第7話 パンデモニウムにて
≪パンデモニウム≫
薄暗い部屋に、豪華なテーブルが置いてある。それを囲む椅子もまた高級品だ。部屋の中に飾られている絵画や
「おい、聞いたぜベルゼ。お前、人間の街で腕を落として来たんだって? その腕はちゃんとくっついてんのか。ギャハハ」
「マーモは昇格したての
ただの脅しではない、本当にそれが出来る実力がベルゼには備わっている。しかしマーモもおいそれと引き下がる訳にもいかない、序列『魔王』の称号はダテではないしプライドもある。
マーモが
「はぁ、誰が誰の首を斬り落とすって……? お前にやれんのかよベルゼ」
鎌を取り出そうとすると、ベルゼは腕を掴まれた。
「その辺にしとけ、ベルゼ、マーモ。魔王七柱同士、本気で争うのは
「わかったよ、ルシフ。君がそう言うのなら仕方ないなぁ」
ベルゼは大人しく引き下がる。マーモは不満そうに舌打ちをして椅子に腰掛ける。それを見たルシフはベルゼの腕を離し、椅子に腰掛けた。
ルシフは内心うんざりしていた。こういう些細な事で殺し合いに発展する事は珍しくない、同じ魔王という称号の中で、誰もが自分が一番だという虚栄心を少なからず持っている。マーモはとりわけそれが強い。隙あらば誰かを蹴落としてのし上がる、そうやってマーモは魔王の地位まで登ってきたのだ。
「ベルゼ、セルトガの街で何があったんだい?」
ルシフは表面上は優しくベルゼに説明を求める。魔王七柱をまとめるという役割の上では、仕方のない事だったが、彼のストレスは溜まる一方だ。本当の所この三人の中で一番暴れ回りたいのは彼だった。
「実はさぁリリア・メイデクスと、二つの加護を持つお兄さんに会ったんだよね。びっくりでしょ? 二つ同時に加護を持つなんて初めて見たよ。しかも一つは龍神の加護だよ!」
ベルゼは満面の笑みで興奮して話す。最近退屈していたベルゼにとって『ユウシ』との出会いはかなり刺激的だった。新しいおもちゃを見つけたという喜び、そのおもちゃをどうやって手に入れ、どう遊ぶのか? それを考えるとベルゼの興奮は止まらないのだ。
その話を聞いて、マーモが驚いて声を荒げる。
「龍神の加護!? 嘘だろ、竜人族はとっくの昔に滅んだ筈だぜ? そいつ……竜人族の生き残りか?」
「二つの加護持ちは間違いなく人間だったよ」
「人間に龍神の加護が宿るなんて聞いた事ないぜ」
マーモは険しい表情を浮かべる。その表情を見たルシフは、少し驚いた。マーモは基本的に自分の利益に繋がる事にしか興味がない。そんな彼の口癖は『金にならないからほっとけよ』だ。
「マーモがお金以外の事に興味を示すなんて、珍しいじゃないか。どういう心境の変化だい?」
もちろんマーモは『ユウシ』という人間には興味がない、興味が湧いたのは竜人族の方だ。
魔族の中でも貨幣が流通している、中には人間と商売をしている者もいる程だ。金が好きなマーモは幅広く商売をしている、奴隷商はマーモの一番の資金源だ。
マーモが一瞬考えたのは、竜人族を量産して奴隷として売れないか? という下卑た思考だった。しかしベルゼが絡んでくるなら考えを改める必要がある、理由は『面倒』だからだ。
ルシフの問いにマーモは鼻で笑うように答える。
「はっ、別に興味はねぇさ、ただちっとばかし驚いただけだよ。たかが人間だろ? 加護なんて持ってたって、ろくに使いこなせやしねぇさ」
マーモの発言を聞いてベルゼはクスクスと笑う。
「何がおかしい?」
マーモはベルゼを睨みつけて冷たい声を放つ。
「いや、あのお兄さんには腕を斬られちゃったけどさ、百年くらい前にマーモとやり合った時、君は僕の腕を斬り落とす事すら出来ずにやられちゃったじゃん……忘れたの?」
過去の出来事を持ち出し、明らかに見下してくるベルゼに対しマーモは、歯をくいしばり激昂した。虚栄心の強いマーモからしたら当然だった。
「何だとベルゼ! もうあん時とは違ぇんだよ! もう一度――」
「――いい加減にしろ。ベルゼもだ」
ルシフが仲裁に入る、口調に怒気が混じっていた。こうしてまた彼のストレスが溜まっていく。
マーモはルシフの迫力に押されて、一瞬身体が硬直した。本能的にルシフが自分より上だと認めてしまった瞬間だった。それも仕方がない事だ、魔王の中でルシフは一番の実力者であり、皇帝エレグリオスの息子でもある。
「ルシフそんな怒んないでよ、僕が悪かった。マーモもごめんよ」
そう言ってベルゼは舌を出した。まるで悪戯がバレて謝っている子供のようだ。容姿が子供なだけに
「リリア・メイデクスの方はともかく、あのお兄さんは
「ベルゼの言う通りだ、あまり人間を甘く見ない方がいい。千年以上前、そうやって人間を甘く見た結果があの『ヤハルの大結界』だ。
「そうだよ、マーモ。エレグリオス様が欲しいのは、
ルシフの話をベルゼが補足すると、マーモは諦めたように二人の意見を聞き入れた。
「わーったよ。そんで他のヤツらはどうしたんだ?」
「全員を一度に呼ぶと必ず争いになるからな、お前らだけでもこの通りだ。だから時間をズラして伝えてある。それより現状で
そう言ってルシフは深刻な顔をする。
「獣人族の王『ガルフノーム』だろ? んな金になんねぇ案件はほっときゃいいさ。ベルのヤツに任せとけばいいだろ。あいつの領地から一番近いんだしよ」
「まぁそう言うと思ったから、マーモには期待していないさ。獣人族の件はベルフェアに任せるつもりだったしな」
これはルシフなりのマーモに対する嫌味のつもりだったが、気付かなかったようだ。気を取り直してルシフが冷静に話を進めると、ベルゼが口を挟む。
「そういえば
「レヴィが誰も手を出すなと言っているからな、もう少し様子を見よう」
ルシフは腕を組んでため息を吐く。
「現時点では大した問題ではないが……もし、リリア・メイデクスが聖女の力を覚醒させたら面倒な事になる」
「多分あのお兄さんと一緒に行動してると思うよ。雪原のニヴルに向かったらしいから、ローセルに任せてみようよ」
ベルゼは楽しそうにはしゃいでいる。その様子を見てマーモは小さく舌打ちをした。
「ローセルか、あまり従順なヤツじゃなかった筈だが」
「大丈夫だよ、ちゃんと首輪を付けてあるからさ!」
マーモはベルゼの話を聞き下卑た笑みを見せる。
「俺もその
「それならベルゼに任せるよ。それじゃお前らはもう帰っていいぞ、残りの連中には私が伝えておこう」
ベルゼは笑顔で手を振り、マーモは不敵な表情を浮かべたまま姿を消した。
ルシフは
「
一人になったルシフは、隠していた本性をさらけ出し怒声をあげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます