第16話 社交辞令
『それ知ってるー』
そういえば『こま』さんは神社好きだったなと思い出して、今朝ちょっとだけ話題に上った境内を電車が通る神社の話を振った反応がこれだ。さすがに神社好きを驚かせることはできなかったようで残念だ。
『全国でも何か所かあるみたい』
『へぇ、そうなんだ』
どころか、他にも似たような神社があるらしい。それでも何か所かというところを聞くと、それなりにはレアな存在ではあるようだ。
『私も行ったことあるよ』
そう言って一枚の写真が送られてきた。
見事に咲き誇る桜と青々と茂った樹木の中央に参道が続き、鳥居を超えた向こう側に遮断機の下りた踏切が見える。確かに神社の境内を電車が通っているが……。
『なんとなく見覚えがあるような……』
『えっ? ホント?』
詳しく地域を聞いてみるとビンゴだ。ってか毎日電車で通る神社じゃねぇか。『こま』さん何気にご近所さんだったのか。……いや待て、レアな神社だからって遠出して見に来た可能性も捨てきれない。そこまで離れている可能性はなくなったが、そこまで近いこともないかもしれないな。神社好きって話だし、遠出して見に来た可能性もある。
『ええ。地元なので……。いつもこの神社を通る電車に乗ってます』
『そうなんだー。じゃあさ、こことか知ってる?』
若干テンションが上がったのか、次々と神社らしき写真が送られてきた。話の流れから俺の地元の神社なんだろうが、知ってる風景はほとんどなかった。
『あー、これは知ってるかも』
確かそれなりに梅園で有名な天満宮だったはずだ。
『そういえば神社から近かったね』
例の神社から徒歩十分くらいのところにある天満宮だ。俺の家からも近い……。というか今でもこの天満宮には毎年初詣に行くくらいの地元だ。
『こまさんがお気に入りの神社ってあります?』
『えー、そうねぇ……。人のいない静かな神社……かな?』
『へぇ』
『何か神秘的じゃない? 境内の真ん中に立って目を閉じているとね、現実を忘れてどこか別の世界に行った感じがするのよ』
『なるほど……』
うーん、なんとなく気持ちはわかる気がする。俺も古墳の上に立ってると、ちょっと違う世界に来た感じがする時がある。多少高いところに登ってるだけで、見える景色の視点が上がっただけなんだが。言ってしまえば高層ビルの方が高いだろうとツッコまれるかもしれないが、そういうもんなんだ。
『ねぇ、ギンくんは古墳の写真とか撮ったりしない?』
あー、古墳の写真ねぇ……。
『ないこともないですけど』
返信してからスマホに入っている写真を探してみる。近所の古墳で写真を撮ったことはあるが、そうそう頻繁に撮るもんでもない。かなりスクロールしてからようやく見つけた写真をいくつか送ってみた。
一枚目はもちろん、最寄り駅前にある小さい古墳の写真だ。駅前から道路越しに撮影した、小ぢんまりとした古墳が写っている。
『思ったより小さいね』
『まぁね。昔は雑木林が茂ってたんだけど、何年か前に整備されて丸坊主になったんですよ』
『へぇ、そうなんだ?』
『地元周辺の古墳群を世界遺産登録しようって整備が何年か前に始まったみたいで』
『そういえばもう登録されたんだっけ?』
『うん。この間登録されたみたいですね』
『はー、地元が世界遺産とはすごいねー』
最近の古墳情報に『こま』さんも感心しているようだ。神社と古墳で通じるものがきっとあるんだろう。時代は違えども、日本の歴史を感じさせる神秘的な雰囲気は似ているともいえる。
『あんまり実感はないけど……。近くには大きい古墳もあるし、そのうちにぎわったりするのかな』
いやホント、さすが古墳だけあって地味さだけなら抜群だ。大きい古墳は柵で囲われていて中に入れないし、ちょっと遠目に樹木が乱立するこんもりした低い山といった感じだ。
『あはは。……こっちの古墳は大きいね。中には入れたりしないの?』
『どうなんでしょう。最近こっちの古墳には行ってないのでよくわからないです』
『そうなんだ……。ねぇねぇ、世界遺産登録されたら中に入れるようになるかな?』
うーん、どうだろう。以前公式サイトとか見たことあるけど、そんな記載はなかったような。
『ちょっとそれはわからないですね……。でもせっかく登録されるんなら中も見てみたいかも』
『だよね! ……もし機会があったら見に行ってみたいから、案内してもらっていいかな?』
……えっ? いや、マジっすか?
思わぬ『こま』さんからの言葉にしばらく固まってしまった。ラインだけの相手で会ったこともない人を案内するとか。面倒くささが先に立つが……、ちょっと待って……。なんとなくやりとりするようになって、友達……と言えなくもないが……、やっぱりちょっとリアルで会うのはハードルが高いような。
――いや待て。
きっとこれは社交辞令だ。……そうに違いない。向こうは女の人のはずだし、男の俺に対して『会う』ということを自分から言うだろうか。昨今ニュースで嫌な事件もよく見るし、知らない人と会うというのは恐ろしいものだ。俺より年上なはずのお姉さんが、それを知らないはずもないだろう。
『わかりました。機会があれば案内しますね』
内心ドキドキしながらも、本気じゃないんだから大丈夫と言い聞かせて了承するのであった。
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