第7話 敵意と趣味
「あれ……? ないぞ……?」
とある昼休み。次の授業の用意のために教科書を探していたんだが、どうにも見つからない。カバンのありとあらゆるポケットを探ってみても出てこないのだ。
「あら? どうかしたんですか?」
カバンをひっくり返している間に聞こえてきた声に振り向くと、そこには青羽がいた。彼女の席は空閑の座っている窓際の一番前なのだ。お昼に学食から戻ってきたときにでも俺たちの席の近くを通りかかったんだろうか。
「いやー、どうも次の英語の教科書を忘れたみたいで……」
「……教科書忘れるなんて、バッカじゃないの」
続けて聞こえてきた小声は夕凪から発せられた言葉だ。あれからも何かと不機嫌そうな態度を見てきたが、直接言葉を聞いたのはあの時以来か。
彼女の席は廊下側のはずなんだが、わざわざ俺に文句を言いに来たのか……。
「ちょっと遥!?」
「なんだよ……、人の失敗を笑いに来たのか?」
いきなりな言葉に思わずムッとする。
「うっ……、そういうわけじゃないけど……」
青羽にも
つーか空閑も何ニヤニヤしてるんだ。俺が文句言われるのがそんなに楽しいのか。いや女の子と交流を持ちたいとは男の誰しもが思うことだろうが、こういう絡み方は遠慮願いたい。一部おかしな性癖を持つ男ならともかく、俺は普通なのだ。『変態』と言われなくなったことだけでもマシだが、もっとまともな対応はできないもんなのか。
「一応あれは決着がついたでしょう?」
「不可抗力とはいえ、俺も
「一応って何よ……」
俺の『一応』という言葉に不満そうに反応するが、それ以上はツッコんでこないようだ。たぶん本人も本当はわかってるんじゃないだろうか。ただ感情が納得できないだけで……。まぁ俺には、そうだったらいいなとしか想像しかできないが。
というかわざわざ俺に突っかかってくるとか、あの時のことを思い出さないんだろうか。こう話題に出されると、俺も白いパンツを夕凪に重ねてしまうんだが。
……いや待て、それはそれで本当に変態みたいじゃないか。というかそこまでして俺を変態にしたいということなのか。そうはさせじと白いパンツの幻影を追い払うようにして首を振る。
「なんだ、教科書忘れたんなら貸してやるよ」
ニヤニヤしていた空閑が、机の中から教科書を引っ張りだして手渡してきた。
「えっ? いや空閑も使うんじゃないのか?」
受け取らずにいると無理やり俺の机に置いて、本人はどこかに行くのか席を立つ。
「あー、大丈夫。隣のクラスのやつからノート借りようと思ってたから……。ついでに英語の教科書も借りてくるよ」
それだけ言うとひらひらと手を振って空閑はさっさと教室を出て行く。
「……まぁ借りれたようでよかったじゃない」
ぽかんと空閑を見送るだけだった俺だったが、青羽の言葉で我に返る。
「あぁ、そうだな」
同意してみるが、なぜか夕凪は不満そうだ。そんなに俺の問題が回避されたことが嫌なのか。
「ふん。ちゃんと忘れないようにしなさいよね」
「……忠告どうも」
自分の席へと立ち去る夕凪の背中を見つめながら考えてみる。なんでそんなに俺に敵意を持つのか……、ってわかりきってるよな。第一印象は最悪だったのだ。事故とはいえ、異性にパンツを見られたことというのはそこまでのことなのか。
なんにしろ、改善は地道にしていくしかないだろうが、時間がかかりそうだな。
「はぁ……」
変態と呼ばれなくなっただけマシと思うとしよう。
空席となっている空閑の座席を眺めてみる。ちょっと苦手なタイプと思ってたが、結構いいところもあるかもしれない。机に残った英語の教科書を手に取り、空閑の評価を上方修正するのだった。
帰宅して夕飯の後、今日も今日とて『こま』さんからラインのメッセージが入っていた。世間話や愚痴などを過去にしてきたが、今日はどうも相談事があるらしい。これも見ず知らずの相手だからこそできることなのか。
『神社が好きな女性って……、どう思う?』
神社……?
ふと通学中の電車から見える、神社にたたずむ人物を思い出す。あの人影も確か女の人じゃなかったかだろうか。三日連続で神社にいるほど神社好きとなれば、イメージとしてはピッタリとは思う。でも電車の中から一瞬見えるだけなので、イメージと呼べるものもさっぱりだが。
神社と女性とくれば巫女……。なんとなくだが清楚なイメージがあって悪くはないと思うが。いやそれも好みの問題だろう。少なくとも空閑のようなタイプは、派手な女が好きなんじゃないかという勝手なイメージがある。
『別にいいんじゃないですか』
『そ、そうかな? ……地味じゃないかな?』
『清楚なイメージがあっていいと思いますけど……』
『そうなんだ……。その、ギンくんはどう思う?』
俺の意見? あぁ、まぁ俺に相談してるんだから、俺の意見を聞いてくるのも当たり前か。
『俺自身は古墳が好きなので、神社好きと言われるとちょっと共感が持てますね』
相手が知らない人物だからか、俺も自分のことを素直に言える。古墳好きなんて、去年できた友達にも言ったことはなかった。
『へぇ……、そうなんだ。なんでまた古墳なの?』
『特に理由はないんですけど……、近所に多いからっていうのと、あとはなんとなく、古墳の上に立ってると落ち着く?』
『あはは、なにそれ! ……でもちょっとわかる気がする』
神社と古墳。日本に古くからあるものとしては似たようなものだろうか。少なくともどちらも地味ということには違いない。
『私も静かな神社の境内にいると落ち着くから……』
まさか間違って送ったラインの友達申請からここまで会話が続くとは思ってもみなかった。なんとなく相手は女の人かなと予想しつつ、しかしどこの誰だかわからない相手との会話というのも気楽でいいかもしれない。こうして『こま』さんとの他愛のない会話は続いていくのだった。
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