AM8:15
「ん? どうかしたの?」
凛の訝しげな声。俺はもう一度鞄の中を眺めた後、溜息交じりにこぼす。
「……忘れた」
「は? 忘れたって、宿題を?」
「いや、それはある。忘れたのは他の教科の教科書だ」
なぁみんな。みんなの中には前日じゃなく、朝、登校前に学校の準備をする、ってヤツもいると思う。俺みたいにな。
でも、忠告だ。それはもうやめた方がいい。
毎日やってることだから忘れるわけない? そうだな、俺も今日までそう思っていた。
でも、朝起きたら米粒魔法陣召喚やら手榴弾やら悪魔王やらが立て続けに襲ってくるとしたらどうだ? そいつらの処理に頭がいっぱいになって、学校の準備なんてまるっきり忘れて家を飛び出す、ってなりかねないぞ?
とにもかくにも、俺はどうやら教科書類をごっそり忘れてしまっているようだ。昨日の授業とカブってる教科は大丈夫だが、どうしても2つ、3つくらいは抜けが生じている。
「……ま、いいか。隣のクラスのヤツに借りれば」
「いやいや、教科書貸すのって結構めんどくさいんだから。人に迷惑かけちゃダメだよ、修二」
今まさに人の宿題を借りようとしてるヤツが何を偉そうに。けどまぁ、言いたい事は分かる。
『修二~、ちょっと教科書貸してくれ』ってくるのはまぁいい。その授業が終わったらとっとと返しに来いバカ野郎。なんで俺が返却の催促をしに行かにゃならんのだ。
「じゃあ、どうすんだよ」
「ふっふっふ、任せなさい」
ききっ、と自転車を止める凛。突然の事に前のめりになる俺を見上げ、凛は得意げに言った。
「田沢書店、知ってる?」
「は? 当然だろ」
それはこの通学路の途中、高校と目と鼻の先に居を構えている書店だ。
60を過ぎたおばあちゃん……田沢かよ、だっけか。1人で切り盛りしてる小さな店だが、うちの校長と古い付き合いらしく、何かと繋がりがあるようだ。
その関係かどうかは知らんが、高校で使われてる教科書もその店では特別に取り扱っている。失くしたりしたヤツは、基本的にそこで買い直すことになるのだ。
「でも、買う金なんか今ないぞ?」
「買わなくていーの! かよばぁと私、結構仲良くってさ。たまに教科書を貸してもらったりしてるんだ」
かよばぁて。仲がよさそうで結構だが、
「それ、結局迷惑かけてね?」
「細かいことは気にしなーい! って事で、寄り道行くよ~!」
言うが早いか、少しだけ進路を変えて爆走を始めるララバイメランコリー。
俺自身、まだちょっと乗り気じゃない部分はあったが、この自転車の主導権は凛にある。流れに任せるほかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます