AM8:19

「はい、とうちゃ~く」

 

 だから勢いよくブレーキ掛けんな! そんなに俺を宙に投げ出したいのか!


 まぁそんな文句はさておき、田沢書店に辿り着いた俺たち。凛が愛車に鍵を掛ける中、俺はその小さな佇まいを見やる。


 相変わらずの古びた店だ。俺がこの店に入ったことは数えるほどしかないけど、前を通ったことは腐るほどあるから。


 まさかこんな形で来ることになるとは思わなかったけど……うん、見た感じ、ホントにだ。


「どしたの? 早く入ろうよ、ちんたらしてたら遅刻するし」

「ん……あぁ、分かってる」


 分かってるけど……書店、か。


「店に入ったら本が飛んできて噛みついてくるとか、そんな事ないよな」


 何言ってるんだろう俺。この1時間足らずで想像力だけが無駄に逞しくなってるな。


「あはは、何言ってんの修二。こんな田舎の書店じゃそんな事ないって」

「……都会じゃあるのか」


 都会、恐るべし。あと、俺の想像力も捨てたもんじゃないな。嬉しくないけど。


 まぁ何にせよ、危険はなさそうだ。俺は凛に先んじて、けれどやっぱり恐る恐る書店に足を踏み入れる。


「……変わってねぇなぁ」


 初めて来た時の感想、『うわ古臭ぇ』

 今回の感想、『マジ古臭ぇ』


 まぁ要するに、そんな書店だ。


「かよばぁ、お願いがあるんだけどー」


 凛が慣れた様子で声を張り上げる。と、店の奥から1人の老婆が現れる。


「あら、かよちゃんじゃないかい。こんな朝からどうしたんだい?」

「私の友達が教科書忘れちゃったから、貸してあげて欲しいなー、って」

「そりゃ大変だ。えーっと、あんた、名前は?」

「あ、えっと、三崎修二、です」


 思えば、このばあちゃんと直接会話したのはこれが初めてだ。少し緊張しながらも、どの教科書が必要なのかを伝えると、かよばぁはしっかりとした足取りでリストアップしたものを持ってきてくれた。


「今日の夕方、返しに来てねぇ? 返しに来なかったら……分かってるよねぇ?」


 分かんねぇっす。分かりたくねぇっす。


「大丈夫だって、かよばぁ。こいつ、そういうのはわりと真面目だから」

「うるせぇよ。……それじゃ、お借りします」


 俺は頭を下げ、踵を返す。

 よかった、普通のやり取りをかわせた。返すのが遅れると色々ヤバいらしいが。

 

 まぁいい。とりあえず今、何事もなく教科書を調達できた事には違いない。


「そういえばさ、修二。まさか魔術書も忘れてきたとか言わないよね?」

「……魔術、書……?」


 何事もないと言ったな。……アレは嘘だ。


 

 

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