Ⅳ
招き入れられたのは
ジジイは柄杓で
ひとつは自分に、ひとつは俺に。
床は木張りで、思ったよりしっかりしている。
「こんなところまで、わざわざ何の用できたんだ。ええと――
その時、稲妻のように思い出が脳裏を襲う。髭はなく、髪にもまだ黒いものが混じっていた。だが、間違いなくこの男と会ったことがある。
「
ジジイは怪訝そうな顔をしたが、真剣な表情をみて思い直したように答えた。
「ワシはテンドウ。姓はない。ただのテンドウだ」
テンドウという名に心当たりはなかった。失望に心が打ちのめされる。
「親しいものは、
言の葉、言の葉、言の葉! たしか、父ちゃんは言の葉に会いに行くといっていた。
「十年ほど前のことですが、ここに棒術の達人と子どもが訪ねてきたことはありませんでしたか。その時の子どもが俺なんです」
テンドウは目を丸くしたが、すぐに顔を伏せた。
「すまんな。ここは
父ちゃんは棒をよく使ったが、本当に棒術の達人であったかどうかもわからない。ただの口から出まかせだった。ここに来たときに、棒を持っていたかどうかもわからないのだ。
「と――親父とは、十年ほど前に別れたきりです。名前もわからない。ガキの俺は、父ちゃん父ちゃんって呼んでたんで……」
間抜けなことをいっているのは理解している。だが、それ以外にことばが出てこなかった。
「それで、父親のことを知るためにここへ訪ねて来たわけか、ウェイリンさんは」
「いや、違います」
再びテンドウは目を丸くした。まあ、普通に考えればそうだろうよ。
「ここに来たのは、テーラという町が一つ目の巨人に襲われるのを、なんとかして欲しいと頼まれたからです。それで一つ目の村に出向くと、どうやら
「お前は、一つ目とはなしができるのか」
テンドウは驚いたような顔をするが、俺は首を横に振る。
「会話できるわけではありませんよ。腕試しをして勝ち、一つ目に認めてもらっただけです」
「そんな事で、あの一つ目との間に思いが通じるものなのか」
ことばだけが考えを伝える方法ではない。芋掘り中に猿が襲ってきたことは、百のことばより雄弁だった。高所から
「黒幕か。黒幕というほどの考えがあったわけではないんだがな」
テンドウの爺さんによると、こういうことらしい。
一年ほど前から、一つ目たちは森のかなり奥まで入り込むようになった。理由は定かではないが、芋を掘り狩りをおこなう場所が、爺さんの小屋に近づいてきた。そこで、一つ目たちに自分の住まいの近くでの狩りをやめてもらうように頼んだが、自分より弱い相手のことばなど耳に入らない一つ目たちに無視された。それでも、自分に害がなければ我慢したのだろうが、一つ目たちがテンドウ爺さんの飼っていた犬を殺し、死体を持っていくという事件が起きた。おそらく食料にしたのだろう。爺さんは堪忍袋の緒が切れて、時々薬を分け与えたりしていた猿に武器を渡し、一つ目を追い払ったというわけだ。
「
一つ目たちには悪気はないのだろう。犬を殺したことも悪気があったのではなく、ちょうど捕まえやすい獲物がいたから捕まえただけのこと。ことばが通じても、お互いにわかり合うことができないとは面白い。
「俺が安全は保証します。一つ目たちの村へ一緒に行ってもらえませんか。俺は一つ目の一番強い奴を負かしたので、連中は俺のいうことなら従うと思います。町の人間、一つ目たち、テンドウさんが仲良く暮らせるように、はなしをつけましょう」
本当にそんな解決策があるのかどうかは知らない。爺さんは少し何かを考えていたようだが、最後には納得した。
「だが、これから戻っても夜になる。今日はここに泊まっていけばいい。ラケーナたちにも、あらかじめ伝えておかなければならんからな。お前は部屋に隠れていろ」
「ラケーナというのは、ひょっとしてあの猿のことですか」
テンドウはうなずいて両手を口に突っ込み、大きな音で指笛を吹いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます