第36話 魔導フェスタ7

 『殺す』ということについて、俺は問いたい。

 何もしていない人を殺せば殺人の罪に問われる。これは世界の常識だ。

 俺だって、誰も殺さなくてもいいなら殺さない。

 では虫は?

 動物や魔物を殺して罪に問われるのか?

 答えは基本的に罪には問われない。

 より正確にいうなら、人間を殺した時と同じようには罪に問われない。


 さて、目の前にいるこの化け物はさっきまでダレンという名の人間だった。

 これは果たしてどういうくくりになるのだろうか?

 魔物と切り捨てて殺すのか?

 人間だから殺すのはためらうのか?




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 目の前の化け物は背中に生えた触手で攻撃を仕掛けてくる。

 マルクトの使う武器は先程の隊長の男との戦いに使用していた氷の剣で、それを使って襲いくる触手を切り刻む。

 氷の剣の特徴でもある氷結は化け物の触手を凍らせるが、化け物は凍った触手をすぐに切り捨て再生させる。


 化け物の攻撃は徐々に鋭くなっていき、傷を負っているマルクトは防戦一方になっていた。

 だが、マルクトも何の考えもなく戦っているわけではない。

 先程遠くへ避難させた生徒と同僚を逃がす時間稼ぎをしているのだった。

 エリスとエリナの二人を巻き込んでしまったことで結果的に彼女達に負担をかけてしまったことはマルクトも後悔していた。

 一応、側にカトウがついていることが優一の救いではあるが、だからといってこの化け物を放置することは出来ない。

 目の前の化け物と戦っている一分一秒が彼らの命運を握る。

 彼女たちのうち三人は動けない。

 彼女たちを出来るだけ遠くに逃がすためには、マルクトが常に気をひく必要があったのだ。


 別に負けるとは思っていない。

 ただ、この化け物が追い詰められた時に自爆や、逃走という手段をとった場合、彼らに被害が無いとは言いきれない。

 ましてや、先程やられた身としては可能性があると考慮しなくてはならなかった。

 本来なら、こんな化け物すぐに塵芥にしてやりたいところだが、生徒の安全が第一だと自分に言い聞かせて、攻撃を受け流す程度でおさえていた。

 

 戦い始めてもうすぐ十分が経過しようとした時だった。

 敵の単調な攻撃をかわしたとき、一瞬だが急に化け物の動きが止まった。

 今までは一切躊躇することなく、連続攻撃を仕掛けて来たというのに、それにも関わらず化け物は一瞬確かに硬直した。


 時間にして一秒もたたずに、化け物は再び動き出す。

 だが、その動きは先程までの単調な攻撃ではなく、複数の触手を使っているのは変わらないが、まれに搦め手を用いた戦い方になる。

 先程の単調な攻撃でもおさえるのに苦労していたマルクトに視界外からの触手が襲いかかる。

 慌てず冷静に対処しようと試みるが、さすがに氷の剣一本では凌ぎきれなくなり、マルクトは大きく後ろに飛んで、跳躍による回避を行う。

 だが、


「な!?」


 次の瞬間、その行動を予想していたかのように、空中にいるマルクトに大量の触手が襲いかかってきた。

 化け物の背中に生えた触手が一斉にマルクト目掛けて伸びてきたのだ。

 マルクトは、その触手攻撃を対物理の結界魔法で防ごうとするが、化け物の触手攻撃は一点に集中していたため、マルクトの対物理の結界魔法をいとも容易く破ってみせた。

 結界が破れたことにより、触手による突きをマルクトはもろにくらった。


「グハッ」


 その結果、触手の攻撃によって、マルクトの体は壁に激突する。

 その威力にさすがのマルクトも無傷とはいかなかった。

 ところどころに壁に激突した際に負った打撲痕、衣服はぼろぼろに引き裂かれ、最初に斬られたところからは、血が溢れ続ける。そして極めつけは、下腹部に空いた穴、内臓まで到達していてもおかしくない傷が下腹部にあいていたのだ。


