第4話 共同戦線

 しばらくすると、食事の用意が出来たらしく食堂に案内された。

 テーブルには見た事ない料理がズラリと並び、リリアは鎧を脱ぎ、ワンピースのような服を着ている。

 こうして見るとまた雰囲気が違う、美しさと可愛いさをあわせ持った女の子に思わず惹かれそうになる。俺は中学生みたいに自分の感情を隠して平静を装った。


「あれ、さっきの小うるさいキュイールとかいうヤツはどうしたんだ?」


 リリアは苦笑いを浮かべた。


「食欲がないって言ってたわ、何だかさっきからふてくされてるのよね……それより座って? 料理が冷めちゃうわ」


 よほど俺の事が気に入らないんだろうが、あいにく慣れっこだ。特に気にとめる事もなく、俺は椅子に腰掛けた。


「それじゃ、いーっぱい食べてね」


「んじゃまぁ、いただきます」


 焼いた肉の香ばしい香りが食欲をそそる。俺は目についた料理に手をつけた。味は思ったよりずっと美味うまいが、肉は食べた事ない味の肉ばかりだった。何の肉かは聞かないでおく、食文化は様々だ。世の中には知らない方がいい事もあると俺は知っている。


「早速いくつか聞きたい事があんだけどよ、いいか?」


「うん、私も聞きたい事があるの。私の質問にも答えてもらっていい?」


「もちろんいいぜ。でも、まずこっちから質問だ。加護って何なんだ?」


 リリアは食事をする手を止めて、髪の毛を耳の後ろにかけた。


「加護と言うのは、神に与えられた特殊能力よ……攻撃を自動的に弾いたり、自分の身体能力を高めたりする事が出来る。加護にも種類があって、例えば私のは勇気の加護。覚醒すれば自分や他人を奮い立たせたりする事も出来るらしいの」


 神に与えられた能力ねぇ……あのジジイの事を思い出すといまいち釈然としないが、この能力がなかったら最初の森で死んでただろうな。


「なるほどね、誰でも持ってる能力じゃないんだろ?」


「もちろんよ、神の加護を受けた人間はそういないわ。ユウシは、その中でも特に珍しい加護を持っているみたい。ベルゼの言ってた龍神の加護……私も初めて聞いたわ」


 リリアは眉根をひそめて頬杖を突く。


「そうなのか? そんならあの白い炎は加護ってヤツなんだな」


「そういう事になるわね……私からも聞きたい事がある。ユウシはこの世界の人間じゃないわね?」


 リリアは真剣な顔で、真っ直ぐこちらを見つめながら言った。


「そうみたいだな」


 リリアは少し驚いた表情を浮かべて、小さなため息をつきグラスの水を一口飲んだ。


「聞いた事あったけど、本当にいたのねって。にわかには信じがたい話だけど……でも逆にその方がしっくりくるわね」


「俺の他にもいるのかよ!? ――」


 リリアにそう言った直後に一瞬固まった、そしてこの世界に来る前の神沼の言葉が俺の脳裏のうりによぎる。


 待てよ……そういやあのジジイ、確か俺の事をみたいな事を言ってような気がする。だとしたらそいつに報酬を横取りされる可能性もある訳か。


「どうしたの、そんな怖い顔して? 噂で聞いた事あるだけよ。耳にした時は信じられなかったけどね」


 今慌てても仕方ねぇ、そいつより先に魔族の皇帝を倒すしかねぇな。


 俺は気を取り直して話を続けた。


「信じても信じなくてもどっちでもいいけどよ、とにかく俺は別の世界から来た。そんで元の世界に戻る為には、魔族の皇帝を倒さなきゃなんねぇんだってよ――」


「――皇帝を倒す……ユウシ、本気なの?」


 怪訝な顔をしているリリアを一瞥してから、俺は肉を一切れ口に放り込み、飲み込んでから答えた。


「もちろん本気だ、それ以外に帰る方法もなさそうだしな。報酬ももらわなきゃなんねぇし」


 それを聞いてリリアはため息を一つついた。


「報酬って事は誰かに雇われてるのね……詳しい事情は聞かないけど、皇帝を倒すという目的は同じなんでしょ。だったら協力しない?」


 同じ目的なら悪くない申し出だな、こいつらを利用する方が賢い。

 だが、もう一つ気になる点がある……。


「リリア達の戦う理由は何だ? どうして皇帝を倒したいんだ。それに皇帝は何で人間の世界を侵略するんだ?」


 リリアは目を丸くして、一瞬時間が止まったかのような沈黙が訪れた。


「そ、そうね……難しい事聞くのね……。魔族は世界中全ての種族を奴隷にしようとしているのよ。中には人間を食料としている悪魔もいる。『』と言われているけど確かな事はわからない。私の戦う理由は……せ、聖女だからよ! そうよ、魔族を倒す為の聖なる力を宿した聖女だからよ。ベルゼに関しては恨みがあるからだけど……」


 何か困らせたみたいだな、リリアが急にムキになった。ちょっと気になっただけなんだが、柔らかい部分に触れてしまったらしい。でも何となく察してしまった、恐らく完全な自分の意思によるものじゃないんだろう。そこを責めても仕方ないし、意味もない、俺にはそんな資格もない。俺の戦う理由は『金』だからな。


「わかった、最後にそうだな……皇帝を倒す為に、リリアは俺について来い。それでどうだ?」


 怪訝な顔をするリリアと視線が混じり合う。


「何か違いがあるの?」


「大ありだ、俺をリーダーにしろ。じゃなきゃこの世界を魔族から救った事にはならないかも知れない、もしそれで報酬が減ったら困るからな。保険だよ、それにリリアは目的が達成されれば問題ないんだろ?」


 リリアはそれでもポカンとしている。


「何もふんぞり返って命令だけするような馬鹿な真似はしない。形だけでいいからリーダーって事にしてくれよ」


 リリアはまた髪を耳にかけて、ふぅと軽く息を吐く。


「そうね、それで構わないわ。悔しいけど、実際今の私よりユウシの方がずっと強いしね」


「契約成立だな、それじゃよろしく頼むぜ。じゃあ早速明日にでも皇帝の所に出向いて――」


「――バカな事言わないの! 物には順序があるでしょ。それにいくらユウシが強いと言っても、今の戦力では魔王の一柱ひとはしらすら倒せない。今日の事でよくわかったわ……ベルゼはまるで本気を出していなかったのよ」


 リリアが驚いて声を荒げると、周りの宿泊客から視線を集める。リリアは申し訳なさそうにに軽く頭を下げて、声のトーンを落とした。


「皇帝の下に魔王七柱まおうしちはしらがいる。まずはそいつらを全部倒してからね。一度に相手出来る程甘くはないわよ」


「えー、マジかよ……んじゃまずはどいつをぶっ倒すんだ?」


 俺の楽観的な態度に、リリアは呆れるような態度を見せた。


「はぁ……魔王を相手にする前にこちらの戦力を固めねなきゃね。だから加護を持つ仲間を集める」


「どこにいんだよ? 募集の広告でも出すのか」


 俺の冗談はリリアには通用しなかったようで、華麗にスルーされた。


「そもそも私がこの街に来たのは、それが目的よ。この街より東に雪原地帯があるの。そこにむ氷の加護を持つ者を仲間にするのよ」


「何だか遠回りしてるような気がすんだけどな……それでどんなヤツなの?」




「――『氷の魔女』と呼ばれている魔法使いよ」

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