第34話 魔導フェスタ5
マルクトの姿を現せとの発言によって現れたのは一人の男だった。
白いウェーブがかった髪が特徴的なその男をマルクト達は知っていた。
ユウキからの情報によって浮かび上がった、敵に情報を流していたとされる人物、次の日に話を聞こうとしたが無断欠勤で今まで会えなかった新任教師のモーガンだった。
「どうせ、ユウキから聞いてるんだろ? 俺がスパイだということは」
「ああ、やっぱりあの日から来なかったのは、あいつらが捕まったのを知っていたからか」
「まぁな、あのバカ共がユウキに女装させてあんたに会わせるなんてバカなことさせるから失敗したんだ。これだから、能無しの貴族は駄目だな。まぁ、あんたが関わった時点で失敗するのは分かりきっていたよ」
モーガンはやれやれといった仕草でため息をついた。
マルクトはモーガンの余裕のある仕草を不可解に思いながら話を続ける。
「……そうかい。ところで、お前はなんでそっち側なんだ? お前らの目的は一体なんなんだ?」
その言葉にモーガンは急に怒りを露にする。
その急激な変化に身構えるマルクトにモーガンは言った。
「こいつらと俺の目的は、この国の貴族への復讐。そして、俺個人のもう一つの目的は、殺された妹のために、お前を殺すことだ」
マルクトに向けられて、発せられたその言葉に場は騒然とした。
マルクトにしてみても、今まで女性を殺したことはなかったし、モーガンが何を言っているのかよくわからなかった。
モーガンはマルクトの驚いた様子を見てクククと笑い始めると、その姿が歪み始めた。
再び、場に緊張がはしる。
そして、歪みがなくなったその姿は、全くの別人の姿だった。
意味ありげに含み笑いをしたあと、
「これで、お前でも少しは思い出せるようになったか?」
と言ってきた。
しかし、その姿に見覚えがあったのはエリナだけだった。
「……ダレン、先生?」
エリナの呟いた言葉に、マルクトは驚くが、冷静になりその姿を観察した。
目の前に立つ茶髪の男が、ダレンというエリナとユウキの中等部の頃の担任だそうだが、やっぱり彼の妹というのがいまいちよくわからない。
「やっぱり、お前の言う妹の件ってのが俺にはさっぱりわからない。さっきから何のことを言っているんだ?」
その言葉を聞いたダレンの目は、寂しそうなものになっており、静かに語り始めた。
「……俺の妹は感染病にかかったんだよ」
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十年前、この国の貴族の行った事業が原因でとある伝染病がはやった。
当時の貴族たちが汚染物質を海に廃棄処分することにより魚が汚染されるというもので、その汚染された魚を食べた者は高確率で死に至る病気を発症し、生きていても体を蝕み続ける新しい不治の病になっていた。
だが、事業を行った貴族はそれを隠蔽し、自分たちに繋がらないように、原因不明の感染病だと偽って公表した。
世間の者はそれを信じ、その病気を発症した者を迫害し隔離する。
そんな時、立ち上がった者がマルクトだった。
マルクトは、新しく出来た魔法の実験と称して、その不治の病を発症した者たちに、状態異常完全回復魔法をかけて無事に治していく。
この中には当時十歳のクレフィもいた。
その後、治療法発見と空気感染をしないことが発覚したことにより、国王による原因究明が行われ、原因となった貴族たちは捕まり、貴族の地位を剥奪、投獄されることとなった。
事件は無事に解決し、不治の病改め、当時事件の中心になった貴族のパシメルンという家名を用いて『パシメルン病』と名がつけられた。
マルクトはその後も、同じようにパシメルン病で苦しむ人々を治していく。
マルクトによる治療は誰でも受けられるように無償で行おうとしていたのだが、無償は後々難癖つける奴がいるからという友人からの助言により、格安で請け負えるようにし、事件は終息に向かっていき、今では発症することも減っていった。
だが、ダレンの話によると、彼の妹が六ヵ月前に、運悪くパシメルン病にかかってしまった。
そのため、ダレンはマルクトの元に訪れたが、マルクトはその時魔王討伐で家を留守にしており、ダレンにはいつ帰るかわからないと伝えられた。
妹の病気を治せる者が運悪く不在だったことはショックだったが、帰ったら請けおってもらえるように頼んでおくとマルクトの執事と思われる男性に言われたため、その日は帰り、約束の時を待った。
