第5話 共同戦線と巨大化と
[視点カメラをYユニットに切り替えますか? Y/N]
タッチパネルのYを叩く。視界がダナン達の姿を捉えた。彼らは空中で移動し、木々の枝から枝へと距離を稼いでいるらしい。グラハが移動してから数十分。地面からの移動では追い付けないと踏んだのだ。
「……よろしく頼むぜ?」
「ええ。加勢が必要な時になったら呼びますよ。マリア、シュン達に解説を」
「はい。わたしの第21小隊は7名。中隊に合流して、斥候と援護を務めます。シュンさん、なにか質問は?」
「特にはないが……。周囲の状況をすぐに報告してくれ。映像も必要だが、マリア達の勘も必要なんだ」
「わたしの勘ですか?」
「ああ。映像と音声だけだと分からないことが多い。気づいたことでいいから頼むぜ」
「了解しました。頑張ります!」
表情を変えず木々を移動しているというのに、着地を失敗する愚かなことはしない。余裕を失わずあくまで冷静に実況している。ルーキーなのにやるじゃないか。
「今の時間でおよそ数分後に戦闘場所へ到着します。いいですか?」
「構わない」
「私もOKですー」
「ありがとうございます」
すぐに終着点へとたどり着く。
「さぁ、着きましたよ。[蒼猿の丘]です。あれは――」
カメラが大きな丘に着目する。丘の真下にはモンスターとNight_Soulのメンバー達が対峙していた。
ただし森は深い闇に覆われ、時折交錯する場面は見られるがよく分からない。
「暗いな……モンスターの姿は影しかわからないぜ」
「見にくいですか? わかりました。強度の暗視効果を付加させます」
マリアが端末機の調節ボタンをいじる。暗視効果のスキルがカメラに付加され、初めてモンスターを確認することができた。
モンスターは亀の姿をしていた。ただの亀じゃない。亀の甲羅の上にはカタパルトが装着されており、砲口には頑丈な鉄の塊があった。恐らくあの亀は[アームイッシュ]。遠距離狙撃型モンスターだろう。ランク1のエッジと比べると、戦闘能力は比べものにならないほど上がる。レベルは見えないが、油断はできないものだ。
「カルチェさん、見えますか? フィールドの中央から後衛に散開しているのが各小隊で、前衛はグラハさんの中隊が固まっています。アームイッシュは森林の奥に陣取っています」
「はい……遠くからでも分かります」
「よかったです」
マリアが小さく微笑する。カルチェのフォローで緊張の糸が途切れたようだった。
「説明はここまで。わたしは小隊の指揮をするので、ダナンにお任せしますね」
「はい、ダナンさんお願いしますね」
「謹んで承ります……早速両者のパラメータを調べてみました」
画面が赤と青の陣営に分けられ、赤は[アームイッシュ]。青はNight_Soulメンバーと表示されている。
「お、仕事が速いな。助かる」
「ありがとうございます。ダナンさん」
ダナンが作成したデータを開く。コメントには小隊と中隊、更には[アームイッシュ]の能力を詳細に書かれている。俺は資料に目を通した。アームイッシュは体長3メートル、体重1.5トン。レベルは575。ランクは2だ。攻撃習性は遠距離射撃型と書かれている。攻撃型は予想通りだったが、状況により近接格闘型に変形するともメモがあった。あの鈍重な前足で踏みつけてくるのだろうか。
パラメータ等の数値の変化はないが、Night_Soulは補助スキルの詠唱を始めている。アームイッシュは沈黙を保ったまま動かない。お互いが牽制し合っていて、まだ戦闘が始まっていないのだ。何故なのだろうか。
「ところでなんでNight_Soulはアームイッシュと対峙してるんだ? 目標はランク3だろ?」
「……はい、ランク3のモンスターはアームイッシュの遥か後方にあります。ただ、そのアームイッシュはランク3モンスターを守るような布陣で隙がありません。近づく者がいれば、襲撃が激しくなる。困ったものですよ」
「2つの意味でおかしいな。アームイッシュは特定のモンスターを守るような習性はないし、他種族のモンスター同士の連携なんて聞いたことがない」
「ええ、〝神隠し〟のせいだとギルドマスター・コヨミは見ています。だからこそ、アームイッシュを倒さなければならない。その向こうにランク3のモンスターがいるのは確実です」
「だろうな」
俺はコヨミの顔を思い出しながら、ダナンの言葉に頷く。〝神隠し〟はプレイヤーを取り込むだけでは飽き足らず、多彩なゲームを仕掛けてくる。知恵を試すゲーム、実戦闘力のみのゲーム、内容は星の数だけある。
