≒異世界転生

@soubu

≒異世界転生




 ここは、辺り一面が白い空間。白いだけ、物は何もない。虚無の感情しか抱けない光景。


 その虚無の中に一点、ぼく以外に意味のある生命が目の前に存在する。

 不思議の国のアリスと聞いて、すぐに思い浮かぶような服装をしている、綺麗すぎる白髪の女の子。

 目の前にいる。


 藍色の瞳で、こちらを見ている。


「好きです」


 なぜ。


「大好きです」


 なんで。


「理由なんていりません。わたしはあなたが好きで、ずっと一緒に日々を過ごしたい。それだけです」 


 ぼくはどうすればいいんだろう。


「とりあえず、なにをしましょうか」


 わからないよ。


「ちゅーしましょうか」


 いきなりそれはどうだろう。


「しましょう」


 可愛い笑顔で、少女は迫ってくる。座っているぼくに向かって、小さい掌を床にペタリペタリと付けて這いながら、可愛らしいスカートを引き摺って近づいてくる。


「ん」


 抵抗する間もなく、唇を奪われた。柔らかく、脳が蕩けるような甘い感覚に支配された。


「んんんん~」


 小さく艶めかしい舌が侵入してくる。すべての感覚が快楽という波に、少女という存在に、愛に、抱擁されていく。

 腕を背に回されて、肉体的にも抱擁される。


 息が辛くなってくると、少女はぼくの頬を両手で包み、唇を離す。唾液が舌と舌を繋いで垂れ、やがて切れた。


「ねんねしますか?」


 体を優しく倒されて、少女に膝枕をされる。柔らかくいい感触だ。少女が身に纏う不思議の国のアリスみたいな衣装の感触も、少女の膝の感触も。


 ぼくは、もしかしたら、ずっとこうされたかったのかもしれない。

 これは、ぼくの望みだ。

 その望みを、この子は叶えている。


 ぼくは少女の服を握った。少女は頭を撫でてくれる。

「いいこいいこ~」

 その声が耳朶じだを打つ度に心地よく、落ち着く。

 少女と、少女が身に纏う衣服のいい香り。幸福感。でも、あんまり眠くない。


「お茶会しましょうか」


 ぼくが眠くないのを覚ったのか、少女はそう言った。


 頷いて少女の膝から体を起こすと、既に丸いテーブルと椅子が近くに在った。白色なのに、この白い空間でくっきりと認識できるのが不思議だ。


「ここにかけてくださいね」


 促されて、ぼくは椅子に腰を掛けた。少女も対面に座る。


 これまたいつの間にか在った白いポットを少女は持ち、ぼくと少女の前に置かれたカップに綺麗な色の紅茶を注いだ。湯気が立つ。


「いい香りでしょう?」


 いい香りだ。少女には及ばないが。


 紅茶を飲むと、熱く清涼感のあるものが喉を通り、気持ちのいい感覚が鼻から広がる。少女も対面で美味しそうに飲んでいた。笑顔である。


「おいし~ですねぇ」


 楽しそうだ。少女は、心底楽しそうだ。


「あなたは、幸せですかぁ?」


 うん。今は、とても幸せだよ。


「それなら、よかったです……」


 少女は安堵したような表情で視線を落とし、ゆっくりと紅茶を飲んだ。


「紅茶だけだと味気ないですよね。クッキーを食べましょうか」


 すぐに笑顔に戻った少女は、いつの間にかテーブルの中央に現れたクッキーに手を伸ばした。


「おいし~ですぅ」


 頬に手を当てて、満面に美味という感情を表して少女は上機嫌。


 ぼくもクッキーに手を伸ばし、口に入れ咀嚼した。甘くて美味しい。紅茶と合わせるとなお美味しい。飲む速度も上がるというものだ。


 ――――。


 口内をパサパサさせて、紅茶を一気に飲み干すと、頭に鋭い痛みが奔った。


 頭が、痛い。

 脳が、痛い。


 光が明滅する。脳裏に走る光景。


 迫る二つの光。肉を打つ衝撃の音。途切れる意識。


 …………。


 ああ、そうか。ぼくは。


 ――これ以上考えてはいけない。


 そうしてしまったら、ぼくはもう、この場にいられない気がした。


 この子と離れ離れになるのは、いやだ。この空間にいられなくなったら、絶望するしかなくなってしまう。

 だから、ぼくは何も考えずにいる事にした。


 この先どうなるかなんてわからないけれど、ただ君と、いたいよ。 

 いたいんだよ。


 少女は、安心させるような笑みを、向けてくれていた。




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