そして、同時期にいじめの相談をユウキから受けた。
ユウキの言葉を信じ、いじめていた少年たちを問い詰めると、その中の一人が父親に言いつけるとそう言ってきた。
自分の行動は何も間違ってはいない。
そう信じて、生活を続けるダレンに、サテラス家の当主が妹の病気を治せるマルクトに相談して、妹を助けてやろう。その代わり、息子のことは黙っていて欲しいと頼まれた。
当然断れば、マルクトに頼んで妹は治させない。
その言葉は当時のダレンにとって衝撃的なものだった。
早く治さないと死んでしまう妹と、いじめられている男の子のどちらを助けるのかを天秤にかけたが、ダレンはすぐにサテラス家の当主に了承の意を伝えた。
彼の言葉を無視しても、彼が死ぬわけではない。
人の生死がかかっているんだ、彼もきっとわかってもらえる。
次の日、いじめの件は問題に出来ないとユウキに伝えた。
ユウキはショックを受けて、ダレンを問い詰める。
自分は間違っていない。そう信じるダレンにとってユウキの言葉は心に迷いをうむ。
迷いは徐々にダレンの心を蝕み、ついに、
「お前のような子どもにいったい何が支払えるっていうんだ?」
そんな教師としては最低の発言をしてユウキを突き放した。
その2週間後、ダレンの妹は死んだ。
「どういうことですか!! 妹を助けてくれるというから、お宅の息子さんを庇ったんですよ! 約束が違うじゃないか!!」
「私に文句を言わんでくれ。私だって彼に頼んだが、彼が引き受けるかどうかは彼次第なのだ。彼に頼んだ際、前向きに検討するというから私も深くは言わなかっただけだ」
そう言われて、ダレンは追い出された。
こうして、ダレンの復讐が始まるのだった。
妹を殺したパシメルン病を作りだしたこの国を許さない。
俺を裏切った貴族は絶対に許さない。
そして、俺の妹を救ってくれなかったあの男『マルクト・リーパー』だけは何がなんでも許さない。
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話を聞いたマルクトは頭が痛くなるのを感じていた。
マルクトにとってそんな話は初耳だった訳だし、そもそも、その時期はこの国にいなかったから、引き受けるも何も不可能だったのだ。
その貴族がある人を救って欲しいと家に来たことはクリストファーから聞いてはいたが、それはもう依頼されてから三ヶ月も後になる。
「嘘にしか聞こえんだろうが、俺はそんなことは知らんぞ。前向きに検討もへったくれもないんだ。その時期はこの国にはいなかったし、お前の妹の件の依頼を知ったのは三ヶ月も後だ。お前その貴族に嘘つかれてるぞ」
「そんなことは今更どうだっていいんだ! お前の事情なんか知ったこっちゃない! お前がこの国にいれば、妹を治せた! お前がどこにも行っていなかったら、妹が死ぬことはなかったんだ!!」
ダレンは凄い剣幕でマルクトに言うが、それを聞いていたマルクトは冷静に口を開く。
「……そもそも、それで何故俺に頼る?」
「なに?」
「状態異常完全回復魔法なら、そこにいるカトウも使えるだろ。国にいない俺なんかより、同じ教職の立場のこいつに頼んだ方が良かったんじゃないのか?」
「まぁ、試したことはあんまりないが、確かに俺も使えるぞ。それに俺なら、頼まれたら即引き受けたぞ」
マルクトとカトウの意外な発言にダレンは衝撃を受けた。
「……え? そんな、いや、そんなはずはない! 俺は確かに聞いたんだ。彼にしか治せないと!!」
「……いったい誰がそんな無責任なことを。そもそも術式はこの国の魔導書にも新しく記されている。お前なら覚えれば、出来ただろうに。紫ランクなら出来ないこともないんじゃないか?」
「……そんな、俺でも治せる? それなのに、それなのに俺は人にばかり頼って。妹を見殺しにしたのは『俺』なのか?」
マルクトに自分でも妹を治せたことを知り、ダレンは己の過ちを後悔する。
それは復讐を決意したダレンにとって自分の考えを見直すきっかけになる。
冷静になったダレンの心の奥底でもう一つの存在は語りかけてくる。
(お前の妹を殺したのは、この国だ! 目の前の男だ!)
(違う。……悔しいが彼の言うことは正しい。俺の怠惰が原因だったんだ。俺が人に頼らずに自分で治す方法を探していれば、…妹は助かっていたかもしれなかったんだ)
(それなら、復讐は終えるのか?)
