第702話 無茶ぶり

「ほう……ぬしは新たな大魔法を構築するつもりとな?」

静かな洞窟に、静かな声がそっと響く。

そう言われて、ウッと詰まった。

そんな、大それたものを作ろうなんてこれっぽっちも思っていない。

いつもの魔法の延長くらいのつもりなんだけど。

ルーに聞いても教えてくれないだろうし、久々にここへやって来た。

以前猛特訓をしたここでそんな話をしていると、またもや貧乏くじを引きそうで落ち着かない。

「構築だなんて、そんなすごいことじゃなくて……。普通に、みんなで魔力を出し合って普段できない魔法を使おうねってだけなんだよ」

視線を逸らして、向こうの方で仲良くおやつを食べる二人を見やった。ラピスとマーガレットは、二人だと一体何を話しているんだろうか。


サイア爺は、思慮深い金の瞳をゆったりと瞬いて笑う。

「それは普通、かの? まあよい。ぬしのやりたいことは、よう分かった。して、儂に何を聞きたいのじゃ?」

うん、話が早い。サイア爺は、いちいち驚いたり怒ったり呆れたりせずに話を進めてくれる。ラ・エンにしろ、サイア爺にしろ本当に聞くのが上手だと思う。年の功ってこういうことだろうか。

オレは嬉しくなってその瞳を見上げた。

「あのね、大魔法はオレが考えるんだけど、それをどこかに書かなきゃ説得力がないでしょう? オレの国にあった古い書物で――っていうことにするなら」

そう、オレが考えました! なんて言っちゃあダメだもの。分かっているよと顔を引き締めて頷いてみせると、チュー助が小首を傾げて腕組みをした。

『んん? けどみんな、主が考えると思ってるような……』

あれ……言われてみればそうかもしれない。だって、みんなに何か考えてって言われたんだから。

それならこんな小細工、必要ないのでは。

パッと顔を輝かせたところで、モモがふよんと揺れた。


『そうね、それでもこう、対外的にタテマエってやつも必要なのよ。それに、みんなが言ってるのは、せいぜい通常の大魔法を多少アレンジした程度……だと思うわ』

分かっているわよね? と言いたげな視線が突き刺さる。

なるほど。うん、もちろんそう思っていた。咄嗟に難しい顔をして、重々しく頷いてみせる。蘇芳のぬるい視線も、チャトの小馬鹿にした視線も見ないふりをした。

「書く内容は、既に決まっていそうな顔じゃの? 大魔法を既に作りよったか」

ふぉふぉ、と笑う声が柔らかく広がっていく。

「う、ううん! まだできたわけじゃないの! だけど、魔力と魔素があってイメージがちゃんとあれば、魔法は使えるでしょう?」

慌てて言い募ると、サイア爺は深い金の瞳でじっとオレを見た。


「魔法は定型のもの……という思い込みがないと、こうも違うものかの。いや、ぬしのそれは、おそらくぬしの性質も関わっておるのじゃろうて」

「オレの、性質?」

傾けた頭を、乾いた大きな手の平が撫でた。

「ぬしの、力と言えばよいか? 形ある物に力を与え、姿無きものに形を与え、世界に存在を許す力じゃ」

まるでラ・エンみたいな言い方だけど。でもそれって、つまり生命魔法が得意ってことだろうか。それが、魔法を新たに作ることにも影響していたんだろうか。

「むう、ぬしに分かりやすく言えば……ぬしが新たな魔法を世界に召喚しておるのかも、だのう」

オレは、ぱちりと目を瞬いた。


召喚は、召喚じゃあなくてこの世界に『新たに生み出して』いると言えるの?

召喚が生命魔法と関連が深いのは、だから、なんだろうか。

「うーん? そうかなあ……だって、召喚って元ある魂を喚んでいるだけだもの。やっぱり『召喚』で……あれ? でもその身体は新たにできているんだから……?」

オレはみんなをぐるりと見回した。

みんな、元の姿とは違う形でここにいる。それは、てっきりこの世界の姿を借りているからだと思っていたけれど。


だけど、と手を伸ばしてオレンジ色のやわやわした毛並みを撫でた。

この世界にない姿は、一体どこから?

もしかして、チュー助の時みたいに。この姿はみんなと一緒に、オレが作り上げているってことだろうか。最初に召喚するとき、やたらと魔力を消費するのは、そのため?

「だけど、エビビの時は……」

「この世界に在る魂は、この世界に器があるものじゃ。ぬしの召喚とは、ちいと違うかもしれんの」

……衝撃の事実だ。オレがやっているのは、召喚であって召喚ではなかったかも。

『少なくとも、普通の召喚でないのはハナから分かってる』

『そうだよ! ゆーたは凄いんだから!』

鼻で笑うチャトと、嬉しげに跳ねるシロ。ああそうか、この『召喚』自体も、オレが作り上げた魔法なのかもしれないね。……おかしいな、手順に沿ってちゃんとやったはずなのに。


「なんだか、分かったような分からないような。だけどつまりは、大魔法は作れるってことだよね!」

そう結論づけてにっこり笑うと、サイア爺は微かに笑って頭を撫でてくれた。

「そうだのう。ぬしならば、作れるだろうよ。……して、何に書くか、だったかの」

「そう! えっと、でも何に書くかもだけど、オレが書いちゃダメでしょう?」

筆跡鑑定なんてないけれど、それでもオレの字はオレが書いたって分かるし、古文書的な迫力なんて微塵もない。

「あの、だから……サイア爺に書いてもらっちゃダメかな、と思って」

ちょっと視線を彷徨わせながら、思い切って言ってみる。だって、サイア爺ならすごく古文書的な文字を書けそうな気がするでしょう。


『でも、魚』

スパァン! と言い切った蘇芳の台詞に、しばし固まった。

確かに……! すっかり忘れていたけどサイア爺は魚だ!! 読めるのは間違いないけど、まず文字を書けるんだろうか?

「ふぉふぉ、魚じゃが文字くらいは書けるとも。じゃが、儂が書くよりもぬしが書いた方が良いと思うがの」

意味深な視線が理解できずに困惑を浮かべていると、サイア爺は石ころを手渡して地面を指した。

「ぬしの名前、どんな字だったかの?」

どんな……? オレの知っている文字だとユータはユータ。他に書きようがないのに。やっぱりサイア爺は文字に詳しくないんだろうか、と書きかけたところで勢いよく顔を上げた。

こっちじゃない。

そうか、なるほど。


「……オレの字はね、こんな字なんだよ」

「ほう、まるで紋章のようだの。これがぬしの文字か」

金の目を細め、サイア爺は嬉しそうに笑った。知らない人が見ると、紋章みたいに見えるんだね。

これなら、絶対に他の人が読めない。オレの筆跡だなんて分からない。

説得力は十分だろう。あとは――。

「でもね、できればイラストも入れたいんだ!」

だって、詠唱だけじゃないもの。イラストがないと分からないよ! 毎回ずっとオレが練習についているのはめんど……彼らのためにならないだろうし。

風の舞いの二の舞だけは踏むまいと思っている。いや、うまいこと言ったわけじゃなく。

オレ一人で舞いをコンプリートなんて、もうごめんだ。つきましては、皆にもその一端を味わっていただこうと思っている。


「動きは、精霊舞いからピックアップする! だから、挿絵がないと!」

ぐっと拳を握ってサイア爺を見上げた。

みんなも、精霊舞いの一部でもやっておけば、きっと将来風の舞いを覚えようとする時にも楽なはずだ。だって、王様に召し抱えられることになったら、きっと風の舞いを習うよ。

それに、精霊舞いの動きなんだから、魔法とも相性抜群だ。多分。

オレは悪い顔でにんまり笑った。

みんなも苦労すればいいなんて、考えてない。ましてやオレだけは練習しろって言われずにすむなんて。

「そう言われてもの。絵と言われても儂は描けぬよ。じゃが幸い――」

オレの様子に気付いているのかいないのか、苦笑したサイア爺がそう言って奥の方へ視線をやった。

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