欲深い悪魔の話②

 

 なぁーんて、殊勝なことを考えていた時もありました!


「はあーあ。このカフェのベリーパイ、見た目はかわいいのに味は大したことないですねぇ。ヴァリシュさんの手作りベリーパイの方が十倍美味しいです」

「お前……そういうことを店内で言うな。店員さんに聞こえるだろ」

「だって、本当のことですし。ヴァリシュさんのお顔にも書いてありますよ、味が微妙だってー」


 指摘すればヴァリシュさんが顔をしかめ、後ろで店員さんが「そんな!」と顔を真っ青にしてその場にしゃがみ込んでしまいました。

 人間はなぜ、本当のことを喋ってはいけないって考えるのでしょう。指摘して直るようなことなら、どんどん言った方がいいと思いますけどね。


「ま、負けるものか……! 我が生涯を賭けて、ヴァリシュ様を超えてみせる!!」

「おい、なんか余計な場所に火が点いたぞ」

「いいじゃないですか、私は美味しいベリーパイを作れるパティシエが増えてくれれば万々歳です! 目指せ百人!」

「その野望、忘れてなかったのか」

「ヴァリシュさんでやっと一人目ですから、残り九十九人……先が長いですねぇ」

「なんで俺がカウントされてるんだ」


 一時期はお別れの危機でしたが、今はこんな感じでラブラブなデート中です。ヴァリシュさんが「しかし確かに、味はあれだが見た目は華やかだな。これが映えというやつか」と職人モードになってしまっていますが、デート中です。


「いいじゃないですかっ。ヴァリシュさんのお料理やお菓子作りの腕は、プロ顔負けなんですから。それを生かさないなんて、損を通り越して罪ですよ、罪!」

「そう言いつつ、俺が騎士団の皆やリネットたちへの差し入れで作ったフィナンシェを全部一人で独占して食べたのはどこのどいつだ」

「タダで配るだなんてナンセンスです。そうだ、ヴァリシュさん。騎士なんてさっさと引退して、私と一緒にお菓子屋さんを開きましょうよ!」


 それは勢い任せの本音でした。おちゃらけながらも、本心は縋り付いて懇願したいくらいです。

 あの日以来、ヴァリシュさんは左目を眼帯で隠して過ごしています。それだけでも危なっかしいのに、神はどうしてもヴァリシュさんで遊びたいようです。

 契約魔法で授かった魔力のせいで、秘めていた能力が開花し、スティリナ王族の末裔であることが明らかになりました。これがどういうことになるのか、私には想像も出来ません。

