第47話 愛おしくて
「それでね、今度の土曜日、二人で出かけられたらって思ってるんだけど……」
啓基との仲も修復し、啓基もまた綾乃と改めて交際を始めて数日が経った。
昼下がりの休み時間では今日も美奈は沙耶と裏庭のベンチに腰掛けて談笑をしている。啓基との問題も解決し、美奈も漸くまた心からの笑顔が戻り、沙耶もそれが嬉しそうに微笑む。
今までの美奈ならば玲奈や未希に留まらず、その交友関係から様々な同級生達と過ごすことが多かった。だが沙耶を受け入れてからと言うもの、学園での時間は沙耶と過ごす事が多くなった。それは沙耶だけではなく美奈の中での優先順位の頂点が沙耶になったと言う事だ。
別にだからと言って周囲と疎遠になると言うわけではない。
交友関係をなるべく維持しつつ、沙耶との時間を噛み締めるように過ごしている。今も既に昼食を取り終えた二人は時間が許す限り、寄り添いあって他愛のない話をしている。二人にとってはそれだけでも充分なのだろう。互いの表情が太陽の暖かな日差しが照らす中で綻んでいた。
「あっ、いた。美奈ちゃんっ!」
美奈と沙耶の距離はまさに手と手が重なり合い、肩同士が触れ合う距離だ。
外気温に負けぬほどの心地の良い温かな空気が美奈と沙耶だけの空間を作り上げていると、突然横から自分の名を呼ばれる。突然の出来事に驚いて身体を震わせながら見てみればそこには手を振りながら此方に小走りで駆け寄って来る未希とその後ろには玲奈の姿が。
「もぉっ最近美奈ちゃん、お昼に居なくなりすぎだよーっ!」
二人してどうしたのかと伺うように上目で首を傾げながら玲奈と未希を見る美奈。
何故二人がわざわざ自分を探しに来たのか、ピンと来ていない様子の美奈に未希は不満を表すように前のめりになりながらプンプンと怒った様子で話す。
「美奈がパタリと皆で食べなくなったからさ。今日こそ何してるか見つけてやるって聞かなくて……」
未希の言葉から今一、何故こんな様子になっているのか要領が掴めていない美奈は未希の傍らにいる玲奈にその答えを求めるように視線を向けると、その視線に気づいた玲奈は苦笑した様子でその理由を明かす。早い話、今までかなりの回数でそれこそほぼ一緒に三人で昼食をとっていたのに急に美奈だけずっといなくなって寂しかったのだろう。
「いやその……ごめんね、未希ちゃん……。実は今まで隣の沙耶ちゃんと一緒に食べてたんだ」
今度はいじけたような素振りを見せだした未希に苦笑する美奈。
理由が分かれば、嬉しいのか可愛らしいのか何とも言えない。ただそれだけ未希達とは良い友人関係を築けているのだろう。そのまま隣の沙耶を紹介すると、今まで特に関わる様子も見せなかった沙耶だが紹介された手前、玲奈と未希に軽く会釈をする。
「……貴女、確か……。美奈、もしかして……?」
「……うん。沙耶ちゃんなんだ。私が付きあっている人」
話題に出た沙耶を見やる玲奈と未希は会釈をされた事で未希に関しては慌ててだが二人とも会釈を返す。
ふと顔を上げた玲奈は沙耶を見て何か察したように眉を寄せ手先を顎に添えながら美奈に伺う。
沙耶と言えば、この学園に入る前、それこそ中学時代から知っている。
話したことすら数える程度だが美奈を探しに来たりと一応の面識はある。玲奈が考え付いた事が分かったのだろう、少し困ったような照れくさそうな表情で沙耶との関係を明かす。
「……あー……完っ全にお邪魔虫だ……」
「えぇーっ!? 貴女がそうなのっ!? わぁーっ! 会えて嬉しいよっ!!」
美奈と沙耶の関係を知った二人の反応は様々であった。
今まで恋人同士の甘く仲睦まじい時間を過ごしていたのだろう。そんな時間に騒々しく割り込んできた自分達は完全に空気が読めない邪魔な存在でしかない。その事から額に手を当てて空に仰ぎ見ながら頭が痛そうに顔を顰めて自嘲する玲奈。しかしそんな玲奈に対して、今まで話にはその存在がいると言うだけで実際に出会った事がなかった美奈の交際相手に出会えて単純に沙耶の手を掴んで未希は喜んでいた。
「あっ、私ね? 木村未希って言うの! 気軽に未希先輩って呼んでねっ?」
「こらこら、呼んでほしかったらシャッキっと先輩らしくしなさい。私は辻村玲奈。美奈との関係は一応美奈から聞いてたよ。よろしくね」
ガンガンと元気な子犬のように前に出てくる未希の勢いに付き合いきれないのか沙耶は顔を引き攣らせる。そんな沙耶を知ってか知らずか、まだ自分の名前も教えていない事に気づいた未希はそのまま自分の名前を明かして冗談めいた事を言うと軽く手刀のようにポンと未希の後頭部にさながらツッコミをいれる玲奈は改めて沙耶に向き直り、微笑みを浮かべながら自己紹介をする。
「……寺内沙耶……です。改めてよろしくお願いします」
美奈をチラリと一瞥すれば、二人は良い友人だと言うようににっこりと笑いながら微笑みながら頷く。確かに今の玲奈の言葉や美奈とのやり取りを見る限り、前々からこの二人は美奈と自分の関係について美奈自身の口から聞かされていたのだろう。