〝神隠し〟のゲームに勝てればすべてのプレイヤーが助かり負ければジ・エンドだ。
数少ない成功例は、帰還者達のニュースでたまに見かけることはある。
さる思春期の青年は魔王を演じて全プレイヤーを滅ぼしてゲームクリア。さるビジネスマンは未開分野の開拓者になり半数のプレイヤー達を救出して、ゲームクリアを果たした。
姫は当時小学生でありながら器量と求心力を用いて、ゲームの全てを支配してクリア。未帰還者0といった「完全無欠の奇跡」を生み出した。知り合いという欲目を抜いても凄いことをやり遂げたのだなと思う。 俺は……俺のことはどうでもいいだろう。
「ダナン、前線の状態は分かったが――俺たちが踏み込むのはいつだ。……お前のことだ、グラハ辺りがやられて呼ぶつもりなんだろ?」
「さてね。ただ言えるのは、状況が動いた時、とだけ言っておきましょうか」
要するにダナンは『その機会は相手が作るときも、自分が作ることもある』と表現しているらしい。
疑念はあるが、ダナンの覚悟は分かる。ダナンはいつも戦場で冷静で慎重な情報屋だったからな。たまに味方や敵にも容赦ない陰険野郎で。
「俺はたぬきかよ。まぁいいぜ、お前らの戦いを見物してやる。精々前座らしく華々しく散れよ?」
「ははっ、前座にならないかもしれませんよ? 私は……いや私達は負けませんし」
かつて己を曲げなかったダナンがマリアに視線をやり、ほほ笑む。マリアも視線を直に受け、互いに信頼し合っているようだった。彼らの瞳は真摯な炎を湛えていた。
羨ましいな、とは思わない。俺にも一癖二癖あるギルドメンバーがいる。誇らしさは負けないだろう。
「頑張ってください、ダナンさん。応援してます」
「ありがとうございます、カルチェ。さぁ、中隊の音声を拾いますよ」
カルチェの励ましの後、ダナンはEioを調節する。カメラのズームとともに、ダナン達の声は小さく抑えられる。代わりに遠くの音声が響いてきた。中隊長グラハの鼓舞に続く、Night_Soulのメンバー達の歓声だ。
「――コヨミ様の元、我らは仲間を助けなければならない! さぁ立ちたまえよ我が同志諸君。目の前のモンスターを駆逐し、我らを妨げた怨敵に正義を示すのだ!!」
「IYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAEEEEEEE!」
「至極了解!」
「――いつでも」
「私達はただ前進すればいい!」
「そうだ。前進して目の前の敵を踏み潰せ。Night_Soulからの罰だ!」
「我らの正義を!」「――応」「応!」「応!!」「応!」「応!!」
Night_Soul達の行進が始まる。目の前のアームイッシュへ恐れることなく、ひたすら前へ。
メンバー達の喧騒はそれで留まらない。中隊の大行進のさなか各小隊は流動的に働き、仲間への補助を怠らない。
「――第7小隊救護班、左翼のメンバー達に回復魔法を!」
「周囲警戒だ! 中隊本隊への報告を急げ!」
「第3小隊……足並みを乱さず、前へ」
マリアのEioは最前線にいる小隊の音をも拾う。ズームアップされたカメラには2人のNight_Soulの団員達の姿があった。
「やっこさんを侮るな? 俺たちの回復も限界があるんだからな」
「分かってますよ。――でも、回復と補助は続けてください」
「ハハッ、手厳しいな?」
「お礼はリアルでお返しします」
「いいな、死亡フラグか!」
「なに色々飛ばしてるんですか! 全く古いお人でいらっしゃる……きますよ」
「年寄りで悪かったな! あん、なんだって、最後の言葉が聞き取れなかった!」
「救助を待っている方だけでなく、生きますよ! 私たちも!!」
「ハハッ。青二才がよく言うぜ!」
向かい風の中で少女騎士が更なる前方へと走り、治療師の男がそれを追う。彼らの先陣を切る行動から、各小隊・中隊による攻撃が一斉に開始された。
怒涛のように拳や剣・魔法の雨がアームイッシュに降り注がれる。アームイッシュの甲羅が断裂し、出血し、粉砕された肉が転がる。破壊音と歓声が更に木霊した。彼らの通る道はアームイッシュの血によりどす黒く着色され、さも血の道と称してもおかしくないものだった。
カメラが切り替わる。視界にダナン達が飛び込んでくる。ダナン達も限らず前線に出向き、マリアの小隊達はアームイッシュを腹部から破壊していた。
アームイッシュの体液に濡れたダナンは能面のまま、Eioにただ語る。