 一つだけ明らかなのは、神は飽きるまでヴァリシュさんをおもちゃにするつもりだということです。

 騎士を辞めたところで、彼が戦いから逃れられるかどうかはわかりません。でも、ヴァリシュさんが逃げるというなら、私は彼についていきます。

 たとえ神や天使、そして堕天使が敵に回ったとしても、私はもう迷いません。


「菓子屋か……引退後は、そういう路線でもいいかもしれないな」

「ですよね、ですよね!」

「だが、やはり旅もしたいな」

「それじゃあ、お菓子に出来そうな食材を探す旅をしましょう! 世界各地を見て回り、まだ見ぬお菓子を山程生み出して大儲けするんです!」


 お菓子屋さんでも旅でも何でもいいのです。ヴァリシュさんが戦いから離れてくれるのなら。

 ……でも、


「菓子屋になるかどうかは置いておいて。せめて俺の後任が出来るまでは、騎士を続けるさ」

「……そう、ですか」


 私がどれだけ心配しているか知らないで、ヴァリシュさんは職務を全うするのだと言いました。立派ですけどね、もう少し私の気持ちを汲んでほしいのですが。

 それにしても、最初に会った時はお仕事をサボりまくっていたくせに、どうしてこんなに真面目になってしまったのでしょうね。


「あ、ヴァリシュさん見てください。教会で結婚式をしていますよ」


 ベリーパイを食べ終わった後、教会の前を通りかかると大勢の人が集まっていました。結婚式の最中のようです。


「ああ、本当だ。今日は天気もいいから、めでたさも倍増している気がするな」

「それにしても、人間って変わってますよねぇ。なんで結婚式をわざわざ教会なんかでするんですかね」

「そうか、悪魔は違うのか。悪魔の結婚式って、どういう感じなんだ?」

「大体同じですよ。家族やお友達を呼んで、ドレス着て、ご馳走とお酒をいっぱい食べてどんちゃんさわぎ。教会で神に誓うことはしませんけど」


 教会の鐘が厳かに鳴り響き、新郎新婦の二人が幸せそうに手を振っています。神に誓うなんて死んでも嫌ですが、結婚式自体には憧れます。

 私もいつか、結婚する日が来るのでしょうか。その時に私の隣に居るのは、誰なのでょうね。


「ふうん、そうなのか……俺も流石に、今は教会で結婚式をあげる気分にはならんな。そもそも予定もないが……なんだフィア、そのニマニマ顔は」

「いえいえー、別に何でもありません。でも私、人間の新婦が着るあのドレスは凄く好きなんですよ」

「ドレスって……ウエディングドレスのことか?」

「そうです! 悪魔の結婚式は赤とか青とか金とか。いかに多くの色を盛ってどれだけ派手に着飾るかが勝負ですからね。あんな風に白一色のお姫様みたいなドレス、一回でいいから着てみたいです」


 ひらひらでふわふわなドレス。女の子なら、絶対に一度は憧れます。そう言ったはいいものの私は、すぐに後悔しました。自分が悪魔であることを忘れていたのです。

 悪魔の翼が生えた純白の花嫁だなんて、想像するのもキツイです。ベリーパイに大量の塩をぶち込んだみたいです。


「……お前が、あのウエディングドレスを?」

「な、何ですか、文句あるんですか」


 ヴァリシュさんが怪訝そうに、私と花嫁さんを見比べます。そしてわざわざ一歩下がってからじっと私を見つめ、はっきり言いました。


「……お前には、似合わないと思うぞ」

「う……そう、ですよね。わかってますよ、私は悪魔ですもの」


 ヴァリシュさんはストレートに言う人なので、覚悟はしていました。でも、ヴァリシュさんから出た言葉だからこそ、突き刺さります。

 乙女心がわかってない! と、言い返す気力も湧かなくて。溜め息だけ吐いて、私はさっさとそこから離れようと思いました。

 でも、ヴァリシュさんのお話には続きがありました。


「お前は小柄で可愛い顔立ちだが、スタイルがいい。だから、あの新婦のものとは別のデザインにした方がいいと思うぞ」

「は、はい?」

「よく見てみろ、彼女はどうやら妊娠しているらしい。そんなに目立たないが、ずっと腹を庇うように歩いている。それに、あのドレスは胸の下にスカートの切り返しがあって、体型が目立たないデザインだ。最近ではマタニティドレスとしても人気らしいぞ」


 言われてみれば、確かに新婦のお腹が膨らんでいるように見えます。新郎がやたら気を遣っている様子からして、彼女が妊娠していることに間違いはないようです。

 ……いや、そんなことよりも。


「か、可愛い……ですか」

「そうだな、大人っぽいとも違う。しかし、いつもの格好も似合っていないことはないから、細身のドレスでも悪くないと思うが、個人的には――」

「ヴァリシュさん……私のこと、可愛い……ですか?」

「は? 急に何を言って……あ」


 饒舌だったヴァリシュさんがぴたりと止まり、代わりにお顔がどんどん赤くなっていきます。自分が何を口走っていたのか、やっと気がついたようです。

 ヴァリシュさんって、こういう素直なところが癖になるんですよねぇ。


「いや、その……あ! そういえば、急用を思い出したんだった。俺は帰る、じゃあな!!」

「待ってください! 私も帰ります、可愛い私と一緒に帰りましょう!」


 逃げようとするヴァリシュさんの腕に抱きついて、私は彼の隣を歩きます。そうです、これです。

 私が欲しいもの。絶対に手放したくないもの。


「ひっつくな、歩き難い!」

「えへへー、いいじゃないですか。ねえねえ、ヴァリシュさんはどういうウェディングドレスがお好みですか? やっぱり私はスタイルがいいので、露出は高めの方がいいですか?」

「知らん、俺に聞くな!」


 邪魔だと言いながらも、私のことを絶対に振り払ったりしない彼が嬉しいのです。多分、今の私を悪魔が見たら、指をさして笑うでしょう。

 翼はあるけど、彼の隣がいいから歩きます。魔法で洗脳すれば簡単だけど、彼の意思で振り向いてくれるのが嬉しいから何度もお名前を呼ぶのです。


「うふ、うふふ。ヴァリシュさん、今日の夕ご飯は何ですか? 今日は気分がいいので、特別に私がお手伝いしてあげますよっ」

「さっきベリーパイを食ったばかりなのに、もう夕飯の話。しかも上から目線とは……いいだろう。思いっきりこき使ってやるから、覚悟しろよ」


 平和で何もない一日。でもヴァリシュさんと一緒に居られるのなら、退屈なことなんてない。

 それを改めて知ることが出来た、贅沢な時間でした。


 


 

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