鉱山
Ⅰ
寂れた町。
かつて繁栄していたことがわかるだけに、その
まあ、魔銀がないのだから当然か。山の
街道から町に入ると大通り。左右の店は軒並み閉まっていた。
フレネオはどこにいる。そもそも何者なんだ。
長い大通りに、はじめて開いている店を見つけた。
交差した酒瓶の看板、酒場だろう。
どんなに不景気な場所でも、人が住んでいる町には酒場があるものだ。農村なら自前の酒があるが、こんな岩だらけの町では無理なはず。フレネオが酒場の主人ということもあり得るが、まずは喉を潤したい。
渡世人なら親分さんを探して仁義の一つも切るのだが、いまは巡察官。上からいくか、下からいくか。出たとこ勝負。
「邪魔するよ。喉が渇いた。エールか水で割ったワインでももらえないか」
突き刺さるような視線。だが、その数は少なく力は弱い。
酒場には一人の女と二人の客。まあ、座っているんだから客なんだろうよ。
「よそ者が珍しいのかもしれないが、とにかく一杯、いや二杯頼むよ」
後ろからゴツンという音。
振り返ると、
しかし、ドジなジェレーオのおかげで場が和むのがわかった。ワインが木の椀に注がれ、
「いくらになる」
「銅貨一枚」
よく熟れた女だ。若さはないが、いい歳の重ね方をしている。
財布から銅貨を二枚出すと、女は首を横に振った。
「二杯で銅貨一枚」
正直なのも気に入った。銅貨を一枚手元に戻す。銅貨一枚を余計に渡すのは、逆にケチくさい。
丸い卓に腰掛け、水割りワインで喉を潤す。なにもしゃべってないんだ。毒を心配する必要はないだろう。
「この町に、泊まるところはあるか」
女は二階を指さす。この酒場が宿屋を兼ねているのか。
「ところで、フレネオという男はどこにいる。用があって、わざわざこの町まできたんだが――」
空気が変わる、悪い方に。フレネオの話題は禁句か。
「なんの用だ。お前はいったい何者なんだ!」
突然、客の一人が大声を上げる。初老の男。見える範囲に得物はなし。よほどうまく殺気を隠してるのでなければ、大した脅威ではない。ジェレーオが槍を強く握るのを手で制する。
「私は国王の巡察官、フゲン・ゴドリエルというものだ。この町の鉱山について調査にきた。フレネオという男が鉱山の所有者だときいたが、違うのか」
決めた。上からいこう。こちらは王の巡察官なのだ。卑屈になる必要はない。
「フレネオは死んだ、五日前に。子分に殺されてね」
女の表情に影がさす。なぜだかわからないが、俺の口から間抜けなことばが飛び出した。
「あんた、名前は」
女の名前はマイラ。案の定、フレネオの女だったようだ。フレネオは町のボスで酒場の主人。大した侠客ではないだろう。寂れた町の親分は、ベンヤンという
一発逆転。
大金持ちになる目があるなら、世話になった親分でも殺すだろうよ。
酒場で飲んでいる二人は、鉱夫あがりのフレネオの子分。ベンヤンの下につくのも嫌だが、仇を討つ勇気もない。これはいいところに来たもんだ。こちらが手を下さなくとも、すでに戦いははじまっている。
「それは困ったな。どうしてもレストンド鉱山に入らなければならん。今の所有者は誰なんだ」
三人が目配せをするのを見逃さない。俺をどう利用しようかと考えているのか。
「フレネオのものは私のもの。だけど、あのベンヤンが権利書を奪っていったんだ」
学のない俺には、細かい法律のことはわからない。権利書を持っていても、奪われたのであれば無効になるのか。それともベンヤンが現在の所有者。まあどっちでもいい。
「そうか、ではベンヤンという男のところに行ってみるか」
「お役人さんも殺されちまうよ、行っちゃダメだ」
俺を心配して、というわけではあるまい。一目惚れされるほどの色男じゃないのは、自分が一番知っている。
幸い、この町に入ってから誰にも会ってはいない。
「まあ、そろそろ日も暮れる。明日にしてもいい。今日は疲れたので、ここへ泊めてもらおうか。食事も頼む」
フレネオが死んだというのが嘘で、俺たちをここで足止めしようとしているかもしれない。
いや、それはない。女の嘘くらい見抜けるつもりだ。
本物の巡察官を殺しても、いずれ別の巡察官が派遣される。ならば、懐柔しようとするのが上策。
待っていれば、敵も動き始めるはずだ。晩飯を食って、さっさと眠るとしよう。
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