 ギリギリ致命傷を避けたものの、他の人間が受ければ即死は免れない威力であったことは明白だった。

 そんな攻撃を受けた後も未だに立って動けるのは、保険を効かせていたからにすぎない。

 それでも、今すぐに治療をしなくてはならない程の攻撃を回復しないのは、再び化け物の攻撃が再開されたからだった。

 回復魔法による治療も敵が、連続攻撃で休ませてくれないのであれば使えはしない。

 なにせ立ち上がった瞬間、攻撃を再開してくるのだから回復魔法を悠長に自分にかけている場合ではなかったのだ。

(まさか、俺の膜まで突破されるとは、思ってもみなかった)

 それがマルクトの偽らざる本音であった。

 連戦による疲労も多少はあるが、それでも、膜を破ったのは化け物となったダレンの力を見誤ったマルクトの責任であろう。

 しかし、今の攻撃でマルクトが死ななかったということは、マルクトの勝利はおそらく確定となるだろう。

 なにせ、本物の化け物を本気にさせたのだから。



 


 目の前の化け物を逃がす? 自爆する?

 なぜ俺はそんな不確定な未来のために、こんな痛い思いをしているのだろうか?

 化け物を逃がす? 俺が? この俺が?

 そんなことされる前に、殺せばいいじゃないか。

 目の前の化け物はエリナを殺そうとした。

 庇ったエリスを追い詰め殺そうとした。

 だったら、俺に躊躇う理由は何一つ無い。

 それが俺の答え、大切な者を傷つける者へ相応の苦しみを与える。

 それがたとえ化け物だろうが、人間だろうが、大きな組織だろうが、俺の大切な者を傷つけるというのなら容赦はしない。

 

『覚悟を示せ、信念を曲げるな。襲いくる脅威は全力ではね除けろ!』


 昔、俺を救ってくれた師匠が言ってくれた言葉が脳裏を駆け巡る。

 死にかけのマルクトはその言葉を噛みしめ、呟く。


「activation」

 

 マルクトのその言葉に呼応するかのように、攻撃を避けるマルクトの体が輝き始めた。

 その輝きに化け物が一瞬躊躇する。

 輝きがおさまると、マルクトの体の傷はみるみる消えていき、マルクトの体力も元に戻る。

 光が収まり、化け物の攻撃が更に威力を増したものになる。

 しかし、マルクトの動きは先程よりも機敏になっており、搦め手による触手攻撃もいとも容易く避ける。

 それを見た化け物は、先程マルクトに大ダメージを与えた彼自身の最強の一撃を再び放った。

 先程とは違い、マルクトには避けるという選択肢がある。

 しかし、マルクトは避ける気配すら見せない。

 マルクトは構える。


「convergence」


 マルクトがその言葉を発すると右手がひかり輝く。

 化け物の攻撃がマルクトに届こうとしたその時、触手の先端にマルクトの輝く拳が突き刺さった。

 次の瞬間、化け物の触手は全てが粉々に砕け散り、先程とは違い化け物が吹き飛ばされるという結果になった。




 

 ダレンの体を奪ったそいつは、今の一撃で完全に戦意が削がれていた。

(早く逃げなくては、この者に殺されてしまう。せっかく奪った肉体をむざむざ殺されてたまるか!! 何か、何か策はないのか?)

 そう考えている間にも、マルクトは距離を詰める。

 一歩、また一歩と、まるで怯える敵に恐怖を与えるかのようにゆっくり、化け物の元に寄る。

 


「ま、待て! 人間、お前の欲しい物を何でも叶えてやるぞ。お前が欲しい物、復讐したい者、何でも望みを叶えてやるぞ? お前は何が望みだ?」


 ダレンの中にいる化け物は、マルクトに契約を持ちかけた。

 マルクトの望みを叶え、体を奪い、最強の体を手に入れる。

 そんな浅はかな考えは、マルクトの次の言葉によって打ち砕かれる。


「お前の力は必要ない。俺が今一番欲しいのはダレンの中にいるお前の死だ。その体と共に、消え失せ、未来永劫俺の前に現れるな!!」

 

 マルクトの手の中に光る親指程度の結晶が砕かれ、とてつもない魔力の塊が現れる。


「release&shot」


 その言葉が引き金となって生み出された光る高密度のエネルギーの塊はダレンとその中にいる化け物を包み込む。


「くそっ! こんな、こんなはずではーーー!!」


 その言葉を最後に化け物は消滅した。

 光が消え、後に残るのはマルクトだけだった。


 こうして、ダレンによる騒動は幕を閉じたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る