Ⅱ
キョロキョロと眼球だけを動かす。
異常なし。
寝台を降り、体の筋を伸ばす。顔を洗う水が欲しいが、お偉い巡察官は自分で水をくんだりしないだろうな。
隣の部屋に眠るジェレーオを起こすと、水を用意するように頼む。
階段を降りる音、そして階段を上る音。早すぎる。水はどうしたんだ。
「ウェイリンさん、下に客が来てます。たぶんベンヤンという奴だと思います」
「ウェイリンはお前だ。俺はフゲン、あるいはゴドリエル巡察官だ。忘れるな」
町に入ってから、この店に来るまで誰にも会わなかったが、誰にも見られなかったというわけではないらしい。それとも、昨日の客のうち一人がご注進か。
「着替えて、剣と槍を持ってこい。オドオドしていると、相手に舐められるぞ」
水筒の水で顔を拭い、身なりを整える。目ヤニのついた顔では、お偉い巡察官とはいえないだろう。育ちの悪さは隠せないが、気位だけは高く持つ。
「よし、いこうか」
腰に剣をぶっ差したジェレーオに一声かけ、階段をゆっくりと降りる。まあ、いきなり襲ってはこないだろうよ。
酒場には五人の男とマイラだけ。昨日の二人はいない。
一人だけ座っているのがベンヤンか。
「おはよう。お――私に客だときいたが、あんたたちか」
神経質そうな顔。頭の回転は速いが、人を信用しない男に見える。
「こんな寂れた町に何の用かな。私はこの町の責任者のベンヤンというものだ」
町長とか顔役ならわかるが、責任者とはどういうことだろう。まあいい。
「私は国王の
神経質そうな顔が、ピクリと痙攣するのを見逃さない。
「鉱山の持ち主はフレネオという人物だときいていたんだが、そちらのお嬢さんにフレネオ氏は亡くなったきいた。今の鉱山の持ち主は――」
「私だ!」
遮るようにベンヤンが怒鳴る。
「あんたがフレネオを殺したんじゃないか。フレネオの持ち物なら、あたしのものになるのが当たり前だよ!」
マイラの叫び声に、ベンヤンの後ろにいた男たちが動いた。
「やめろ」
ドスのきいた声に、男たちが凍り付く。ゴロツキ相手なら、俺の威圧でも通用するようだ。
「鉱山が誰のものでもかまわない。ベンヤンさんが持ち主でも、マイラさんが持ち主でもどちらでもいい。王の詔勅書により、この後鉱山を調査する。まさか三人目、四人目の鉱山の所有者はいないだろうな」
いい女だということ以外に、マイラを応援する理由はない。ムカつく男だからといって、ベンヤンを殺したいと思うこともない。
「マイラさん、食事の用意を頼む。飯を食ったら、すぐに鉱山へ出発する」
手ぬぐいを地面に叩きつけ、女は調理場へ姿を消した。
「ゴドリエルさん。ひとつ教えてもらいたいことがあるんですが、いいですか」
ベンヤンの問いへ、鷹揚にうなずく。
「もし鉱山で、もの凄く貴重な鉱物が見つかったりしたらどうなるんですか。鉱山の持ち主はしかるべき対価を支払ってもらえるんですか」
俺が笑顔を向けると、ベンヤンも笑顔で返した。
「もちろん、慈悲深い国王はしかるべき支払いを用意しているよ。金貨一枚くらいは支払われるだろう」
神経質そうな顔に、怒りが張り付いた。
「金貨一枚、たったの金貨一枚?」
「こう見えても、私は鉱山を調べる魔術が使える。タダで取り上げることもできるんだ。ありがたく思って欲しいな」
ベンヤンは何もいわずに席を立ち、酒場を出ていった。
マイラの
「
女にもきこえるように、ジェレーオへ声をかける。
「最後の食事になるかもしれないのに、食欲旺盛でうらやましいな。さすがだ」
ぎょっとしたジェレーオは
「宿代を精算していきたいと思う。いくらになるかな」
「食事も入れて、全部で銅貨三十枚」
吐き捨てるようにマイラが答える。
銅貨を三十枚ちょうど支払うと、ジェレーオと一度部屋に戻った。
「半弓に
さあ、こちらが売った喧嘩をベンヤンは買うだろうか。巡察官を殺すのは大罪だが、金貨一枚では到底納得できまい。魔銀を掘り出せば数千枚単位で金貨が手に入る。俺が鉱山を調べる魔術を持っているという嘘を信じたなら、時間稼ぎに襲いかかってくる可能性は高いはず。
血で血を洗う争い。望むところだ。
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