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zizi

第1話

              1


「宮部部長、オオノギという方から電話が入ってます。1番です」

席に着こうとした宮部の背中に、女子社員が甲高い声で電話が入ったことを報せる。

外廻りを終えてロッカーにコートと背広の上着をしまった宮部は、いつもその足で喫煙ルームに向かう。きょうも一服して部屋に戻ったばかりであった。

「おう」

 返事をしながらゆっくりと受話器を外してボタンを押した。大野木は大学時代の同級生だ。

「めずらしいなァ、おまえが会社に電話をかけてくるなんて」

 宮部は、飲み会への誘いだと思いながら、受話器を耳に当てたままクルリと椅子を回転させて窓の外に目を向ける。

「じつはな、けさ土田が亡くなったそうだ。彼の奥さんから電話があった」

 大野木はえらく神妙な声になって話す。

「ええッ、マジかよ」

慌てて椅子を戻した宮部は、両肘をデスクに突いて眉根を寄せた。

「で、急なんだけど、きょうの七時に総合式場で通夜がある。告別式は明日の午前十時だ。おまえも忙しいだろうけどよろしく頼む」

「大野木、おまえはどうするんだ?」

「俺は夕方にどうしても外せない仕事があるんで、それが済みしだい顔を出すそうと思ってる」

それを聞いた宮部は、思わず袖を捲って腕時計を覗き込む。

時間は午後三時半を少し過ぎていた。

「そうか……俺も通夜式のはじまる時間には行けそうにないが、少し遅くなっても必ず顔を出すようにするよ。大野木、わるいけどその総合式場の場所と電話番号をFAXしてくれないかな、いま番号言うから」

「わかった。じゃあ俺は先に行ってるから」

 宮部は力なく受話器を置くと、ついと席を立って喫煙ルームに足を向けた。

 喫煙ルームのガラスドアを開けると、若い社員がひとりタバコを吹かしていた。宮部の顔を見ると急いで火を消し、一揖しながら部屋を出て行った。

 胸のポケットからマイルドセブンを取り出し、薄暗くなりはじめた窓外を見ながら大きく烟を吐き出す。日の暮れかけた冬の景色は自分のいまの気持を映しているように見えた。

(またひとり友人が亡くなった――それもあの元気だけが取り得だった土田圭介が。あまりに突然なことについ原因を訊くのを忘れてしまったが、いつ自分がそうなってもおかしくないという警鐘に聞こえなくもない)

 宮部はタバコを左の指に挟んだままそんなことを考えた。

気がつくと右手で首筋を押さえていた。耳の後ろに固い痼になった部分を指先で解すようにする。このところ無意識にしている仕草だった。

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