第7話 悩むより笑おう

 

「……一応、確認したいんだけど自慢じゃないんだよね?」


 頭痛に悩まされているように顔を顰めながらひとまず、玲菜は今言われた話の内容を整理する。自分はモテ期なのか、そのような旨の話をされた訳だ。流石に美奈はそういう事を自慢してくるような人物ではないと理解しているつもりだが、念のために確認をしておきたかった。


「ち、違うよ! そんなつもりじゃ……!!」

「……うん、分かってる……。でもどうして?」


 言われてみればそうとも聞こえると自分でも思ったのか、目を見開いて慌てて手を振りながら否定をし始める美奈。確認したかったとは言え少し意地悪をしたかな、と目の前でぶんぶんと首を振りながら否定をする美奈の姿を見て苦笑した玲菜は続きを促す。


「実は……その……ケーキに告白されて……」

「えぇっ!? やっぱり!?」


 話して良いものかと俯き加減に重い口を開いて啓基からの告白の話を切り出す。すると、先程まで頭が痛そうに人差し指を頭の横に置いて僅かに眉間に皺を寄せて確認してきた時とは一転、啓基が美奈を連れ出した時からの予想が当たり、半ば興奮気味に食いついてくる。


「や……やっぱりって……どういう事……?」

「そりゃ少なくとも葉山君は私が知り合った中学時代から美奈を意識してたし……。逆に気付かなかった美奈に驚きだったよ……」


 そんな玲菜の様子にたじろぎながらもその言葉は不可解なのか怪訝そうに首を傾げる美奈の反応を見て多少なりとも落ち着きを取り戻したのか中学時代を振り返りつつ恐らくは告白の時まで啓基の好意を気付かなかったであろう美奈の鈍感さに玲菜は苦笑している。


「それで返事は!?」

「まだ、だけど……。だって……ケーキのこと、そういう風に見てなかったし……」


 年頃という事もあって恋愛話に目がないのか瞳を輝かせて続きを促す玲菜にまだ返事を保留している事とその理由を話す。沙耶と遊びに出かけた時には返事は決まっていたには決まっていたのだが、沙耶の一件もあってまた振り出しになってしまっている。


「所謂兄弟みたいに過ごしてたからってこと? でも葉山君って結構スペック高いと思うけど……」


 今までの学生生活で美奈が啓基を恋愛対象として見ていなかったことは分かっていた。それ故に反動も大きくすぐに答えを出せなかったのだろうと言うのもすぐに分かった。


 とはいえ理由を聞かされ、ある程度理解はしているがそれでも啓基の外見や性格、成績などを踏まえて男子の格付けで必ず上位にその名前が出てくる啓基への女子人気を考えて全然構わないどころか寧ろ受けても良いのではないだろうかと思うが、しかしそこはやはり個人次第なのだろう。


 だからこそ美奈は返事を保留にしている。自分は美奈の立場にいないから分からない為これ以上無理に啓基を推したりなどをするつもりはない。


「でもモテ期って言ってたけど一人だけなの?」

「……その……もう一人……いるんだけど……」


 いかんせん自分が知る啓基の告白に気を取られていたが美奈はモテ期と言っていた。こう言ってはなんだが、もしも啓基一人に告白されただけならばモテ期と言うには少し大袈裟ではないだろうか?

 しかし美奈はもう一人に関しては明かすのは抵抗があったのか、これは先程よりも話すかどうか迷いながら眉毛を八の字にして困った様子を見せながら人差し指を控えめに立てる。


「その……キス……されたの……」

「キ、キキキ……キスぅっ!!?」


 流石に沙耶とは言えなかったのか、それでもキスされた事を明かす。だがその衝撃は玲菜の中の啓基の告白をすっ飛ばすほどで、面喰ったような顔で驚愕している。玲奈にとってキスという行為は少女漫画や映画のなかでぐらいしか馴染みがないのだ。


「えっ……ちょ……えぇっ!? それって知ってる人なの?!」

「知らない人にキスされたら通報するよぉ」


 いまだに話が整理できない玲奈は慌てふためきながらキスの相手について聞くと流石に見ず知らずの人物にキスされたら告白どころではないのか玲菜を落ち着かせながら答える。


「あれでも美奈……もしかしてファーストキス……?」

「あはは……そうなるよね……」


 美奈の返答に「そりゃそうだよね……」と自分を何とか落ち着かせようとカフェオーレを一口飲んで、そこで気付いたことを問いかける。


 美奈には浮いた話というのを聞いたことがない。なにせ鈍感な性格だから男性経験どころか交際した事すらないだろう。そんな美奈は初めての口づけがあのような鮮烈な出来事だった為か、乾いた笑みを浮かべている。


「……ちなみにそれってイケメンなの?」

「えっ……? イケメン……? うー……ん……綺麗な顔はしてるけど……」


 多少話を呑み込めてきた玲奈は漸くちゃんと落ち着きを取り戻したと思ったら今度はキスをしてきた相手の容姿について聞いてくる。


 とはいえ、イケメンなのか? と聞かれたら返答に困るところだ。なにせイケメンという言葉は一般的に男性に使う言葉だからだ。どう答えるか悩みながらでも沙耶のクールな印象さえ受けるあの澄ました整った顔つきを思い出し、適切だと思う答えを口にする。


「でも、それがどうかしたの?」

「いやイケメンだから許されるって訳じゃないけど精神衛生上まだ綺麗な顔の人の方がダメージは少ないかな、って……。だからってとんでもない事には変わりないけどさ」


 しかし何故わざわざ容姿について聞いてくるのか? その事を逆に尋ねる美奈に玲菜は苦笑している。確かに玲奈の言う様に下手をしたらトラウマになりかねない出来事だ。これが沙耶だからまだマシだったのか、それでもこれも玲菜の言う通りとんでもない事だ。


「でも美奈の感じからすると嫌ってるって言うより悩んでる感じだね」

「……うん、私、どうすれば良いのかなって……。最初はケーキの告白を受けても良いと思ってたんだけど、わけ分かんなくなっちゃって……」


 ファーストキスを奪われた美奈だが、どうやらその事についてトラウマどころか気にはなってないらしい。その様子に内心では驚きながらでも、その相手にどうするべきか悩んでいるのでは、と指摘する。美奈自身も自覚しているのかコクリと頷きながらいまだ啓基の事も沙耶の事も答えが出せない事に半ば自嘲的な笑みを浮かべている。


「でも少なくともそれって葉山君との事もまた振出しに戻るくらいそのキスの相手を意識してるってことだよね?」

「そう、なのかな……」


 わざわざ啓基との交際すら考えていたのに、それが全て白紙になってしまう程の衝撃があったのだろう。だがそれは先程も言う様に嫌いになるどころか相手との付き合い方に悩んでいるのだ。意識していないと言えば嘘になるだろう。


 玲奈のその指摘に確かにそうなのかもしれないと再び思いつめた表情を浮かべる。美奈の頭の中には啓基のこと、沙耶のことがそれぞれ渦巻いているからだ。


 手っ取り早いのは啓基を選ぶことだろう。だがそう出来ないのはそんな理由で選ぶのも啓基に申し訳ないし何より沙耶の存在があるからだ。今の彼女がどのような行動をするのか想像もつかない。少なくともあのような事になってしまったのならば沙耶を受け入れるかどうかは別としてその向き合い方をちゃんと考えるべきだろう。しかし恋愛対象として意識すらしていなかった沙耶の存在がここまで大きくなるとは思わなかったのだ。


「みーなっ」


 考えてもこの場では答えは出ずカフェオーレもすっかり湯気も立たぬほど温(ぬる)くなってしまった。俯いて思いつめている美奈に玲菜が呼びかけると顔をあげた瞬間に玲菜はその両頬を軽く引っ張る。


「なんにせよ、美奈に悩んだ顔は似合わないよ。やっぱり美奈には笑顔が一番! だから今日はもう忘れて帰りにデザートでも食べよっ!」


 思い詰めている美奈に気遣ってかカフェオーレを飲み終えた玲菜は美奈に満面の笑みで笑いかける。友達がいつまでもあのような顔をしているのを見ているのは玲菜としても心苦しいのだろう。少なくとも彼女なりに美奈を元気づけようとしていた。


 玲奈にそのような気を回させてしまった事に申し訳なく思いながらでもその気遣いは純粋に嬉しい。美奈は「うんっ!」と頷きながら二人はまず更衣室で着替える始め、町に繰り出すのであった。

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