第74話 Stand By Me


「……ありがとうございます、美奈ちゃん」


 寄り添うようにベッドの上で横たわりながら沙耶は静かに目の前の美奈に礼の言葉を口にした。


「今日ほど美奈ちゃんに救われた日はありません……。情けない姿も晒してしまいましたが……」


 美奈への感謝の言葉を口にしている沙耶の姿はとても幸せそうではあるが、一方で泣いている姿を見せてしまった事もあって、その表情は薄っすらと照れているようにも見える。


「おいで沙耶ちゃん」


 するとそんな沙耶の姿に微笑んだ美奈は姿勢を変え、沙耶へ両手を広げて彼女を呼ぶ。

 きっと抱きしめるつもりなのだろう。沙耶は呼ばれるがまま美奈の胸に身を寄せると、予想通り美奈は優しく包み込むように沙耶を抱きしめてくれた。


「私こそありがとう。分かち合う事を許してくれて」


 ずっと沙耶には支えてきてもらった。

 だからこそいつだって沙耶の力になりたかった。

 あの海をきっかけに沙耶が何かずっと抱え込んでいるものがあるのは知っていた。

 それをようやく沙耶は自分に明かしてくれたのだ。

 人の見えない想いを感じ取るのは難しい事だ。

 だからこそ感じられた時はその人の為に出来る事をしてあげたい。


 すると沙耶は口元に手を抑えると短く欠伸をしている。

 心なしか瞼も重たくなって、何回か目を閉じようとしている。


「眠くなっちゃったかな?」

「……すこ、し……だけ……」


 彼女の中の緊張の糸が切れたのだろうか。

 だんだんと反応が鈍くなっていく沙耶の姿を見ながら尋ねると、その声色に覇気はなく微睡に落ちるのにそう時間はかからないだろう。


「良いよ、そのまま……私の中で寝て」


 そんな沙耶の姿に幼子へ向けるような微笑みを浮かべた美奈は沙耶の身体を抱きしめ直すと、その背中を撫でながら彼女を寝かしつけようとする。


「おやすみ、沙耶ちゃん」


 程なくして沙耶は瞼を閉じて、寝息を立て始める。

 腕の中で眠る沙耶の寝顔は何とも無防備で幼い子供のようだ。

 そんな寝顔を見るだけで、沙耶がもう自分に何も隠さず、ありのままでいてくれるのだと感じる。

 それが何よりも愛しくて美奈は沙耶の額に口付けをする。


「ずっと……いっしょだよ」


 心の抱えているものは分からないから。

 心が受けた傷は見えないから。

 だからこそ自分は癒せる存在でありたい。

 見えない心癒したいから、アナタの目の前にはアナタを愛して支えようとする者だと知って欲しい。


「ずっ……と…………っ……」


 腕の中に眠る沙耶は安心しきったように微笑むを浮かべている。


 この笑顔をずっと見ていたい。

 この日々をずっと続けていきたい。


 一緒にいるだけで心は満たされ、幸せを与えてくれる存在だから。

 なにも気負う事もなく、ずっと傍でありのままの沙耶でいて欲しいから。


 自分は彼女の傍でいつだって温もりを与え、笑顔を咲かせるような光でありたい。

 沙耶の寝顔を見て、微笑む美奈もやがて微睡に落ちていき、窓から差し込む光に照らされた二人の少女は抱き合いながら小さな幸せの時間を過ごすのであった。

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