考えなし恋愛の義務教育化

ちびまるフォイ

お前はまだ恋愛の勉強がたりん……!

「みなさん、進級おめでとうございます。

 晴れて小学6年生になったわけですがこれから新たな科目が増えます」


先生は黒板に大きく「恋愛」とチョークで書いた。


「小学6年生からは義務教育に恋愛が含まれます。

 みなさん、今年1年の間に好きな子を作ってください」


クラスメートはお互いの顔を見合わせた。


「いいですか、小学生のうちに恋愛を知り、

 中学生で恋人をつくり、高校生でキスをして、大学生で結婚する。

 というのが義務教育として決まりました」


「先生、ぎむきょういくって?」


「みんなで守るルールみたいなものです。

 みんな、難しいことではないですよ、単に好きな子を見つければ良いんです。

 できる子は恋人になっちゃってもいいですよ」


それから時間割には「恋愛」が組み込まれて、

水曜日の5時間目と、金曜日の3時間目に恋愛の勉強をするようになった。


女子と机を合わせてお話をしたりするだけだったり、

女子と男子のグループでなにか作ったりするものだった。


僕はよく意味がわからなかった。


2学期の終わりになると、恋愛できた友達が増えていった。


「マミちゃん、聡くんに好きって言われたの?」

「うん……」

「で、なんて答えたの?」

「恋人は早いかなって。中学生になってからって答えたの」

「おとなーー!」


女子は好きって言われた人が有名人みたいに見られるのか人が集まる。

男子は好きになった人を教えたりしないし、恋愛の話をすることもない。


「みんな、恋愛って本当にしてるのかな」


僕は信じられなかった。

だって、僕の友達はみんなゲームと漫画の話しかしてなかったから。


3学期がはじまると、お父さんお母さんと一緒に先生に呼び出された。


「実は……先日、教室内で好きな子アンケートを取ったんです。

 恋愛教育の進捗を調べるために。で、これが悠斗くんのものです」


先生は前にみんなで書いた紙の1枚を机の上に出した。


「『気になる子:とくになし』って書いたんですよ。


 うちの学年でもみんな好きな子とまではいかなくても

 気になる子は記入しているんですが、悠斗くんだけはとくになし、と」


「うちの子は、どうなるんでしょうか……?」


「義務教育ですからね。この恋愛の科目を突破しないと

 留年もしくは特別恋愛施設での勉強になるかと思います」


「お母さん、どういうこと?」


僕はよく話がわからなかった。


「先生! どうかそれだけは! 今のクラスには友達がいるんです!

 こんな序盤でひとりぼっちになった後に進級しても

 悪目立ちしてクラスになじめなくなってしまいます」


「先生、なんとかならんのですか」


「こればかりは本人の感情の問題ですからね……」


4者面談が終わってから家に帰るとき、

お父さんもお母さんもなにも話さなかった。


家についてゲームをしようと2階に上がろうとする僕をお母さんが止めた。


「悠斗、話があるから……ちょっと来なさい」


僕は嫌だった。

こういう風に言うときは決まって怒られるから。


「悠斗……今日、先生に呼び出されたのは、わかる?」


「僕が恋愛できてないから?」

「そう……」


「悠斗、お前、その……女の子が好きなんだよな?」


「お父さん、どういうこと?」


「たとえば、なんていうか、自分の性別とのギャップに苦しむというか、

 なんか……その、男の子である自分に違和感を感じるというか……」


お父さんの言っている意味がわからなかった。

しどろもどろのお父さんを見かねてお母さんが助け舟を出した。


「悠斗、あなたは男の子のほうが好きなの?」


「うん。だって女子と遊んでも楽しくないもん。すぐに泣くし。

 僕、友達とゲームの話している方が好き」


「そういうのじゃなくて、男の子に恋愛感情を持ったりは?」


「男子と恋愛はしないんでしょ?」

「そうだけど……」


「女の子が好きなんだよな!?」


今度はお父さんが怒ったような顔をして怖かった。


「よくわからないよ。なんでお父さんもお母さんもそんなに怒るの?」


「怒ってないわ。お母さんはあなたがちゃんと恋愛できてないから……」


「もし、女の子が好きじゃないなら、すぐにお父さんに言いなさい。

 そういう方針のカリキュラムになるだけだから。大丈夫だぞ」


「……?」


好きとか嫌いとかよくわからなかった。

でも、その夜、お父さんとお母さんはわずかな明かりでボソボソと話していたのを聞いた。


「あの子……恋愛ができないなんて……。

 私の育て方が悪かったかしら……辛くあたったときがあったから

 それできっと、人を好きになれない子になってしまったんだわ……!」


「自分を責めるんじゃない。あの子は大丈夫だ。

 恋愛をあけっぴろげに話すことが恥ずかしくて黙ってるだけだ」


お母さんは泣いていた。

泣いている理由はよくわからないけど僕が原因だとはわかった。


僕はちゃんと恋愛しようと思った。


「僕、サトミちゃんが好き」


「え!? ありがとう! うれしい!!」


その日から僕は恋愛をするフリをするようになった。

サトミちゃんのことは別に興味がなかった。


隣りに座っていたので好きということで話した。

サトミちゃんは僕に好きだと言われたことを女子に嬉しそうに話していた。


僕は女子のこういうところが好きじゃなかった。

僕がまるでアクセサリーのひとつにでも思われている気がした。


中学生になると、僕の周りのみんなは恋人を作るようになった。


だいたいが小学生のころに好きだった子と恋人になるかだった。

仲の良かった男友達も恋愛をするようになってあまり遊ばなくなった。


「ねぇ悠斗くん。学校終わったら一緒に帰ろうね」


「うん。どうして?」

「恋人でしょっ?」

「そうなの?」

「そうだよ」


サトミちゃんと僕は恋人になったらしかった。

僕は別にそんな契約を交わした覚えもないし実感もなかった。


一緒に帰ることがなんになるのかもよくわからない。


でも、腕を組んで歩くサトミちゃんは嬉しそうだったし

サトミちゃんと家に帰ってくると決まってお父さんとお母さんは笑顔だった。


「あなた、やっぱりうちの子はちゃんと恋愛できたのよ」

「言っただろう? 恥ずかしがっていただけだって」


その声は僕にも聞こえていた。


小学生の頃に見つけた好きな子からフラれたりした人は、

余った人となし崩し的に恋人になったり、それでも余ったら同性愛診断されていた。


「ねぇ、悠斗くんはどこの高校に行くの?」

「近くの高校」

「じゃあ、私も同じ高校にする。一緒に勉強しようね」

「なんで?」

「恋人だもん」


高校生になると、みんな小学生や中学生の頃のように

恋人が変わったり戻ったりすることはなくなって落ち着いた。


僕はもう義務教育がだんだんと面倒になってしまっていた。


「サトミちゃん、キスしよっか」

「え?」


「キス」


「ちょ、ちょっと……最低!!」


恋人になってから僕は初めてはっきりと拒否された。意味がわからない。


「なんで!? 悠斗くん、どうして急にキスなんて……。強引すぎるよ!」


「だって恋愛の義務教育ではキスするんだし、

 忘れて後で怒られるよりも先に済ませたほうがいいでしょ?」


「どうしてそんな風に思えるの!? ありえない!!」


それきりサトミちゃんとは距離を置かれてしまった。

男友達からは笑われたり慰められたりはしたけど、別になにも思わなかった。


「悠斗、それでお前これからどうするんだよ?

 新しい女でも探すのか? 高校生になってからだときついぜ?」


「だよね。たぶん復縁するほうが楽そうだからそうする。

 恋愛教育で留年したくないし」


その後は拒否されながらも、必死に謝ったり弁解したりした。

面倒だっけどイチから恋愛をはじめるよりはまだマシだと思った。


なんやかんやで機嫌が治ったサトミちゃんとは前の関係に戻れた。


「キス」を実行するには「ムード」が必要らしかった。

それは自分で演出することもできるけど、自然に出るものらしい。


よくわからなかったので、友達に聞いた「ムード」がある場所

たとえばみんな帰った後の放課後の教室とかにわざと残ったりした。


かくして、やっとこさ高校3年生でキスができた。

受験で合格も決まっていから恋愛で留年するわけにいかなくて安心した。


無事、大学に進級すると今度は「結婚」が待っていた。


高校のときのようになにか下手をしてしまって、

また関係が崩れて修復するのは面倒なので今度は間違えないようにする必要がある。


「結婚……結婚するための方法はっと……」


事前に恋愛について学び、結婚について勉強して理解を深めた。

いままで興味のなかった恋愛科目に一番熱心に取り組んだ期間だった。


まるで大がかりなドッキリでも仕掛けるように、

数ヶ月前から将来の話とかをそれとなく話したりしつつ、

結婚するために必要な買い物や準備を済ませていった。


そして、「ムード」のある場所で僕は告白した。


「サトミちゃん、僕と結婚してください」


「……はい ///」


僕はすっかり安心した。

これで断られたらまたイチからやり直しになるところだった。


これですべての恋愛義務教育が終わった。


ほのかな達成感が湧いてきたと思ったら、どす黒い不安な心がそれを塗りつぶした。






その夜、かつて小学校の担任の先生に電話がかかった。


「もしもし? どなたですか?」


『鈴木先生ですか? 〇〇年6年3組の山田です』


「おおーー。山田悠斗か。懐かしいなぁ、いったいどうしたんだ?」


電話の向こうの声はひどく怯えていた。



『先生、義務恋愛で結婚した先はいったい何をすればいいんですか?』



「し、幸せにすればいいんじゃないかな……」



その後、大学生以降の義務恋愛のルートも定められた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

考えなし恋愛の義務教育化 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