美奈にとって、それ程までに心許せる友人なのであれば邪険に扱う必要もない。
素直に自己紹介をして礼儀正しく頭を下げる沙耶。
「それにしても肌白いねー。それに手もぷにぷにだしっ」
「うん、それにどっちかって言うと凛々しいタイプの顔付きだよね」
今までずっと沙耶の手を掴んでいた未希は沙耶の白魚のような肌やその手の感触を味わいながら感嘆していると、その隣で覗き込むように沙耶の顔を見る玲奈も未希の言葉に同意する。
整えられた眉や切れ長の薄ら赤い瞳など全体的に凛々しくクールな印象を受ける。
例え同性であっても、そんな沙耶と目が合えばドキリとするだろう。
美奈もそんな自身の恋人である沙耶を褒められて鼻が高いのか、自慢げに笑っている。
「顔も小さいし、うわぁー……すっごいお人形さんみたい……」
「ねぇ、手入れとかどうしてるの? こんなに綺麗だと憧れるよ」
しかしどんどん美奈はそっちのけで沙耶にばかり話しかけ褒めている未希と美奈。
そんな二人の様子に段々と笑っていた美奈の表情を引き攣り始める。
「ねーねー、ほっぺ触っても良い?」
「ちょっと待ってーっ!」
ずっと沙耶の容姿などを褒めて、沙耶に釘付けになっている友人達。
挙句には沙耶の頬に人差し指を向けながら興味本位で確認を取ろうとする未希に一抹の不安を覚えだしたのだろう。バッと大きな声を上げた美奈はその場にいる全員が驚く中で沙耶の手を取ってこの場から走り去っていく。後には美奈と沙耶の後ろ姿を見て唖然としている玲奈と未希だけが残っていた。
・・・
「……どうしたんですか?」
人気のない資材庫の裏まで来た美奈と沙耶。
漸く立ち止まった美奈は沙耶の手を放すと、その手を抑えながら沙耶は眉を寄せながら今の行動について尋ねる。
美奈があんな強引な行動を起こしたのなどそれこそないと言って良い。
言ってしまえば沙耶でさえ今の美奈の行動に驚いているのだ。
「……二人が沙耶ちゃんにベタベタしてたから……その……嫌だなって……」
いきなりあんな事をして悪かったと思っているのだろう。
振り返った美奈はバツの悪そうな表情を浮かべながら、先程の行いの理由を明かす。
「なっ、なんで笑うの?」
その理由を聞いた沙耶は驚いたように目を見開いたと思えば途端にクスクスと笑い始めたではないか。いきなり可笑しそうに笑い始めた沙耶に美奈はあたふたしながらその理由を問いかける。沙耶がこんな風に笑うのは自分の前では珍しくないが、今回は理由が分からなかった。
「いえ……嫉妬してくれたんですよね?」
「えっ……? あっ……! ぅっ……!?」
笑うのをこらえながらその理由を答える沙耶。紛れもなくその感情は嫉妬と言って差し支えない筈だ。しかし自分で嫉妬だと意識していなかったのだろう。沙耶に指摘された途端、カァーッと一気に恥じらった様子で頬を赤らめ俯いている。
「嬉しかったですよ」
すると沙耶の手が赤く染まる美奈の頬に添えられる。
美奈が嫉妬の感情を、それこそ自分のことに対して出した事が何より嬉しくてそれでいて愛おしかった。
真っ直ぐと向けられる沙耶の瞳と目が合う美奈。
この瞳と目が合えば何故こんなにも苦しくなる程、胸が高鳴るのだろう。沙耶から向けられる目から視線を逸らせない美奈と沙耶の間に絶妙な空気が流れる。
(キス……されちゃうのかな……?)
この場に流れる何とも言えない雰囲気から美奈の視線は沙耶のぷるんとした柔らかい唇に注がれる。
心なしかそんな視線を向けてくる美奈に気づいたのだろう。少しずつ美奈に顔を近づける沙耶に来た!と美奈は待ち構えるように目を閉じる。
沙耶の唇が軽く触れる…………美奈の額に。
「えっ……? えっ!?」
「あれ、なにか違う事を期待していたんですか?」
額に感じた沙耶の唇の感触に美奈は目を開いてオロオロと狼狽えながら額の方向と沙耶を交互に見ている。そんな美奈の様子に悪戯っ子のような意地悪な笑みを浮かべながら沙耶はとぼけながら問いかける。
沙耶の言葉に途端に美奈は今度は顔を羞恥から真っ赤に染め、恥ずかしそうに俯いている。
「美奈ちゃん」
穴があるなら入りたい。
まさにそんな心境の美奈ではあったが、美奈の名を呼ぶ沙耶におずおずと顔を上げた瞬間、沙耶の唇が今度こそ美奈の唇と重なる。
「私は美奈ちゃんしか見えてませんよ」
そのまま驚いている美奈から唇を離し、その耳元で美奈を安心させるように沙耶は囁く。その言葉を聞いた瞬間、美奈は安堵したように肩を下したのも束の間、再び沙耶の唇が美奈の唇と重なる。
この時間、資材庫の、しかもその裏に来る人間などまずいない。そのまま美奈を資材庫の壁に背を押し当て、そのか細い手首を抑えて幾度となく美奈と舌を絡め合い唾液を混ぜ合う。時間が許す限り人知れず二人の少女は愛を深め合うように唇を重ねるのであった。
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