「は、はい」
俺はちょっと驚きつつ答えた。大抵の人は俺の名前、祐を「ゆう」と読む。
衣川先輩の手で覆った口から「うそ……」という言葉が漏れる。翠色の大きな瞳が揺れ、白い頬にじわりと赤みがさした。
衣川先輩は膝をつくとおずおずと俺に手を伸ばした。
「鷹野くん……鷹野祐くん、なのね?」
「そうですけど……」
突然、衣川先輩は俺を抱きしめた。
「ちょ、ちょっと衣川先輩!?」
「鷹野くん……鷹野くん! 鷹野くん!」
なんなんだ一体。
なぜ、俺は初めて話したばかりの学園一の美少女に抱きしめられている?
衣川先輩は俺の名前を何度も何度も繰り返して、俺の首に回した腕に力を込めた。押しつけられる柔らかい体と、耳元に感じる甘く熱い吐息に心拍数が跳ね上がる。
「あ、あの、どうしたんですか?」
衣川先輩はようやく腕の力を緩めると、そっと体を離した。無言のまま、その美しい銀髪を耳にかけると真っ赤に染まった頬が露わになった。
「そ、その……」
なにかを言いかけては、ためらうように口をつぐむ。俺と目が合うと、衣川先輩は赤い顔で目を逸らした。まるで恥ずかしがっているかのような仕草に、なんだか俺まで頬が熱い。
「ごめんなさい!」
衣川先輩は突然立ち上がると、ばっと両手で顔を覆って走り去っていった。
なんだったんだ、今の……。
俺は上体を起こし、そして、そこに落ちているモノに気づいた。
それは小さなUSBメモリだった。
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