(ああ、悪いがこの話はもう終わりだ。俺のせいで傷ついた生徒がいる。俺はその生徒に謝らなくては)
(契約成立だ! これでお前の復讐は終わった。そして、お前の体は俺のものだ!!)
この言葉を引き金にダレンの意識は完全に消滅することになった。
きっと己の中で葛藤しているのだろう。
救えた筈の妹を知らなかったとはいえ、死ぬ結果に導いたのは彼自身だ。
マルクトの考えは的を得ていたが、それは、彼の中に
急にダレンの様子がおかしくなった。
刹那、ダレンの体から妖気が漏れ出てくるのを、マルクトとカトウは感じ取っていた。
「「全員下がれ!!」」
二人の言葉に危険を感じ取った他の動ける者はそこから退避した。
だが、
「「「グワァ!?」」」
メルランに気絶させられた巨漢の男と、マルクトの最初の一撃によって意識不明の重態の男、そして双剣で隊長の援護としてマルクトと戦い、致命傷を負い気絶して動けなくなった小柄な男、そして副隊長と共に行動して、エリナの攻撃で意識を失っている男は、ダレンの体から出てきた黒い何かに体を貫かれ、絶命した。
カトウは逸早く気付いていたため、先程降ろしていたぐるぐる巻きにした少女を担ぎ上げ回避するが、少女を担いでいるためうまく飛べず、カトウにも死の刃が届く。
だが、カトウに届くはずだった攻撃は、こちらに走ってきていた隊長の男に阻まれた。
まともには動けなかったであろう隊長の男は、それにも関わらず娘を守るために動いたのだった。
彼は身を呈して娘を庇った。
「お父さん!!」
急に担ぎ上げられた衝撃から、目を覚ました少女の目の前で黒い何かは父の腹部に刺さる。
刺さっていたものはダレンの元に戻り、隊長の男は血を流しながら倒れた。
自分の腹部から溢れでてくる血を眺め、もう長くないことを悟った男は最期の言葉を息も切れ切れになりながら告げ始める。
「……アリサ、お前は俺の真似なんかするなよ。俺のような出来損ないが父親でお前には本当に迷惑をかけたな。そこの東洋人の男よ」
放心状態だったカトウに隊長の男の言葉が届く。
目の前で生きていた者が死んでいく恐怖はいくら見たって慣れはしない。
ましてや、今回は結果的にカトウを庇って瀕死の重症を負ったのだ。
助けられない、そんなのは見ればわかる、わかってしまう。
だから、カトウは男の言葉に耳を傾ける。
「……なんだ?」
「娘は今回が初任務で、悪いことはまだ何もやっちゃいない。……娘を許してやっちゃくれねぇか?」
「……無理だ。銃刀法違反と不法侵入の罪を重ねて、俺に対しては殺人未遂を犯しているからな。彼女を見逃すことは俺には出来ない」
「……そこをなんとか、頼めねぇか?」
「無理なものは無理なんだ。俺は教師なんだ。俺には犯罪を犯した彼女を見捨てられない。だから、お前の娘は俺が矯正させてもらうよ」
「…いいのか?」
「娘を命がけで助けたあんたの頼みだ。彼女が胸はって生きられるようになった時、その頼みを聞き入れてやるよ。だから、安心して逝け」
「……すまない」
「……お父さん、……置いてかないで」
その言葉に答える者はいなかった。
こうして、彼の命の灯火は儚く消えたのだった。
目の前の現実を受け入れられないアリサの体に巻きつかれていた鋼糸は、カトウの手によって回収された。
体が自由になったのを感じて、一瞬カトウを見上げるアリサ。
だが、すぐに父の元に寄って体を抱き寄せるが、反応するのは、腹から流れる血だけ。
揺らしても、顔を叩いても、呼び掛けても反応はない。
きっと、自分をいつもみたいにからかっているんだ。だったら顔を殴れば、さすがに死んだふりをやめて、いつものように、勘弁してくれって焦った顔で言ってくれるに違いない。
そんな希望にすがるように、アリサは拳を振り上げたが、その腕をカトウに掴まれる。
自分の腕を掴み、顔を横に振る男の仕草を見て、父は死んだことをついに、アリサは理解した。
理解したからこそ、涙は溢れ、喉は枯れる程の声量を発する。
それを止められる人は誰一人としていなかった。
だが、危険は刻一刻と迫っていたのだった。
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