バックアップした身体で生き返ったら18年経ってましたが私は私です

楠樹 暖

バックアップした身体で生き返ったら18年経ってましたが私は私です

 人生は映画のようなもの。それぞれの役割をそれぞれが演じて物語を作る。

 私もお金持ちの娘という役割を演じている。

 今日も庶民が一年暮らしていけるほどの料金のボディバックアップを受けている。

 無駄だと思えることにも躊躇なくお金を使うのもお金持ちの役割の一つ。

「では、目をつぶってください。ここから復元された直後と想像していてください。では保存開始します。三・二・一」

 保存は一瞬で終わる。転送装置の技術を応用して転送バッファを丸ごと膨大なストレージに保存するのだ。

「リサ!」

 さっきまで職員の人しかいなかった部屋にお父様の声が響く。

「もうバックアップ終わったの?」

 目の前にはお父様の顔。皺と白髪が増えて老けて見える。

 さっきとは違う風景。違う部屋?

「落ち着いて聞くんだ、リサ。お前は死んだんだ」


 死んだのは私ではなく、私のオリジナル。今の私はバックアップから復元したリサ。

 バックアップしたときから実に十八年が経っているという。

 バックアップは二十年で人格権が消失してしまうので私が死ぬのがもうあと二年遅かったら完全に死んでたところだ。

 映画でいったらエンドロールで席を立たずに最後まで見たら、もうワンシーン出てきたようなものだ。

 ストレージセンターからの帰り道、車窓に映る街の景色は見慣れたはずなのにどこか微妙に違和感がある。

 知っているはずの店がなくなり、看板も新しいものに置き換わっている。

 肉体年齢は十八歳なのに、戸籍年齢は三十六歳。いきなりおばさんになってしまった。

 屋敷に着くと執事が出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ジョージ?」

「父は亡くなりました。私はケンです」

「ええっ! ケン? あのくそ生意気な!? 変われば変わるものね」

 ケンと初めて会ったのは一月前。執事のジョージが息子を屋敷で働かせるために連れてきたのだ。

「お嬢様は当時と全くお変わりなく……」

「ジョージが亡くなっていたのはショックね」

「五年前の話です」

「そう……。ジョージにはお世話になったからお葬式には行きたかったな」

「……私もです」

「ケンはずっと屋敷にいたの?」

「一時期他で働いていましたが旦那様に呼び戻されました。お嬢様がお戻りになることになり、知った顔がいた方がいいだろうとのことで」

「確かにね。同い年の男の子がいきなりおじさんになって目の前に現れるのもどうかと思うわね」

「申し訳ありません」

「ケンが悪いわけじゃないのよ」

 ケンに連れられ自分の部屋まで行く。

 部屋に入っても違和感がない。

 多少物の配置が変わっているけど私の記憶の中とあまり変わらない。すごい再現率だ。

「お嬢様が出て行かれてから手を付けずにそのままでしたから」

「私が? 出て行った?」

 ケンは口元を手で隠した。余計なことを口にしたようだ。

「お嬢様のこの十八年のことは話さないように旦那様よりきつく言われていますので……」

 いくら突いてもケンは口を割らない。

 私の知っているケンは何でもペラペラ喋るようなヤツだったけど、人間、変われば変わるものだ。


「見合いの話を持ってきたぞ」

 お父様が意気揚々と見合い写真を持ってきた。

「とりあえず、銀行の頭取の息子と自動車会社の社長の息子の二人だ。どちらでも好きな方を選べ」

 選べと言われても選択肢が二つしかない。

 金持ちの娘という役には政略結婚の駒という属性がある。

 人生という映画で生きていくには役を演じなければならない。

 困ったときにはよくジョージに相談していたけど今はもういない。

 代わりにケンに相談してみた。

「どちらを選んでも幸せになれると思いますよ」

「じゃあ、ケンが選んでよ」

「それは私の役目ではありませんので」

「あーあ、親が決めた結婚なんて嫌だなぁ。かと言って好きな人がいるわけじゃないし」

 ケンは目を合わせないように伏せた。

「ねぇ、ケン。私を連れて逃げてくれない?」

「…………」

「お金持ちの娘なんて役を放棄して別の役がやりたいな。ケンと一緒に」

「……私がもう十八年若かったら誘惑に負けているところでしたよ。旦那様ももうすぐ六十歳です。早く旦那様を安心させて差し上げてください」

「ちぇー。仕方ないな。でもね、実を言うと、ケンを初めて見たときちょっとカッコイイかなって思ったんだ。今は今で落ち着いた感じで別の魅力があるけどね」

「大人をからかうものではありませんよ」

「なによ、一人で大人ぶって」


 その夜夢を見た。

 夢の中で私はベッドで横たわっていた。

 目は見えず、誰かが手を握っている感触がした。

「私の最後のお願い聞いてくれる」

「ああ」

「私が死んだら、あなたはあなたの人生を生きて。私のことはいいから、誰か別の人と……」

「リサ……」

 私の記憶に無い私の記憶。

 私の記憶にもある声と同じ声。

 翌朝、ケンを呼びつけて話をする。

「ねぇ、オリジナルの私って誰かと結婚してたのかな?」

「言えません」

「私もその人と結婚するべきかな?」

「今のお嬢様は、今のお嬢様です。オリジナルと同じ道を辿る必要はありません」

「私、オリジナルもバックアップも魂は同じ一つだと思うの。身体というのは魂の光が映画のスクリーンに映した影のようなもの。身体の違いって、映画を上映する映画館の違いくらいしかないんじゃないかと思うの」

「お嬢様と、オリジナルのお嬢様は別の人格です。囚われる必要はありません」

「ねぇ、オリジナルの私が死んだときの言葉を覚えている?」

「!?」

「私、言ったよね。『誰か別の人と』って」

「どうしてそれを? 二人だけしか知らないはずなのに……」

「オリジナルと今の私が別の人格っていうなら、別の人だよね!」

「私、結婚相手を決めた!」

 お父様はこうなることを知ってたのかな?

 人生は映画のようなもの。

 やっぱり恋愛映画の主人公はハッピーエンドを演じないとね!


(了)

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