「シュン、これがNight_Soulの本領発揮です。見て下さい、小さな力達が大きなうねりとなる光景を」
「おいおい、俺の出番がなくなりそうだな。――冗談だが」
「いいえ、可能性は0ではありませんから。私達が勝つかもしれませんよ? よっと」
ダナンは突き出されたアームイッシュの頭突きをジャンプで避け、鋭利なナイフを首筋に振るう。振動音とともに、アームイッシュの頭部が切り離され地面に落ちた。四体が粒子となって消えていく。
「だといいな……とりあえず縁起でもないが、グラハが倒れたら行くからな」
「はい、決闘スキル[テレポート]で来てください。カルチェもフレンド登録したから行けるはずです」
「分かりました!」
決闘スキル[テレポート]はフレンド登録したプレイヤーの場所に飛ぶスキルだ。カルチェはステータス画面を見て、俺に向けて何度もテレポートの動作を確認する。
ダナンを映していたカメラがまた切り替わる。
音声はダナンのままだが、映像は中隊が最後のアームイッシュの群れを駆逐していた所だった。
「ようやくランク3モンスターが見られますね」
「ああ。だが、なにかおかしい。前座にしても抵抗が無さすぎる」
「中隊は司令塔で最悪の場合も考えているはずです。シュンの取りこし苦労ですよ」
「GXXASRATERAEEAWWAE!!」
しかし残念ながら簡単に問屋は卸されなかった。最後の3体が倒されそうになる瞬間、アームイッシュの咆哮で周囲に召喚スキルが発動。再びアームイッシュの群れが復元された。
「ERSDERTASEREARGYAAAAA!」
展開は終わらない。更にえげつない光景が飛び込んできた。俺の予想を超え、3体のアームイッシュは召喚した仲間の群れを喰らい始めたのだ。肉を喰らい、骨を飲み込んで、身体を巨大化させていく。
「あわ、嘘ですよね……」
「…………まさか。進化システムでしょうか?」
「ダナン、それはなんだ?」
「……KQOでβテストのみ一部で実装されたシステムです。プレイヤーの職業と同じように、モンスター達が進化します。例えばゴブリンがゴブリンソルジャーになるように。しかし、ほとんどのプレイヤーや運営・制作からは不評で取り消されました。強すぎたのです。進化システムは――」
ダナンは過去を思い出し、蒼白の真顔から荒い息を吐き出す。
「失礼。モンスターの進化が一番恐ろしいのは、巨大化です。巨大化はそれこそ今のアームイッシュのような姿で。過去には体長30kmのようなモンスターもいました」
「でかいな……。体長が大きくなるってことはレベルや力も増えるんだな?」
エレベストの約4倍くらいか、とても想像はできないな。
ダナンの説明は続く。
「ええ。レベルや力も増大しますが、一番恐ろしいのは速さが増えること。身体全身がゴムの塊のようなもので、同レベルのパーティには捌ききれません」
「勝算はどのくらいになる?」
「通常の10割が3割くらいに落ち込むでしょうね。ただ、あくまでもそれはパーティでの話。Night_Soulの中隊となれば、アームイッシュを確実に仕留められるはず」
「大した自信だな」
中隊を見ると、別段驚きの様子もなくアームイッシュを拘束していた。大規模魔法[ラギッド・ネット]だ。粘着糸の滑りがアームイッシュの移動を鈍重にさせる。
「いいえ。それでも恐ろしいものは恐ろしいし。例えばランク3モンスターも進化となればシュンの出番になりますね。グラハ中隊長には悪いですが……」
「慎重だな。分かった、努力はする」
「ご助力感謝します……では、再びアームイッシュを倒しますので」
「おいおい、小隊だけで行けるのか?」
「お構いなく。弱点は分かり切っていますから、大丈夫です」
ダナンは血潮がついたナイフを振り払い、己の小隊が担当しているアームイッシュに向かい跳躍した。
「皆、下がれ!――とどめは私が!」
跳躍に続いて、さらに空で跳躍する二段階ジャンプでアームイッシュの背に降り立つ。それからあっと言う間に首元まで辿り着いた。
「巨大化しても、首が弱点で変わりありません。βテストや進化のパターンから大体分かります」
ダナンはカバンから数十本のナイフを出し、首筋に投擲する。
[ユニークスキル:一律点在」
ナイフは重力に逆らい、一定の距離を保ちながらアームイッシュの硬質の肌に突き刺さった。
『『Plus_サンダー!!』』
ダナンやNight_Soulメンバー達の短い詠唱が瞬く。雷の雨が集い、ナイフに迸った。ナイフはアームイッシュの首にめり込み肉を引き裂いていく。
「GAERELFTEOWRERW?!」
「――皆、退きますよ!」
「ラジャー!」
「逃走方向は南西で!」
「はやく逃げなさい!!」
アームイッシュの首から煙が漂うのを見計らって、ダナン達は南西方向へ逃げる。後から3メートルもある巨大な顎が地響きを伴って大地に落ちた。アームイッシュを見ると、首元は骨ごと断たれている。
「……ふぅ、無事終わりましたね。アームイッシュのレベルが例え倍化したとは言え、500前後が1000程になっただけです。正直ギルドメンバーで倒せます。見かけに騙されず、事に当たっていかなければ……」
「ダナン、他の1体が倒されたみたい! グラハ中隊長が最後の一体に攻撃を始めてる!」
「分かりました、マリア。有事に備えて各小隊の整備を」
「今やってるよ! ダナンも装備直してあげる!」
「私より他メンバーを……」
「ダメ。ダナンは無理するタイプだからダメよ。さぁ、早くして!!」
「マリアには敵いませんよ……できるだけ丁寧にお願いします」
「うん!」
ダナンは何本かのナイフをマリアに手渡す。マリアの研磨スキルにより、ナイフの耐久力が徐々に上がっていく。
「これが所謂リア爆発しろということか、勉強になった」
「師匠、なに古文書読んで溜息ついてるんですか? 私にも見せてくださいよ」
「見せん。21世紀に流行った古文書だから、読んでもいいことないしな」
「師匠のけち。ドけち」
「ケチで結構だ。さて、Night_Soulの中隊が最後のアームイッシュが倒した頃だ。ようやく問題のランク3が見られる。どいつかな」
四肢型か、人型か、それとも形状を保たないゲル型か。ランク3、レベルが約1500ほどになるとモンスターが限られる。
「タルカス灼熱塔のフェニックスか、サンガ渓谷のウォーターゴーレムか。イェルハスの魔王もあるな」
つらつらと各地のモンスター名を挙げていく。トップランカーである俺は大体のモンスターが分かるのだ。
「物知りですね、師匠。できれば神や悪魔級は出てきてほしくないです。怖いので」
「大丈夫だ、そんな奴らはレベル3000台だからな。幾ら”神隠し”でもそれはないさ」
「師匠の説明だとなにかのフラグに感じますけど?」
「ないない」
俺は軽く手を振ってカルチェの予想を否定する。その自信はなぜなのか? 簡単至極、俺も少しだけ状況が良い方向なのだと信じたいのだ。問題の”神隠し”をクリアして、また姫達との訓練の日々に戻ることを。
「私も師匠のように信じたいです。でも、これで終わりなら私たちがここにいる意味は――馬鹿みたいですね。フフフ」
「馬鹿丸出しだな。まぁその分、ダナンにはNight_Soulと交渉させるよ。Queen_dinnerは俺たちの不戦勝ってことでさ。迷惑分は取り立てる。できるかできないかは置いといてな」
「なるほど……師匠、ダナンさんや中隊に動きがあるみたいですよ。音声を拾います」
「そうしよう」
二人で希望的観測を流して、ダナン達の視界に切り替える。ダナンとマリアの整備は終わったようで、取り立てて和やかな雰囲気ではない。近くで最後のアームイッシュを倒した中隊長グラハの姿が見える。グラハは更なる鼓舞を出し、今にも更なる森林の奥へと立ち入るつもりだ。
「栄位なる諸君! 我々は敵の猛攻をもろともせず、今ここに無傷で問題の場所へと立っている。さぁ、我らの家族を救出しよう。そして迎えよう。我々の正義の道に旗を――む」
「どうしました、グラハ中隊長?」
「いかん、総員退避しろ!!」
「――は?」
グラハは咄嗟の号令を出したが、中隊の反応はとぼしくビームのようなものに吹っ飛ばされた。直撃だ。中隊はそのほとんどが地に倒れ、消失しかかっている。グラハは半身が焼け焦げていた。攻撃に気づいた本人も回避が間に合わなかったのだ。
「……あが……がぁ……ぐぐ……」
グラハは震える身体で、ビームが放たれた場所を見つめていた。ディデダラ最奥部から顔を覗かせたのはなにか。それは進化したアームイッシュよりも体長が大きい、白銀の鎧を身に纏う仮面の天使の姿だった。
「――馬鹿な、ランク3のモンスターが天使だと!? こんな事態はありえん……」
当惑するグラハを嘲笑うかのように、天使は光線の雨を打ち出した。無慈悲な攻撃がNight_Soulを呑み込み始める。
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