第4話 友人とのひととき

「はじめに、場所を移動しましょう。ここではアクティブモンスターの攻撃を受けるかもしれません」

 

 ダナンは少し離れているエッジ達を眺めて、こちらに振り向く。

 エッジ達はレベルこそ低いが、集団で群れるためプレイヤーの邪魔になる。意見交換をする場ではないだろう。


 実際、一匹が威嚇を始め更に二匹、三匹と仲間を呼び込んでいる。

 仲間が集まり次第、俺たちに攻撃を仕掛けるつもりだ。


「分かった。カルチェもいくぞ」


「……はい」


 エッジ達を見つめていたカルチェもややあって頷き、お互い決闘スキル[飛翔]の準備にとりかかる。


「ありがとうございます。マリア、抱えますよ」 


「うん」


 ダナンは身体を折り、体重を感じさせない動作でマリアを抱えた。

 マリアはダナンの腕に身体を預け、不自由なく過ごしている。


「ダナン、気のせいか……マリアの扱いに慣れてるな」


「ええ、長いですよ。4カ月の滞在になっていますから」


「そうなのか? 確かに、情報屋のお前には長いな」


 俺はダナンの言葉に素直に驚く。ダナンの一匹狼な性格は勿論として、情報屋は常に家に居すわらないのだ。


 情報は基本、新しいほどいい。誰もが知らない情報を、欲しがる者に売る。その情報屋の権化のダナンが需要と供給の関係を崩してまで、同じギルドに逗留している?


「シュンが驚くことですか? 常に前線にいる貴方が1つのギルドに逗留しているのも珍しいのに?」


 疑問を疑問で返された。確かに俺も大概だ。トップランカーを維持する為に1つのギルドに居座ることは余りない。

 ましてや低ランキングのギルドでは前線のプレイヤーと離される一方だ。

 それが普通のトップランカーの話であればだが。俺は人知れず超人的な鍛錬を繰り返している。


「ハハッ、違いない。カルチェ、なんだその視線は?」


 昔の付き合いでダナンに絡んでいると、カルチェの視線が俺に注がれていることに気が付く。上目遣いをしているようで、期待の視線が向いている。


「別に。……私もマリアさんのように抱えてもらえるのかなーと」


「ギルド第7条、汝、望みは待たずに行動で勝ち取れ。甘えるな。おまえは自分の足がある。ホラ、とっとと行った」


 問答無用でカルチェに蹴りを1つ放つ。心なしかカルチェは数メートル吹っ飛んだ。大げさなやつだ。


「いくらギルドの決まりだと言っても……酷いです。師匠」


「ええ、カルチェ。シュンは野獣ですから仕方ありませんよ」


「野獣なんて言うなよ。人聞きの悪い……。ダナン、情報料次から安く払うからな」


「ホラ乱暴者だ。悪いことは言わない。今からでも縁を切るのが吉ですよ」


「……真剣に考えてみます」


「カルチェ、――ほっとけよ。それでダナン、行先はどこなんだ?」


 このやり取りは好かない。いい加減にしろと話を切り替えた。


「はい。ディデダラ最奥部の前。その場所でプライベートルームを作成します。Night_Soulの部外者が立ち入らないように」


「分かった……色々あるんだな?」


「想像はご自由に」


 ダナンはピシャリと俺の言葉を遮断した。触れられたくない事情があるのだろう。恐らく内部で統制が取れないだとか、推定の内だがNight_Soul内は一枚岩ではないことは分かる。


 俺は深く考えずに[飛翔]を発動させた。ダナン達も準備を始め、飛ぶ先の護衛を務めてくれた。

 ディデダラ最奥部。フィールドの針葉林とは打って変わり広葉林が生い茂っている。暗視スキルも効果を及ばさないほど暗い。虫の音も響かず、川のせせらぎだけが聴こえてくる。


 俺達は最奥部の一歩手前に降り立った。


「静かだな、ここは……」


「はい、とても静かで……ちょっと不思議です」


「不思議なのか?」


「言葉じゃ言い難いですね……と、マリアさん達も来られましたね」


 ダナン達が数歩離れた場所に着地する。ダナンはマリアを立たせ、スキル[プライベートルーム]を起動させた。


 [プライベートルーム]とは文字通りパスワード付きの個人部屋だ。モンスターはルームを襲わないし、派手な音など一切を遮断できる。便利といえば便利なシステムだった。


 ダナンが[プライベートルーム]の黒光りした鍵を入口に向かって回す。すくない暗証番号とともに、八百万の指標のギルドルームとは異なる一軒家が姿を見せた。一軒家の周囲には文字列が刻まれた帯状のセキュリティが放たれており、基本的には登録したメンバー以外はルームは見えることはない。


「こちらへ」


 マリアが案内役を買って出て入口を示す。何の変哲もない木のドア。勝手にガチャリと鍵が開き、俺たちを迎え入れた。


 プライベートルームには、ソファー・調度品。なぜか旧型のテレビと囲炉裏が割り当てられていた。

 ヘンテコな和洋折衷で、見栄えよく映えそうもない。そのことを訊ねると、


「変ですか? フレンドにはよくそう言われるんです。ええと、ソファーなどでお寛ぎください。わたし、お茶持ってきます」


「マリア。シュン達にそう気を遣わなくても。ただ情報を彼らに渡すのでしょう?」


「う~ん」


「情報が先なら俺達も助かるが……」 


 アスキーの言葉が正しいのなら、本当に”神隠し”なら。一時が惜しい。少しのタイムラグで事態は悪くなるかもしれないのだ。俺は適当な床に座る。床に敷かれている絨毯はシルクな肌触りで心地いい。


「……だったら、わたしがお茶を用意する間にダナンで話を進めてもらえないかな?」


「ハァ。マリアは頑固ですね。誰に似たんだか」


「ダナンだよ。お互いさまにね?」


「ハハ、一本取られたな」


 軽くダナンの肩を叩いて爆笑する。ダナンは項垂れて、マリアの後姿を恨めしながら見つめていた。


「……シュン、恨みますよ」


「なんで俺が恨まれるんだよ」


「惚けていられるのも今の内です」


 意味がわからない。俺の存在自体が、と言うつもりか。ダナンは咳き込んで話を切り替える。


「ゴホン。さて、最初に掲示板の書き込みを説明しますね」


「おう、やっと本題か。大方、書き込み自体の意味はわからなかったんだろ?」


 ダナンは眉を上げ、少しだけ驚いていた。掲示板の書き込みは通常時と緊急時で書き込む度合いが変わる。落ち着いている時は真実に近く、焦りの時は紛い物に近いのだ。


「ええ、よくご存じで。そのため、私とマリアなりの解釈ですが……、ギルドマスターや幹部も同じ考えです」


「内容は?」


「はい。書き込んだ者は被害を受けたNight_Soulのメンバーで間違いありません。そして、彼はランク3のモンスターに喰われた」


「文字通りか?」


 喰われたとは情景がよく分からない。モンスターの口だとか、身体からなのか。パターンは色々ある。ダナンはその質問に首を横に振った。


「いえ、取り込まれたというのが正確でしょう。ただ意識があるのなら、ログアウトすればいい。ゲームのシステムはモンスターより優先度が高いですから」


「……できないんだな?」


「はい。何度も試したそうですが、数分後には彼からの連絡が途絶えました」


「ログアウトできず。モンスターに喰われた、か。それでダナンは俺たちにどうしてほしい?」


 わざわざアスキーを仲介してまで、俺たちにコンタクトを取った。余程手段を選べないと見ていいだろう。ダナンはかしこまった様子で、背筋を伸ばして答える。


「よろしければ加勢を。正直ディデダラにいるNight_Soulのギルドメンバーでは力が足りない。未知との戦力差を埋めるにはトップランカーとザ・ワンスキルのプレイヤーが必要なのです」


「やはり協力か。……俺はいい。ただカルチェは期待するなよ。あいつはまだスキルを使いこなせないし、メンタルがな」


「もちろんです。どうです、少しだけ加勢を願えませんか?」


「うーむ」


「その必要はない!」


 セキュリティに守られているはずのドアが開いた。ギルドマスターコヨミに似た銀色の甲冑の持ち主だ。身の丈は約200㎝あるだろう。上半身はがっちりとしてあり、壁のようだ。胸の紋章から彼は中隊長だと分かる。

 

 彼はずかずかと部屋の中に入り、マリアから俺への順で周囲を見渡した。


「よく聞け、マリア小隊長。我がNight_Soulは敵の助勢などいらぬ。まして少数ギルドの助勢があればマスコミに何を書かれるか。ギルド全体の誇りと名誉が汚れるのだ!」


「……しかしグラハ中隊長」


「情報屋もだ。貴様は情報だけ流せばよい。小生意気な意見などマリアに吹き込むな。いいな!」

 

 グラハは怒鳴り声の後、冷静な面構えで言葉を重ねる。


「『八百万の指標』の助勢など迷惑に尽きる。では、失礼する」


 肩を揺らしてグラハは部屋から去った。マリア達は和やかな空気とは一変、しんみりとした面持ちでカルチェと俺に頭を下げた。


「ごめんなさい! グラハ中隊長がとんでもないことを」


「いいさ。大体想像はしていたからな。しかし反対派が直接乗り込んでくるとはな。ダナン、ワザとセキュリティを弱めたのか?」


 俺は疑念に思っていることを口にする。プライベートルームは通常パスワードを用いて開封するが、今回は鍵がかけられてるとは思わない。


「いいえ。セキュリティはかけていました。ただし緊急時はギルドの権限が上書き優先されます。グラハ中隊長はルールを熟知していますので」


「分かる。ルールを信望する石頭みたいだな」


「恥ずかしい限りで。ともかく、申し訳ないですがシュン達は連れて行けなくなりました。なので、このカメラをお渡しします」


 ポン、と球状型のカメラを手渡された。型番には数字と名前「EIO-zero」と記されている。画面の横には差し込み口があった。恐らく普段はダナンの前頭部の端末機と複合するのだろう。


「Eioは最新のモデルです。私の端末機を通して、視覚と聴覚をシュン達に伝えらえるようにできています。私も実況しますからフォローはできますよ」


「ダナンにしては親切だな……」


「もちろん、別料金にします。4000チェクで」


「おい、金取るのかよ!」


 思わずダナンにツッコみを入れてしまった。確かにダナンは情報を安く渡したことがない。ダナンは笑顔のまま腕を組み、


「Eioの貸し出し料としては破格なんですがね。いいでしょう、マリアの実況も付けてプラマイゼロにまけます」


「えっ!?」


「よく分からんが……見ろ、本人も嫌がっている」


 マリアは当惑しているようだった。当然だ。先ほど出会った相手に自らの聴覚と視覚を貸すなんて、気持ちのいいことではないだろう。


「ダナン、どういうこと?」


 ダナンは小さなマリアに睨まれ、やや苦笑した。


「いや、ね。男の解説はカルチェを退屈にさせてしまうと思いまして。可愛いマリアの声が必要なのです」


「わ、……わたし、そんな話で誤魔化されるわけ……ないからね?」


 マリアは顔を膨らませて否定した。しかしダナンの「可愛い」との言葉に過敏に反応していたのは分かる。


「マリアさん、私の方からもお願いします。ダナンさんの話を聞いていて、少しわかりにくいところがありますので」


「そうですか? むむむぅ……分かりました! 案内役を務めさせていただきます。よろしくお願いします」

 

「ありがとう、マリア」


 ダナンは笑顔で頷き、マリアの頭をポンポンと撫でた。マリアはその手を嫌がらず受け入れる。なんとも微笑ましい光景だった。ダナンは俺達に振り返って、


「マリアの了承が取れたことですし、早速ですが森林の中に入らせてもらいます。グラハ中隊長の呼び出しもありますし……色々準備があります」


「分かった。カルチェもそれでいいな?」


「はい! お二人ともよろしくお願いします!」


 俺はダナンに顎で合図し、彼らはプライベートルームから出て森林の中に駆け込んだ。

 Eioの画面はすぐにでも切り変わるはずだ。

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