第95話 目を逸らせずに
夏の季節は身体のエネルギーの全てを奪いつくさんばかりに輝く太陽のお陰で嫌気が差すが、今日は雲が多く比較的に過ごしやすい気候となっている。
そんな空の下、人々が行き交う駅の出入り口にいたのは美奈だった。誰かを待っているのだろうか、行き交う人々の邪魔にならない場所でスマートフォンを弄っている。
画面に広がっているのはこれまでの沙耶とのメッセージのやり取りだ。それだけではなく他にもこれまで過ごしてきた思い出が記録された写真や動画、この携帯にある沙耶とのありとあらゆる全てを見ているようでその一つ一つをその目にする度に美奈は愛おしそうに口元に蕩けるような笑みを浮かべている。
「美奈さん」
そんななか、美奈に呼び声がかかる。
今となっては聞き馴染みのある声に誘われるがまま顔を向ければ、こちらに手を振りながらやって来ている綾乃がいた。
「私、今日の日を楽しみにしてたんですっ」
「あははっ……ここまで遅れちゃってゴメンね」
なにを隠そう、今日はかねてより約束していた綾乃と遊びに出かける日だ。
これから始まる楽しい時間に対しての綾乃の心境を表すような弾んだ声を聞けば聞くほど約束してから日にちが経ってしまったことに申し訳なさを感じてしまう。
「こうして実現したのなら構いませんよ。それに待ち焦がれていた分、今日と言う日が楽しみでもありましたから」
「あれ、ハードル上がってる……?」
「大丈夫、私だけ楽しもうとは思ってません。当然、私も美奈さんを充実した楽しい時間を過ごして欲しいと思っているので、二人三脚でハードル走を行うようなものですね」
「無理な奴だよね、それ!?」
狙いか、天然か。
この場合は恐らく後者なのだろうが、綾乃と二人だけで遊ぶという初めての出来事にこれからどうなるか、ある意味で波乱の予感を感じながら一緒に歩き出す。
二人が訪れたのはポートシティだった。
複合施設であるこの場所ならば大抵の暇は潰せると考えてのことだった。
休日ということもあって人の通りが激しいものの二人は思い思いにショッピングモールを散策し始める。
「ここで啓基君とペアのブレスレットを買ったんですよ」
「あ、それ見たことがあるかも」
彩乃の足が止まった先にあったのはかつて啓基と訪れたことのあるアクセサリーショップだった。
当時の思い出を振り返り今でも鮮明に覚えているのか、声を弾ませる綾乃に美奈は啓基と綾乃がそれぞれ同じデザインのブレスレットを身に着けていたことを思い出して、成る程と合点がいったように店内を見渡す。
「ペアかぁ……。どれも綺麗なものばかりだなぁ……」
店内のペア商品を物色しながら自分と沙耶がペアのアクセサリーを身につけた姿を想像する。
あまりジャラジャラと装飾品を身につけるのは美奈も沙耶も好ましくはないが、実際に啓基と綾乃がしているようなペアアクセサリーならばちょっとしたアクセントとして自分以上に嫌がりそうな沙耶も抵抗は少ないだろう。
「これは美奈さんに似合いそうですね」
「えっ? そうかな……?」
しばらく物色していると唐突に綾乃がそう言ってきた。彼女が指差す先にあるのは小さな装飾品がキラリと光るネックレスだった。
「でも、これペアアクセサリーだよ」
似合うと言ってもらえるのは光栄ではあるが、綾乃が指したのは二つで一つの形となるペアアクセサリーだ。
デザインとしても好ましいのだがペアである分、それだけの値段がかかってしまう。そう考えると手を出す気にはなれなかった。
「私と美奈さんで丁度、ペアですね」
「えっ」
「冗談ですよ」
ペアアクセサリーを見つめていると、不意に綾乃が耳元で囁いてきたではないか。
突然のこととその言葉に驚いて彼女を見やるとイタズラが成功したとばかりにクスクスと笑っていた。
「お友達同士で、というのも聞いたことがありましたから美奈さんとならそれも素敵かなって思っただけです。美奈さんは大切なお友達ですから」
「そう言ってもらえるのは素直に嬉しいよ」
「じゃあ買いましょうか」
「買わないよ?」
そんなやり取りで綾乃は満足そうに笑うと鼻唄交じりに店を出て行き、美奈もその後を追う。
(……綾乃ちゃんって独占欲が強いのかな?)
ふと背中しか見えない綾乃を追いながら、そんな印象を抱いてしまう。
先程やり取りにしたって本気か冗談か、その境目が今一判断できなかったのだ。それこそペアアクセサリーを勧める綾乃の姿はマーキングをするかのようにさえ見えた。
大切な友達、と言ってもらえるのは確かに光栄なことではあるのだがそう感じてしまうのは彼女独特の絡みつくような蠱惑さがあるからだろうか。
(ケーキとかと普段、どんな会話してるのかなぁ)
啓基と綾乃の交際に関しては今更のことだろう。
普段、仲睦まじい様子から見て上手くいっているのは間違いないのだろうが二人きりの時などは一体、どのような会話をしているのか、今この時点で考えても想像がつかない。
(……いや今日は綾乃ちゃんのことを知る良い機会なんだからどんどん踏みこんでいかないとね)
思い返せば当初の綾乃へは苦手意識を抱いていた。
それは普段、臆病にさえ感じるほどオドオドとしている彼女が時折覗かせる身震いするような狂気的にさえ感じる一面があるからだろう。
そんな彼女と進展があったのは啓基と和葉が揃って美奈と綾乃に料理を教えて欲しいと頼み込んできた時のことであろう。
あの日、美奈と綾乃が主導となり、買い物をしながら料理について相談したりと密接に関わることで彼女への苦手意識は薄まり距離が縮まった気がしたのだ。だからこそ今日こうやって共に遊びに行こうというきっかけにもなったので良い思い出でもある。
ここで一々、尻込みしてはいられない。
綾乃が言ってくれたように友達としてより親密になる為にも彼女を知るため、美奈は綾乃の隣に並び立って雑談を交えながらポートシティを散策するのであった。
・・・
「ふぅー……結構、色んなところに行ったねー」
それから数時間後、美奈と綾乃の二人はシャルロットコーヒーで一息ついていた。
「そうですね。ポートシティは何度も来てるのですが一緒にいる相手が違うと新鮮な気持ちになれます」
「私も普段行かない店とかあったから新鮮だったよー」
「映画も面白かったです。あぁいうラブロマンスの類はあまり見ないから余計にそう感じます」
(綾乃ちゃん、良いシーンになったらずーっと私の手を握ってたなぁ)
美奈も綾乃も普段からポートシティを頻繁に利用しているのだが嗜好の差から今日はお互いに普段利用しない店にも足を踏み入れた。特に綾乃は美奈の勧めで映画を一緒に観賞したようで、その映画を思い出してか恍惚としており、その姿に美奈は観賞中の綾乃を思い出してか苦笑気味だ。
「そう言えば美奈さん、雰囲気変わりましたよね」
思い思いに好きに注文した物を楽しみながら談笑をしていると不意に綾乃がそう言ってきた。
疑問に感じたのではなく、確信しているような口ぶりにドキリと感じて彼女を見てみれば、彼女はまるで心を見透かしているのではないかと錯覚してしまうような目でこちらを見ていたのだ。
「そう、かな?」
「ええ、まるで吹っ切れたような。嫌いではない雰囲気です」
自覚としてはある、あるのだがあまりにもそれを指摘する綾乃の迷いのない断言するような口ぶりに動揺を感じてしまう部分があるのだ。美奈が今日の日をきっかけに綾乃をより知ろうとしたように綾乃もまた普段知る美奈から違いを感じたのだろう。
「なにか、良いことでもありましたか?」
そう言われただけなのに異様な緊張感が美奈を襲う。
「例えば……──」
じんわりと額には汗が浮かび、ゴクリと生唾を飲み込む。
「沙耶ちゃんのこととか」
そんな美奈に綾乃はただそのニヒリスティックな笑みを向けるのであった。
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